15

それは突然やってきた。


「ああ、やっとお目覚めですか!」


あくる日の朝、目が覚めると目の前にいたのは何やら数人のお姉さん達。
びっくりしすぎて目を剥いたが、声を出す時間も与えられずただ腕を引かれベッドから引き摺り下ろされた。
一体この人たちはなんなのか、なんでここにいるのか、敵…ではないと思うけど、本当になんなんだ。
寝起きの頭ではよく考えられなくて、ただ腕を引かれ、寝室を出てから、長い廊下を少し歩いたところにある応接室の前まで連れてこられた。

ちょっと一旦顔くらい洗わせてよ、と眠い目を擦りながらやっと発した言葉で一度洗面所に逃げ込む事に成功したが、顔を洗うや否や腕を掴まれ、再び応接室の前まで来たと思ったら扉を開けて中へと押し込まれた。


「ちょ、なに、…………へ、?」


後ろから押してきた数人のお姉さん達にいい加減文句の一つでも言ってやろうと、前屈みになった身体を起こした時、思わず間抜けな声が出てしまった。


「我愛羅君、?」


いつものえんじ色の服装ではなく、黒い袴姿の我愛羅君が、窓から漏れる朝日に照らされていて、神々しくそこに佇んでいた。もう神様かと思ったよ。というかなんで袴?

後ろから押してきた数人のお姉さん達は、いそいそと部屋に入り何やら着物や小物で様変わりした応接室で何かの準備をしている。
いや本当に一体何なんなの…。

しばらく扉の前で神様(我愛羅君)と、忙しなく動き回るお姉さん達を交互に見ながら動けずにただ立ちすくんでいると、目の前から声がかかった。


「名前、すまないな朝早くに」

「い、いや、えっと……」


頼むから。その袴姿はやばいから。イケメンすぎるから。一旦私の視界から出て行ってええ!頼むから!
男性はスーツで3割増とか言うけど、それを超えてるよ。超越だよ。もう何割り増しなのかさえ分かんないよ。

キョロキョロ目を泳がせながら、俯きつつ視線を合わせられない私に、何を思ったのか手を差し出されたので、それを凝視していると、やがてその手は私の腕を掴んできた。


「な、に、ちょっ…」

「俺はもう済んだ。あとはお前が合わせてもらうだけだ」


ちょっと言ってる意味が分からないんですけど。
腕を捕まれそのまま応接室の端に引かれた絨毯の上に靴を脱いで上がれと言われ、訳も分からずそこへ上がる。
堪らず、だから一体なんなのと、絨毯の上に上がった私は振り返りながら言うと、神々しさが混じった姿がそこにあって、そしてその後に言われた一言によって私は文字通り目が点になる。




「祝言の、衣装合わせだ」




は?


え、祝言とは。一体誰と誰の。
一瞬考えが追いつかなくて、呆気にとられた表情になったのが自分でもわかるくらいにキョトンとしてしまったが、よく考えれば分かることで。
一気に全部を理解した私は目の前で微笑んでいる我愛羅君に、呟く様にワカリマシタとカタコトで言うしかできなかった。

シャッと言う音と共に視界から我愛羅君が消えたのはその数秒後の事で。
その音の元を辿れば、ここ応接室に即席で備え付けられたカーテンレールにカーテンが引かれる音だった。


「さ!お着物は種類もあって時間がかかりますからね!早く今着ている物全て脱いでくださいね!」

「え、っと、……」

「やっぱり一番格式が高い白無垢が良いかしら!でも色打掛の様な色鮮やかなものもありますよ!奥様、どうされます?!」

「え、あの、ちょっとよく分からな……」


カーテンで仕切られたこの空間に、私と、私をベッドから引きずり下ろした張本人達だけになり、キーキーと金切り声をあげながら何やらたくさんの着物を掛け軸の様にかけだし、それをまざまざと見せつけてくる。
着物で挙式と言われるともう白無垢で神前式しか思い浮かばないが、こんな派手な着物を着ることもあるのかと、目の前の着物達を見ながら、とりあえず自分の服を脱いでいく。
着物を着るって事はきっとブラジャーも取らないといけないんだろうな、と成人式で振袖を着た時の事を思い出しながらパンツ一枚の、なんとも心もとない格好になったところでお姉さん達に声をかけた。


「あの、脱ぎましたけど」

「あ、では肌着になるものから準備していきますね」


さっきのテンション高めの人とは違う、少し大人しそうな人が来てくれて、少しホッとした。
あの人はなんであんなにテンションが高いんですかと咄嗟に聞くと、風影様の御祝言ですからね。と笑顔で返された。


「はあ…そうですか、」

「お着物は見た感じでお気に召したものはありますか?」


薄くて白いまさに肌着の様なのを着せられながら、気に入った着物…と、並べられた着物を端から端まで見ていくが、どうもよく分からない。
どれも可愛くて綺麗で、こんなの着れるに越した事はないが、如何せんどれも少しづつ形が違う様で、どれを選んで良いのか素人の私には分からない。


「えーっと、あ、やっぱり我愛羅君って風影なんだし、きちんとした…格式高いものの方が良いんですか」


さっきのテンションアゲアゲのお姉さんがちらっと言っていた、一番格式が高いのは白無垢という発言を思い出して、聞いてみる。ここはやっぱりプロに聞くのが一番だ。


「いえいえ、確かに白無垢が一番格式が高いとされていますけど、鮮やかな色の色打掛や引き振袖でも充分ですよ」


色打掛とは着物の上に、色鮮やかな羽織を着る事らしい。引き振袖はその名の通り長い裾のものだと、細かく色々教えてもらいつつ、その間に私の下準備も終わった。

それでもどれが良いか全く決まらない私は、成人式の振袖を決める時もかなり悩んだ事を思い出し、一生に一度だと思うから決められないんだなと納得。ただ優柔普段なだけなんだけど。


「うーん、んー…、あーもうわかんない」


長襦袢まで着せてもらった格好のまま、ウロウロと、さほど広くないカーテンで仕切られた空間を、並べられた着物達を眺めてみるが、やっぱり優柔不断が出てしまって決まらない。さっきまでテンション高めに叫んでいたお姉さんも、最後は私に決めさせる為なのか、着物を眺める私を端の方からニコニコと笑顔で見ている。

…その静かな笑顔が逆にプレッシャーなんですけど、

もうなんでも良いかな、と適当に選んでしまおうかと思ったが、それでは我愛羅君に失礼な気が、……あ、我愛羅君に選んでもらえば良くない?
というか選んで欲しい。どんなの選ぶのか気になる。



「がーらくーん、まだ居るー?」


そうと決まればと、すぐさまカーテンの向こうにいるであろう我愛羅君に声をかけると、短く返事が返ってきた。
そのままちょっものこっち来てと呼んでみると、少しの間の後、失礼するという声とともにソロソロとカーテンが開かれる。


「ねえねえ、着物、我愛羅君が選んでよ」

「…なぜだ」

「私じゃ選びきらないってのもあるけど、我愛羅君ならどれにするかなーって」


どれも綺麗だから迷っちゃうよ、と私越しに着物を見つめる我愛羅君に声をかけていると、端の方にいたお姉さん達が何やらキャッキャと話している。
どうやら、奥様の着物を選んでる風影様素敵…!などと小さい声ながらも騒いでいる様子で。
そんな大袈裟な、と思いながらも我愛羅君の方をチラリと伺ってみるとやはり男前で、お姉さん達が言っている事も満更間違いじゃないな、とこっそり思う。


「………一番奥側にあるそれはどうだ」


唐突に、ずらりと並ぶ着物の一つを指差しながらボソリと言ってのけた我愛羅君の視線の先には、黒地に鮮やかで沢山の花があしらわれている着物があって、それは赤地や白地の着物よりも落ち着いているものだったが、その分あしらわれている花達がよく主張していてとても華やかに思った。


「おお…!綺麗だしカッコいいね!」

「一度着てみればいい」


端に据えているお姉さん達に目配せをして、着せてってくれと我愛羅君が一言。
すぐさまお姉さん達は私の元へその着物を持ってきて、同時にカーテンが閉められた。


「我愛羅君、着るまで待っててね」

「ああ」


カーテン越しに声を掛け、私が着物を着た姿を見て、我愛羅君は一体どんな表情で出迎えてくれるのかをじんわり楽しみに思いながら、手際良く私に着せてくれるお姉さん達の手元をジッと見つめていた。