03
あれ、と思ってから時間が凄く長く感じた。
私がついに妊娠を告げてから、何も言ってこない二人に私も次の言葉が出てこず沈黙が続いていた。
実際は一分も経っていないんだろうこの時間だけど、なんの反応も無い二人の顔を見る事もできずに、只視線を目の前の食事に向けていた。
「義母上、」
そんな中、唐突に口火を切ったのはまさかのシンキ君で、ただ私を呼んだだけだったけど、その目を見れば何かを言いたそうな、そんな目をしていて。
やっぱり、私達の本当の子供じゃないシンキ君にとって、何か思うことがあるんだろうかと不安がこみ上げてしまって、つい「妹かな弟かな」とか「シンキ君はどっちが良い」とか、この場を誤魔化すような言葉が口から出て行った。
「……」
「あの、えーっと……」
「……部屋へ戻ります」
一言、それだけ発して席を立ち、部屋から出て行くシンキ君。
私はそれを追いかける事もできずにただ彼の背中と、残された食事を見つめる事しか出来なくて。
そりゃ、いくら忍だからと言ったって、人間には変わりないんだから複雑に思うことだってあるだろう。
養子になった事なんてないから私には想像の範囲でしか考えられないけど、自分だけ、血の繋がっていない存在というのが心に重くのしかかるというのはなんとなくだけど分かった気がして苦しくなった。
「……我愛羅君、ちょっとごめん!」
もっと、もっとシンキ君の気持ちを考えた言い方があった筈なのに、それができなかった事に凄く後悔が襲ってきて、その瞬間私はガタッと音を立てて立ち上がり部屋を飛び出る。
本当、食事も我愛羅君もほったらかしてしまって申し訳ない気持ちだったけど、それよりもシンキ君に何か話さなくちゃという気持ちが大きかった。
彼は私の大事な息子なんだから。
「……シンキ君?」
「……義母上」
シンキ君がいるであろう自室の前まで来たところで、少し息を整えてから扉越しに声を掛けてみれば、カチャ、と静かに扉が空いてシンキ君が出て来てくれた。
「ちょっと、あのー、いいですか……お、お茶でも」
「何を言っているんですか」
「……」
追いかけて来てみたはいいけど、最初の一言が出てこなくて、しどろもどろになって発した一言はまるでナンパみたいな言葉。
それにすかさずツッコミを入れてくるシンキ君に、今は何も言えなくて沈黙が流れたけど、ひとまず「お話、いいかな」と告げ、ここじゃなんだからとシンキ君を外へと連れ出した。
確かいつもカンクロウ君と一緒に行く喫茶店は夜遅くまで営業しているはずだったと思い、本日二度めのオムライスが美味しい喫茶店の扉を開ければ、「いらっしゃいませ」と小気味いい声で店員さんが出迎えてくれ、そのまま連れられて窓際の席にシンキ君と二人で座り、適当にコーヒーとアイスティーを頼んだ。
「シンキ君、あのね、」
なにから話せば良いのか、まだ全然纏まってなんていなかったけど、とにかくシンキ君には何も不安になんて思わないで欲しいという事だけ伝えたくって、継ぎ接ぎでしかない言葉を一つ一つ口にしていく。
「あの、ね、もし私の早とちりというか、全然見当違いの事言ってたら、言って欲しいんだけどさ」
「……」
「私と我愛羅君の間に子供ができた事は、私自身とても嬉しい事だけど、言うなれば血の繋がっていない存在のシンキ君が不安に思う事だってあるはずで、
それは自分は養子だから愛されていないんじゃないかとか、些細な事でも気になるようになったり、自分は一人なんだって思うようになったり、そんな事を考えてしまう事ももしかしたらあるかもしれなくて〜、えっと、」
「……」
思っている事を伝えるってこんなに難しかったっけなんて、何から伝えればいいのか、どういう風に言えばいいのか考えれば考える程、口から出て行く言葉は曖昧なものになってしまう。
「ごめん、全然何言ってるかよく分かんないね、」
人前で喋るのは苦手だけど、そんな時はいつも面接だと思ってやってきた。だけど今回は面接でもなんでもない。
息子に対して、ただ何があっても愛してるからねと伝えたいだけなのに、どうも上手く伝えられなくて溜め息が出る。
そんな心中、目の前のシンキ君が「義母上」と私を呼び、そちらへ視線を向ければいつもの我愛羅君によく似た無表情がそこにあった。
「なに?」と溜息混じりに口にすれば、私と同じ様にシンキ君も溜息を吐いた。
「貴女は考えすぎな所がある」
「へ」
「正直、驚きました。動揺もあったかもしれません。ですが義母上と義父上にとって喜ばしい事なら、俺も喜ぶべきだと、」
「うん」
「そう感じられたのは、義母上が俺を本当の息子の様に想ってくれているからと感じるからです」
真っ直ぐ、私から視線を晒さずに話すシンキ君に、思わず涙が出そうになる。
伝わっているか心配で堪らなかった母親としての愛情がちゃんと伝わっていた事、それを「伝わってるよ」と言ってくれた事が何よりも嬉しくて、今すぐシンキ君を抱きしめたくなった。
「シンキくぅん……」
本当は私たち二人の間にあるテーブルを回り込んで、苦しいくらい抱きしめたかったけど、ここは喫茶店というのもあり、手を伸ばして彼の頭を思い切り撫でる。
きっと直ぐに拒否されるだろうし、何か言われてしまう前にと、思いっきりナデナデ。
だけど、いつまで経っても「やめて」の一言が聞こえなくて、暫くシンキ君の少し硬めな髪を弄びながら「アレ、やめてって言わないの?」と呟いた。
「……今日くらいは義母上の気が済むまでそうしてくれていて構いません」
「……へ?」
え、ちょっとまって、今なんて?なんて言ったの?
気が済むまで?撫でていいって?おでこにチューして良いって?!(言ってない)
まさかのとんでも発言に私の目はハートになって、思考回路はショート寸前。完全に自分の良いように解釈しつつテンションは爆上がり。
「チューしていいの!?おでこにチュってぇええ!」
「……誰がそんな事言いましたか」
鼻息荒く、テーブルから身を乗り出して私の勝手な解釈を口にするとシンキ君の視線が少し鋭くなる。
その瞬間、思わずシンキ君の頭を撫でていた手も引っ込めてしまって、自分がまるで蛇に睨まれたカエルの様に感じた。
流石子供といえども忍者なだけある……こわあ。
「分かってるよ、分かってるけど、分かってるんだけども!
そんなに汚い物を見るような目で見られちゃうとお母さん泣くよ?!泣いちゃうよ?!」
「……はあ、屋敷に戻りましょう」
「え!無視!つら!」
ブツクサと拗ねた様に、(というか本当に拗ねたんだけども)そして泣きそうになりながら言ってみせれば唐突に席を立ち、スタスタと会計をしに行くシンキ君。
ああ、母親の威厳がまた崩れていく、なんて彼の背中を見て感じたけど、まあ今日はシンキ君のデレの部分を垣間見れたんだし良いかという事で、気を取り直しカランとベルが鳴る喫茶店の扉を開け、先を行っていたシンキ君を追いかけた。
「待ってよ〜ん」なんて普通の思春期の息子に言ったら怒り爆発であろう、母親としてはぶりっ子が過ぎる口調でシンキ君の背中に喋りかければ、突然クルリと振り向いた。
「……義母上は、自分一人の身体ではない事をもっと考えるべきです。そんな薄着で……早く戻りましょう」
「え、え、急に?お母さん?お母さんなの?」
「……馬鹿な事言っていると置いていきますが良いですか」
振り向いたと思えば突然のお母さん発言に驚いたけど、そんな事を気にしてくれるシンキ君がなんだか可愛くていつもの調子で返答すれば、スイと片手で印を組もうとしたので慌てて「待った」をかける。
「瞬身の術しようとしたでしょ!待って!ごめん!もう変なこと言わないからあ!一緒に帰ろうよおおおお」
「……なら行きますよ」
「……はい」
ちょっとお母さん感が否めないシンキ君だけど、最後には私と歩幅を合わせてくれた。
最初はどうなるかと思ったけど、聡明で、心優しいシンキ君と、今まで以上に家族の絆みたいなものが深くなった気がして、抱えていた不安は幸せという感情に変わっていった。