26
ついにやってきた今日という日。
昨日の夜、明日は早いから早く寝ろと我愛羅君に言われ、早々にベッドへと潜り込んだが結局あまり寝られなかった。
度々ベッドから這い出て、キッチンへ行っては水分を取り、二度目に冷蔵庫を開けた時には缶ビールを手に取っていた。
おお、危ない危ない、明日は早く起きないといけないんだった。
そう思い手に取った缶ビールを眺めつつ、でも寝られないんだしちょっとだけなら…と、プルタブに指をかけたその時、いつの間にか後ろにいた我愛羅君に缶を取り上げられた。
そのままベッドまで引っ張られたのは言うまでもなく、私がもう逃げないようにと抱きしめられたまま床についた。
逃げるつもりなんてなかったんだけど。
「ふあ〜…」
「…早く寝ないからそうなるんだ」
「だって前日の夜だよ?寝られるわけないじゃん」
「だからと言って酒を煽ろうとする奴があるか」
「煽ってないしぃ。どっかの誰かさんに取り上げられたんだしぃ」
「お前ら……ったく、当日だってのによ、緊張感持てよな」
朝日が差し込んでくる寝室で、我愛羅君に叩き起こされてからとうもの、パジャマのままいつもより早い食卓を、いつもの四人で囲む。
少し時間が早いだけで、いつもと何ら変わりない光景なのに、今日この後の予定の所為なのか少なからずソワソワとしている雰囲気が食卓を包んでいた。
それでもあまり寝られなかったものだから、欠伸が自然と出てしまい、それに対して保護者のような物言いをしてくる我愛羅君に、負けじと反抗じみた口調で返すと、その様子を見ていたカンクロウ君に呆れられた。
そう、今日は祝言当日。
ついに私は、この里の長である我愛羅君と祝言をあげる。
籍はとうに入れているし、そもそも一緒に住んでいるのだから、これからの生活が目紛しく変わる、なんて事はないだろうが、結婚する際に女の子が人生で一番輝く一大イベントに、ソワソワとか、ワクワクとか、いい意味で緊張してあまり寝られなかった。
お父さん、お母さんや同級生や同僚にも、私の晴れ姿を見て欲しかったな、なんて叶いもしない願望を胸の内に秘めつつも、カンクロウ君だけじゃなくシンキ君までもが正装をするという情報に歓喜した。
「じゃあ俺はちょっと警備についてくれる木の葉の忍達のところに行ってくるじゃん」
「え、警備って、木の葉の人がしてくれるの?砂の忍者は?」
「はあ、お前なあ…今日はお前と、風影の祝言だぜ?どの五大国の影達よりも長く就任してる我愛羅の事を、祝いたいって忍は大勢いる。そんな忍達の好意を無下にしたくねえから、木の葉に警備として忍を何人か借りたいって、火影に頼んだのは我愛羅じゃん」
なるほど、だからこの前木の葉に出向いたのかと、頭の中で合点がいく。
昔はあんなに里の嫌われ者だった我愛羅君は、今となっては里中から愛されているんだなあという思いと、さすが里の長の祝言となれば皆見に来たいと思うんだと感じた。
「ま、そういう事じゃん。それでだな…、お前を知らない里の奴らは我愛羅を見にくるっていっても間違いはねえかもしれねえが、祝言ってのは主役は二人だ。気負いすんなよ。……じゃあ俺は行くぜ。また後でな」
なんだか真面目な様な、私を気遣ってくれている様な事を言いつつ、ひらひらと後ろ手に手を振りながら食卓を後にするカンクロウ君。
なんだよかっこいいこと言って、と背中を見送りながら思ったが、確かに祝言をあげる数日前までは、風影が嫁を取ったという事すら公表しておらず、本当につい最近、やっと祝言をあげると里に公表された。ナルト君とか親しい人には言ってたみたいだけど。
私は我愛羅君が結婚するという事を公表してからというもの、風影様の相手は一体誰なんだという噂を、外に買い物へ出かける度に耳にしていた。
その時は、相手が誰でも風影様がご結婚される事が嬉しい事に変わりはないと、口々に言っていた里の人達を見て内心凄く嬉しかったが、よく考えると祝いの言葉は我愛羅君に向けられたものであって、両親も、昔からの友人もいない私に向けられるものじゃない。
きっと、我愛羅君を慕っている女の子も沢山見にくるだろうし。もしかしたら嫌な顔をしてくる人もいるかもしれない。
キツイ様だけど、多分カンクロウ君はそれを言っていたんだろう。
だけどそんな事に気負いするなと、ささやかな応援をしてくれたのかなと思い、暗い気持ちにはならなかった。
でもハナからそんな心配はしていない。だって私はそんな事きにするタイプではないからだ。どうだ参ったか。
…というのは冗談で、みんな良い人達だって思ってるから。
「…カンクロウの言う様に、今日の祝言、お前にとって少しばかり嫌な気分にさせてしまう事も、もしかしたらあるかもしれないが、…この里は俺にとって誇りでもある。皆、暖かい人ばかりだ。もし何か気に触る様な事があったとしても、どうか嫌いにならないでくれ」
「何言ってんの、嫌いになんかならないよ。皆すごく良い人だってのは分かってるし。八百屋のおばちゃんとか、役所の人とか?あ、あと執務室にくる忍の人とか。気さくだし、面白いし。私の世界よりもしかしたら良い人が多いかもね、なんつって」
そんな心配はご無用です、と最後に言うと安心したのか我愛羅君は静かに微笑んだ。
我愛羅君は里を想ってる。私の事だって想ってくれてる。
我愛羅君が里の事を思うなら、私だって想って行かなくちゃと決めたのは入籍したころ。
だからもし、里の人に、風影様とは釣り合わないとか、そんな事言われたとしても私は砂隠れの里を嫌いになんてならない。
私に何か言って来た人は皆、我愛羅君を想ってるが故、と考えているからだ。
まあでも、できれば普通に祝われたい気持ちもあるけど。
「あ、そろそろ片付けないと。我愛羅君は先に行っててよ。私洗い物してから行くから」
「ああ。いつもすまないな。先に行っておく」
朝食を食べ終え、時計を見ればもう準備しないといけない時間が迫っていて。
確か応接室で着付けをしてくれる人が待っているらしいので、我愛羅君には先に行っておいてもらう事にした。
シンキ君も着替えないとねーと声をかけながら、食器を流し台まで持って行っていると、何故だか腕を捲っている様子が見えて、不思議に思う。
「ん?我愛羅君と一緒に着替えに行かないの?」
「……義母上を手伝ってから行きます」
……ん??!!!
「い、今、なんて?」
「ですから、義母上を手伝ってから、」
「、は、は、……」
ははうええええええええ!!
え、何?!いきなりどうしたの?!義母上って!しかも手伝うって!そして敬語!!
いや確かに入籍する前、義母上と呼ぶのも悪くない。とか言ってたけど!
でも結局私と我愛羅君が書類上夫婦になっても呼んでくれなかったじゃん!
お前、とか言って今までと同じ口調で喋ってたジャン!!
え、今?!今なの?!急に何があったの?!どういう心境の変化なの?!!
子供って分からない!!
何が何だか分からない、飛び上がる位嬉しいというか、それ以上に萌えるんですけど!!
ぐう、と拳を作って、萌えが溢れ出すのを堪えていると、シンキ君はそんな私を無視して食器を洗い始めた。
「…シンキ君が爆弾投下してくる………」
「変な事を言ってないで、早く終わらせて義母上も準備を、……離してください」
二度目の義母上が聞こえたところで、我慢の限界が来た。
袖を捲って綺麗に食器を洗ってくれているシンキ君を、横から抱きしめる。否、抱きついた。
我愛羅君を不幸にする様なことがあったら追い出すとか言ってたシンキ君が、今私の事を義母上と呼んでいる。しかも敬語で。
認めてくれたって事なのか、私を、義母上だと!
私も洗い物しなきゃと思いつつも、涙が出そうな勢いで、うおーん!と声をあげている私に見向きもせず洗い物を続けていたシンキ君が、もう終わったのか蛇口を止め、かけてあったタオルで手を拭くと、ようやく私の方を向いてくれた。
それでも私はシンキ君にしがみ付いて離れない。
「…義父上が、あなたの事を本当に愛していて、あなたも同じだと感じた時から俺は、…あなたを義母上と呼ぶ事にしました」
膝立ちでシンキ君に抱きついている私を見下ろす様にして、ポツポツと話すシンキ君。
義父上が認めたあなたなら、義母上と呼んでも良いと思ったと言われて目の前がどんどん滲んでいく。
「ふお、……私母親としての経験は無いけど、頑張るよ…!我愛羅君に何かされたらお母さんに言うんだよ…!」
「……………はい」
ひいいいいいい!嬉しいよおおおお!
正直なところ、突然こんなに大きな子供ができた事に少なからず不安もあったけど、シンキ君に義母上と呼ばれた瞬間、そんな不安は消し飛んだ。
涙と鼻水が溢れた顔をシンキ君の身体に押し付ける様にして嬉しさを噛み締めていると、汚い…と言う言葉が上から降って来たがそんな事知るか!嬉しいんだちくしょおおお!
「……義母上、そろそろ行った方が」
「…ん!そうだね…!ごめんね鼻水つけちゃって!行こっか!」
なかなか離そうとしない私にしびれを切らしたのか、肩に手を置いてゆっくり引き剥がされる。優しいなあ。
流し台を見ると綺麗に片付いていて、この子は家事の才能があるかもしれないと思いながら、シンキ君の腕を引き、我愛羅君が待つ応接室に向かった。
お母さんお父さん、私は今日、我愛羅君と挙式をあげます。
そして母になりました。
「ああでも、義母上も良いけど、母さん、とか、お母さんって、呼んで欲しいなあ」
「……ダメです」
なんでだああああ…!