16
「おお…!」
チャキチャキと手際よく私に着物を着せてくれていた数人のお姉さんの内、一人が、終わりましたと声をかけてくれた後、用意されていた鏡の前まで誘導された。
普段着ることのない着物を着た私自身が鏡に映し出され、自分でも思わず歓喜の声を漏らす程、綺麗になった私がそこにいた。
「お綺麗ですね!流石風影様、奥様の似合うものをよくご存知、といったところでしょうか」
「いやあ、なんか照れますねコレ」
真っ直ぐ見てみたり少し身体を捻って横から見てみたりと、いろんな角度から鏡に映った自分を眺める。
引き振り袖というらしいこの着物は、他の白無垢や色打掛とは違って着物の上から何も羽織らない為、帯も綺麗に見えていて、それがより煌びやかさを醸し出していた。
「帯は着物の色が黒色ですので、映える色をと思い金色がメインのものを合わせてみましたが、如何ですか?」
「すごくいいと思います!なんかかっこいいし。この帯締めの赤色もまた可愛いです〜」
「着物の裏地が赤色ですので、その赤を帯締めに使いました。気に入っていただけたようで私供も光栄です」
流石は着付けのプロといったところ。色使いから何からまで、完璧だ。
ほー、とかへー、とか、間抜けな声を出しながら飽きもせずに夢中で鏡の中の自分を眺めていると、着付けてくれたお姉さんの内一人が、風影様にお見せしましょうと声をかけてきた。
全然そんな気がなかった私は思わず、え?と声が漏れる。
「なんかめちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
「風影様が選んでくださったお着物なんですから、お見せしないでどうするんですか!」
確かにそうなんですけど。
でもよく考えてみてほしい。今の私は寝起きで、顔だけ洗った化粧っ気のない顔なんだ。
髪の毛も寝癖が直りきっていない感じで、いくら綺麗な着物をきてるからと言って顔面が整っていない状態で我愛羅君の前に出て行くのはちょっと恥ずかしい。
まあ今更ではあるんだけど。
綺麗な着物を着ている分、より何もしていない顔が目立つ気がしてならない。
「いやあの、顔面が。私の顔面がですね、寝起きだし。ほら寝癖もあるし。せっかくきれな着物着てるところ見せるなら顔も整えてからの方がいいなーなんて」
「お顔を整えるのは御祝言当日でいいんですよ!ほら、ぐずぐず言わない!」
「え〜…」
突然お母さん口調のようになったお姉さんに手を引かれ、閉ざされているカーテンの方へ身体を向けられる。
急に手を引くもんだから、小さい声で、危な!と愚痴をこぼしてしまったが、踏みそうだと思った着物の裾あたりに視線を寄越せば、他のお姉さんたちが裾を丁寧に持ち上げていた。
「風影様、奥様の着付けが終わりましたので、ご確認いただけますか」
ああもう、私の意見は無視なのかよと思ったのも束の間。お母さん口調だった一人がカーテンの向こうにいる我愛羅君に声をかけていて、私は綺麗な着物を纏った寝起きの顔を晒さなければならなくなった。
嫌だなあと思い、最後の抵抗で両手を顔の前に持ってこようとするとそれは阻止された。
こっちを笑顔でみてきているお姉さんの目の奥は笑っていない。…すみません
ああ、と短い返事がカーテンのすぐ向こう側から聞こえてきて、ああもうどうにでもなれと思った瞬間、目の前のカーテンが開かれた。
せめて寝癖だけでも直したかったよ…
「………」
カーテンが開いたことにより、私と我愛羅君は鉢合わせの状態になる。
相変わらず袴姿の我愛羅君はかっこよくて、更に緊張感が増した気がして思わず視線をそらした。
何か言ってくるだろうと、視線をそらしたまま我愛羅君の言葉を待つが、一向に低い声が私の耳に届いてこない。
途端に気まづくなってソロソロと我愛羅君の顔に視線を向けると、その表情は固まっていた。
やっぱり着物は綺麗だけど顔面が、とか思ってんのかな。うわあツライ
「あ、あの、えーっと、我愛羅君?」
「……し、い…な」
「え?」
見上げている形で我愛羅君の固まった表情にみかねてこっちから声をかけてみると、ハッとしてから本当に小さい声で何かを呟いた。
断片的にしか聞き取れなかったので、首を傾げて顔を覗き込むように見ながら、何?と、疑問符を飛ばすと、我愛羅君の手のひらが私の頬に触れた。
「っ、え、なに?」
「美しいな。よく似合っている」
「…!」
それはもうとびきりの褒め言葉で。
頬に触れた手のひらを少し動かして、まるで私の頬の感触を確かめるように触りながら、恥ずかしいくらいの褒め言葉を言ってのけた。
途端に顔に熱が集中する気配がして、私に触れていた我愛羅君の手を掴んで避ける。
美しいだなんて、よくもまあスッと言えるもんだ。綺麗だとかならまだ分かるけど、美しいて。
無意識に言っているのは分かるけど、こっちの身がもたない。そして人前だから。ほっぺたを触るのも勘弁してもらいたい。恥ずかしいから。
「他の者に見せるのは、少し気が引けるが」
「へ、」
突然放たれた言葉を、理解ができずに間抜けな声が漏れる。
「どういう意味、…」
「誰にも見せたくない、自分だけでいい。という意味だ」
「…!」
所謂、独占欲というものが働いたような、そんな発言をなんの戸惑いもなく向けてこられ、思わず目を見開いた。
折角少し落ち着いてきた顔の熱がまた、さっきより温度をあげて襲ってくる。
もしこれを言ってきたのが我愛羅君じゃなければ、バカじゃないのとすぐさま返していたかもしれない。
それとも、なに冗談言ってるのとか言ってたかもしれない。
だけど言ってきたのは冗談なんて絶対言いそうにない我愛羅君で。
完全に本気でそんな事を口にしているんであろう彼の表情になんと返せばいいのか分からなくて、金魚よろしく口をぱくぱく、吐息混じりの声が漏れるだけ。
頼むから今すぐに、なーんてっ!ジョ・ウ・ダ・ン!と言ってくれ。
「………あの〜」
「っは、…え?」
「そろそろ良いですか?、」
お二人の時間を邪魔してしまって申し訳ないんですが、と声を横からかけてきたのは、私に着物を着付けてくれたお姉さんの一人で。
完璧に固まって意識がどこか遠くへ行ってしまっていた私はハッとしてお姉さんの方へと振り向く。
「だ、す、すいません!もう脱いだ方が良いですよね?!」
少し気まずそうに微笑んでいるお姉さん達に謝罪をしながら、着物を脱ぐために我愛羅君から離れる。
すかさずカーテンを引こうとする一人のお姉さんが、御祝言で着られるお着物は決定でよろしいですか?と我愛羅君に聞いていて、それに短く返事をしていた。
鏡の前に再度立ち、お姉さん達の手によって手際よく脱がされていく様を、鏡を通して見ていると、丁度鏡に映った我愛羅君が私越しに見えたと思ったらフッと微笑まれて恥ずかしくなる。
目を逸らしてしまって、また鏡を見直すと、そこには私と、私の後ろに映るカーテンしかなかった。