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なんでこんな事になったんだろう。
私まだ22だよ?これからいっぱい仕事して、いずれ誰かと結婚して、子供が産まれて、家族が増えていって、犬でも猫でも飼いながら平凡な日常を送る予定だったはず。
それなのに、今ある現実は残酷なもの。
私が向こうから帰ってきたと思ったら、こっちでは死んだ事になっていて、私の意識だけがここに留まっている状態で。
私は一体、どうすればいいんだ。
このままずっと、幽霊としてこの部屋に留まっていくのだろうか。
「お母さん、ごめん」
親より先に死ぬなんてとんだ親不孝者だよね、なんて、聞こえるも訳ないのに、悲しみを背負った背中に話かけていると、目頭がどんどん熱を持ち、しまいには涙が溢れて止まらなくなった。
嗚咽が止まなくて、すがるみたいにして母の背中に手を伸ばすが、リモコンには触れたのに私の手は母の背中に触れる事なく通り過ぎていく。
「、っ…なんで、」
どうして触る事も、話かける事もできない。
大人になるまで育ててくれて、優しくって、ちょっと横暴で、大好きな母に、最期のお別れを言うこともままならないなんて。
私はここにいるのに。
贅沢を言うなら生き返りたいけど、それが無理ならせめて一言、ありがとうと最期に言いたいのに。
「っ、何にも言えないなんて、」
こんな事になるなら、我愛羅君が来た時すぐに追い出せば良かった。
こんな事になるなら、中忍試験になんて行かなければ良かった。
生きたまま帰る事ができていれば、最愛の両親に悲しい思いをさせる事なんてなかったのに。
お母さん、お母さん、と、触れる事が出来ない背中に手を伸ばし続けながら何度も母を呼んだ。
「…名前?」
「?!」
俯き、まるで幼い子供みたいに泣く私を、突然母が呼んだ気がして顔を上げた。
こちらの事は見えてはいないようだが、声だけは聞こえたのか、私の存在を探すようにキョロキョロと狭い部屋を見渡しだした母に思わず声を上げて返事をする。
「お母さん?!聞こえるの?!」
「名前、?名前なの?」
「そう!名前だよ!ほらここ!ここにいるよ!」
私の姿は確認できないんであろう母の目の前まで移動し、必死に声を上げて話かける。
本当は手を握ったり、抱きしめたりしたいのに触れる事は叶わない。
「…名前、心配したのよ。お母さん、本当に、あなたが死んだって聞いて、っ、悲しかった」
「っ、お母さ、ごめん、ごめんね」
「一体何があったのか、警察の人は他殺って言ってたけど、一体誰に殺されたのか、犯人を見つけて殺してやりたいって、お母さん、何度も思ったのよ。」
私の姿を確認できない母が喋る度に、細かく相槌を打って自分がここにちゃんと居る事を主張しながら話を聞くが、目に溜めていた涙を頬まで零しながら、私が死んだ時の心情をぶつけてくる母の姿を見て胸がキリキリと痛んだ。
「将来の事とか、一気に頭に浮かんで来て、っ、でも名前の将来はもう見れないんだって思うと、悲しくて悔しくて、…」
「、うん」
「何度も何度も泣いたの。、お父さんもね。この部屋も早く片付けなきゃって、思ってもなかなか、できなくて…っ、」
ついに顔を両手で塞いでしまい、嗚咽して途切れ途切れに話す母に、私は返す言葉が無く、只相槌を打つしかなかった。
「…っでもね、今日、今、名前がここに来てくれて、っ、嬉しい」
「うん、」
「それと、同時にね、名前がここに居るのは、私達がいつまでも、悲しいと思ってるからなのかなっ、て。…悲しいけど、その思いが名前を留まらせちゃってるなら、お母さん達は、ちゃんと名前を見送ってあげなきゃいけないのかな、って…!」
最後の方は殆ど叫びに近いような声で、顔は相変わらず塞いだまま、話す母の様子に私は涙が止まらない。
悲しいはずなんだ。自分の娘が突然死んで、訳も分からないまま部屋を片付けに来て、もういない娘の生活に触れて、悲しくない訳がない。
どんな思いでここへ来て、一つ一つをダンボールに詰めて行ったのだろうなんて、想像に難くない。
私なら、もし愛している人が死んだ時、幽霊でもいい、未練があって魂だけ残っているんだとしても、その未練が、自分の想いの所為なんだとしても、会話ができるなら、近くに居てくれるなら、成仏なんてしなくてもいいんじゃないかと思うかもしれない。
でも母は、私が今ここにいるのは自分達の所為だと、いつまでも悲しいと思って泣いているから私が留まってしまっていて、それじゃ駄目だと言ってくれている。
でも多分、それは本心じゃないんだろう。
本当は私と同じで、何処にも行かないでくれと、心では思っているはずなんだ。
それでも、私を一番に考えてくれている母は、これ程までに強いのかと、泣きながら話す母を目の前にして只思う事しかできなかった。
「…っだから、もう、いいのよ。行くべき所に、行きなさ、っい。私達も、前に進まなきゃ…ね」
こんな母、今まで見た事がない。
思った事はすぐ口にする、良い様に言えば正直者、悪い様に言えば無神経な所があるような性格の人だったし、嘘が付けない人だった。
そんなだから、母の言っている事はいつも本心なんだなとなんとなく思っていた。
だけど今の母は娘の事を想って、自分の意見を押し殺し、嘘を吐いている。
それはとても優しい嘘で、母の強さが滲み出た嘘。
私はこの人の娘として、この嘘に騙されなきゃいけない。
本当は逝きたくない。地縛霊でもなんでもいいからここに居たい、家族の所にいたい。
だけど、母が前へ進もうとしているのを止めてはいけないんだ。
それなら母の嘘に、私も嘘で答えよう。
「、お母さんがそう言ってくれたから、私、っ、逝けそうだよ。…お父さんにも、言っといてよね。本当にっ、愛してる、今まで、ありがとう…!」
そう言った瞬間、本当に一瞬、母に抱きしめられた様な感覚に陥って、私はまた暗闇に包まれた。
あったかい暗闇だった。