どこまでも愛しい人


「かすみちゃあんマギ☆マリのコスプレしてよぅ、えへ」
「あーもーコラ!ロマンくんにお酒飲ませたの誰!」
「……うん?おやぁ、おかしいぞぅ!どうしてかすみちゃんはマーリンお兄さんの方を見るのかな?」
「……。やっちゃえ、フォウくん」
「痛い痛い痛い!キャスパリーグ、お前冗談じゃな、痛ぁ!」

 ――そうして元凶ろくでなしの対処をフォウくんに任せた私は、酔い覚ましに風に当たってきたらどうだ、というエミヤくんのパーフェクト気遣いのおかげで、宴会部屋とは別のお座敷に通された。
 お酒に弱い恋人は私の膝枕にすっかりご満悦らしい。顔を真っ赤にした彼は「えへへぇ」と楽しそうに笑っている。

「ロマンくん、大丈夫?」
「ふふ。……えへ。えへへぇ」

 ぎゅう、とぽやぽやの笑顔で抱き着いてくる彼の、アプリコットのふわふわな髪がくすぐったい。すきすき、だいすき、と首筋に顔をすりつけてくるロマンくんを「もー」と笑って抱き留めていると、ころん、と彼のスマホがジーンズのポケットからまろびでた。――表示されている画面に、私は動きを止める。

「……え。な、にこれ」

 『マギマリ』と丁寧にフォルダ名の記入されたそこには、コスプレ、コスプレ、コスプレ、……の、わたし。待って。頭が真っ白になった。私の異変に気が付いたらしいロマンくんが、さあっと顔を青くする。

「あ、え、その、かすみちゃん」
「――ロマンくん、正座」
「わわわ……あわわわわ……」

 一瞬で酔いがさめたらしいロマンくんは、ガタガタと震えながら素直に正座して小さくなった。

「……ロマンくん」
「ひゃ、ひゃい」
「……まさか遠坂の連絡先、知ってたりする?」
「…………」

 沈黙は肯定、とはこのことを指すのだろう。
 私は無言で写真フォルダをスクロールする。この『マギ☆マリ』のコスプレ衣装は母校の文化祭のために某ディスカウントストアで購入したもので、確かにその後ハロウィンやら何やらのイベント事のたびに何度か着用した。……ような、気がする。「アンタあのコスプレ似合ってたからまた着たら?」という赤い悪魔のささやきはこのためだったのか。

「……この量、お金巻き上げられたりしてないよね?」
「りょ、良心的な価格でサブスク登録を……」

 してました、と声がか細く消えて行く。予想以上の重症っぷりに私は頭を抱える。なんてだめな大人だ。ちょっと犯罪臭すらする。

「……もう。ロマンくんはおばかさんなんだから〜……」

 むに、と頬をつまむと――途端に、ロマンくんはへにゃりと相好を崩した。

「……かすみちゃんは怒った顔もかわいいなあ」
「!、なっ……きゃあ!」
「だいすき。だいすき、だーいすきっ」

 まだ酔いが残っていたらしい。どーん、と私に抱き着いたロマンくんは、そのままばったーんと私を押し倒すような形で畳の上に突っ伏した。ロマンくん、と焦った声で彼を呼んだけど、耳元で聞こえてくるのは寝息だけ。まったくもう、本当に困った恋人だ。

「かすみ、何やら酷い音が聞こえたが、一体……おや。お邪魔だったかな?」

 がらり、と障子が開いてエミヤくんが顔を出す。私は笑顔でロマンくんのスマートフォンを突き出した。出来るだけ優しい声で。出来るだけ仏のような表情を心がけて、元同級生エミヤくんに問う。

「ねえエミヤくん」
「……」
「エミヤくん〜?この写真とかこの写真とか、撮ったの凛じゃないみたいなんだけどー」
「知らんな」
「ねえねえ、この窓に映る男の子は誰なんだろうな〜?知ってる?知ってる?ねえエミヤくん」
「記憶に無い」
「なんかこの頃凛が誰かの弱みを握った?とかで、下僕扱いされてた同級生がいたような気がしなくも無いんだけどー」
「…………」
「コラー!逃げるな士郎―ッ!!」

 脱兎のごとく駆け出した弓兵の後を追おうとすると、ぐい、と勢いよく腕を引かれた。振り向くと、ちょっと拗ねたような顔をしたロマンくん。あ、かわいい顔、と思った瞬間、するりと腰に手を回される。

「……どこにも行かないでよ」

 温和な彼が時折見せる仄暗い嫉妬の色。暗くて甘い声が耳朶を噛む。――じゅわ、と甘酸っぱい感情が身体の奥で弾けた。仕方ないなあ、とまんざらでもない顔で私はロマンくんにキスをする。かわいくてどこか抜けてて、ちょっと変わってる私の恋人。だいすき、と囁くと、彼は顔を覆って「ひゃい」と悲鳴を上げたのだった。


Fate
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