05

"我愛羅君、ダメだよそんな事"

"名前、俺はお前と、ずっとこうしたかった"

"ちょっと、だめ、待っ、"

"もう待てない"


………



「!っ……ゆ、夢」


とんでもない夢を見たもんだと、閉じていた目を開いた。
1秒前までは夢の中だったのにも関わらず、そのとんでもない夢のおかげで頭は完全に覚醒している。

なんつー夢見てんだ私は。
自分が横向きになっている所為でベッドの横にある窓から差し込んでくる陽の光が容赦無く刺さってくるのに嫌悪感を抱き、体制を変えようと身じろぎをした。
が、後ろから来る圧迫感によって身動きが取れない。


「え、」


腰の辺りにある重みを確認しようと、わずかに動く頭を、視線を動かすのと同時に下へ傾けて見ると、そこには誰のものか分からない腕が、私を抱きかかえるようにして置かれてるのが見て取れた。

昨日は確か木の葉から砂へ戻ってきて、その後夕食がまだだからと、我愛羅君と二人で飲みに行ったはず。その後の記憶が曖昧なのは、お酒を煽りすぎたのか、はたまた覚醒したと思った頭はまだ半分夢の中にあるかは定かじゃないが、考えると私の腰に置かれている腕の主の正体が明白になってきた。


「我愛羅、君」

「…起きたのか」


呟くようにして、ほとんど呼吸のような声でその腕の正体であろう人物の名前を言うと、後ろから声がかかり、やっぱり、と想像していた人物の顔が頭の中でハッキリと見えた。


「あの、なんで私はこのような状況で寝ていたんでしょうか」

「俺がここまで運んだ。お前はどうやら飲みすぎたらしい」


さっき思った、記憶が曖昧の理由が後ろから告げられる。
多分、飲みすぎてへべれけになった私をベッドまで運んだ後、そのまま我愛羅君も同じベッドで寝たんだろう。ここは元々、彼のベッドなんだから。

自分のベッドで寝るのはなんら問題はないし、へべれけの私をここまで運んできてくれてありがたいとも思うが、とりあえず目が覚めたならこの腕をどかしてほしい。
普通に恥ずかしい。


「えっと、我愛羅君、起きたんなら腕、退かしてくれないかな」


再び身じろぎをしながら腕を退かしてくれるように、後ろにいる我愛羅君に言ってみる。
だけどそれに対しての返答は無く、密着している身体をそのままに、我愛羅君が私のうなじ辺りに顔を寄せてきてる感覚がして身体が硬直した。


「、ちょ」

「さっきお前は寝言を言っていた。よくは聞き取れなかったが、呼吸が乱れていた。どんな夢を見ていたんだ」

「…!」


咄嗟に思ったのは、夢の中で私が発言していた事が、そのまま口に出ていなかっただろうかと言う事。
よく聞こえなかったと言っているので、たとえ全部口にしていたとしても聞かれていた可能性は低いものだが、まさか息を乱しながら何かを言っていたなんて。
見ていた夢を鮮明に覚えている分、身体がひどく熱くなった気分に陥った。


「あ、えっと…」

「何か恐ろしい夢でも見たのか」


とてもじゃないがどんな夢だったかなんて言える訳も無く、どう言おうかと思考を巡らせていると余計にさっき見た夢が思い返されて心臓が早くなる。

覚えてないって言えばいいのに。ほんとバカだ私は。
まさか私が卑猥な夢を見ていたなんて露ほども知らない我愛羅君は、息を乱しながら夢を見ていた私を心配してくれていたんだろう。
出された助け舟とも言える我愛羅君の言葉に乗っかる事にして、そんな感じと答えた。


「…そうか」

「でも夢だから、大丈夫」

「だがまだ少し、鼓動が早い。身体も少し熱い気もするが。それほどまでに恐ろしかったのか」


腰に置いていた腕を滑らせ、横を向いている所為で顔に落ちている私の髪をそっと耳にかけた。
まるで私の顔がよく見えるようにとかけられた髪に、咄嗟に肩が跳ねる。
きっと赤くなっているだろう顔を、折角髪の毛が隠してくれていたのに。我愛羅君は後ろにいるけど、まさか見えてたりしないよな、なんて思いあたかも自然な風を装って、赤くなってるだろう顔を少しでも隠すために自らの手を顔の前まで持ってきた。


「だ、大丈夫、だから。そ、そう言えばもう起きた方がいいんじゃないの?」


この状況から早く脱したいと思った末での発言だった。
だけどそれを口にした瞬間、言わなきゃ良かったと、後悔に襲われる。

今起き上がるとなると、我愛羅君と私は顔を向き合わせる事になるだろう。そんな事になれば熱が篭った顔を見られる事になる。
恐ろしい夢を見ていたはずなのに、さも何かに照れているような顔を見られて我愛羅君は何を思うのか。
起きなきゃと言ったものの、もう少し会話を引き伸ばして熱が引く時間を稼ぐかとも考えたが、相変わらず密着している身体に、熱が引く事はなさそうだと困惑する。
とにかく一旦離れて欲しい。頼むから。


「…もう少しこのままでいたい気もするが、カンクロウにどやされる前に行くとしよう」

「あ、」


後悔先に立たず。
私の考えも無念に終わり、ごそごそとベッドから降りた我愛羅君。
この部屋から出る扉は私が身体を向けている方向とは逆側にある。我愛羅君が後ろからいなくなった事で身体が自由になった私は顔の前に持ってきていた腕をもう一本増やし、完全に顔を両手のひらで覆い隠しながら、私に構わずそのまま部屋から出て言ってくれと心の中で念仏を唱えた。


「名前?」


目を覆っているので見えはしないが、さっきまで私の後ろから聞こえていた布擦れや足音が、目の前から聞こえる声に変わって、どうやら私の念仏は効果がなかったらしいとがっくりした。

声をかけられても、手のひらから感じる顔の熱が邪魔をして、手を退けるどころか返事すらできない。
昨日シンキ君に母と呼ぶのも悪くないと言われた時から我愛羅君を意識してしまっている事が脳裏を掠める。
いや、よくよく考えてみるともっと前から私は我愛羅君を意識していた。
存在している世界が違うからと蓋をしていた感情が、同じ世界の住人になった事によって顔を出し、願望が夢になって出てきたのかもしれないと考えると余計心臓が早くなって手が退けられない。

私は我愛羅君とああなりたいと思ってるのか。なんて、自分でもよく分からない感情が頭を支配している気分だ。


「…なぜ顔を覆う。どうした、手を退けてみろ」

「…っ」


退けろと言われて退けられるものなら最初から覆ってなんてないから、と心で一人ゴチりながら、ここは黙秘で押し通そうとだんまりを続ける。
鏡で見たわけじゃないので実際どうなのかは分からないが、確実に赤くなっているであろうこんな顔、見られるなんて絶対に嫌だと、ぐ、と手のひらに力を込めた瞬間だった。


「わ、ちょ、っと……」

「…顔が赤いが」


力を込めたのにあっけなく剥がされた私の手を掴んだまま、ジッと私の顔を見つめてくる我愛羅君に、もう何を言えばいいのか分からない。
掴まれた手から、私の顔を見る視線から、余計に恥ずかしさが込み上げてきて視線を逸らす。

何も言わずに見つめられる事、数十秒と言ったところだろうか。私にはそれがすごく長い時間に思えて耐えられなくなった。
なんとか喉に力を入れて、離してくれと申し出ようとしたが、私が先に口を開くよりも先に、我愛羅君がフッと笑ったのが視界の隅で見て取れた。


「…何、」

「いや、嬉しくてな」

「嬉しい、?」


なにを言ってるんだと、口角を少しあげて微笑んでいる我愛羅君をようやく見据える。


「お前のそんな顔を見るのは初めてだからな」


視線が重なった瞬間言われた言葉に、更に顔が熱くなる。
我愛羅君は私がなんでこんな表情になっているのか、大方予想が付いているんだろう。
夢の事は分からなくても、さっきまで私を後ろから抱きしめていた事を思い浮かべて、なるほどそういう事かと考えているに違いない。

嬉しいと言われても、今の状況は私は好ましく思わず、我愛羅君の目を見ながら、うう、と唸り声を上げ、視線で手を離せと言う。


「そんな顔をするな。からかってすまない」


よっぽど酷い顔をしていたんだろう。
赤い顔で、眉間にしわを寄せて、視線で離せと訴えていた私の手を解放したすぐ後に顔をサラリと撫でられる。
私の手とは違う感触に、上擦った声がでた。


「名前は気のすむまで寝ていて構わない。俺は執務室にいる。何かあれば呼んでくれ」


私の前でしゃがんでいた身体を起こし、言いながら部屋を出て行く我愛羅君。
その背中を見ながら、私は入院中にシカダイ君から言われた言葉を思い出していた。

"我愛羅おじちゃんは名前さんの事大切に想ってる、って言うか好きだろアレは"

"あとは名前さん次第"


「…なんで今思い出すんだ私」


私次第なんて事、分かってるんだ。
子供にそんな事教えてもらうなんて、私の恋愛偏差値は相当低いものなのかと思う。
我愛羅君を意識してしまっている事はもう大方認めてる。だけど本当に私でいいのか。
我愛羅君とどうこうなるよりも先に、息子であるシンキ君に母親になったらどう思う?なんて聞いてしまう狡い私で、本当にいいのか。


「あーマジで分からん」


何が分からないって、伝え方だよな。告白なんてもう何年もしていない。人間と言う生き物はすぐ忘れる生き物だ。としみじみ感じるのと同時に、あれ、私我愛羅君に告白するの?と別の疑問が頭に浮かんだが、窓から照りつける光が眩しくなって腰あたりで殆ど役目をなしていないシーツを手繰り寄せ考えるのをやめた。