17
祝言まであと数日というところで、準備が着々と進められて行く中、私はただひたすらに暇だった。
多分、私がこの世界の出身で、親もありきな存在だったら、嫁入り前の準備で忙しかったんだろうが、なんせ私はこの世界に来てから既に今の夫である我愛羅君の元に一人でいるのだ。
風影だからというのもあるかもしれないけど、私達の周りが忙しなくしているというのに、当の本人である私はなんたる暇さ。
我愛羅君は任務の振り分けやらもあり、それはそれで忙しそうだし、カンクロウ君も祝言当日の護衛やら何やらの配置とか、人員の事とかで文句を垂れつつ忙しそうだ。
私も何か手伝う事ないかなーなんて、我愛羅君に言ってみるも、いつも通り過ごしていれば良いとか言って聞いてくれない。
一応我愛羅君の友人という位置付けであるナルト君やその周りの人たちも当日は来てくれるそうで、招待状を書こうかという提案も、必要ないと一言で返された。
なんだか当の本人である自分だけ、置いてけぼりを食らっているみたいで寂しい気持ちもあり、準備しなくてラッキーという気持ちもあり、でも寂しいと思ってしまう、なんだか拗ねてしまいそうな気分だ。
もし自分がこの世界に来なかったら。
元の世界で普通に結婚していたら。
きっと結婚式の数ヶ月も前から仕事と準備とで大忙しで、休む暇もなかっただろう。
「…他の人と結婚してたら、ねえ。忙しいのはそれはそれでアリな気もするけど」
暇なのはやっぱりなんだか慣れないし。と、今更考えても仕方のない事が頭に浮かぶ。
というかこんな事考える事自体がどうかしてる。我愛羅君の事が好きで結婚したのに。
あ、これはもしかてマリッジブルーというやつなのか。
結婚直前の女性にある、妙に気分が落ち込んでしまうというアレ。
もしかしてそうなのかもしれないと、する事もないので食事をするテーブルに肘をつきながらそんな事を考える。
でも待てよ、よく考えたら私もう結婚してるんだった。
じゃあこれはただの暇疲れかな、と言葉にはせずに頭で自己解決。
冷蔵庫から持って来ていた缶ビールを昼間から煽る。
「…名前」
「おん?!、ゲホ、ッ、ちょっとびっくりしたじゃん!」
突然後ろから聞こえた声に、飲んでいたビールが気管に入った。
なんでいつもそう急に声かけてくんの!と胸元をトントンと叩き、咳き込みながら声をかけて来た張本人、我愛羅君に向かって言う。
だがそんな事知らんとでも言いたげな無表情で、私の持っていたビール缶を掻っ攫い、テーブルに音を立てて置いた。
なんだか様子がおかしい我愛羅君に疑問を感じながらも、突然私のお酒を奪い取るような真似をされた事に少し苛立ってしまって、何?!と声を荒げてしまった。
「他の奴とは、一体なんの事だ」
「何が。なんの話よ」
こっちが一体なんの事だと聞きたい。
急に現れて、ビールを奪って、さらにはよく分からない事を言って来て。
何がなんだか分からなくて余計苛立つ。
苛立ちを中和したいと思い、我愛羅君によって置かれた缶ビールを飲もうと、テーブルに手を伸ばし缶を掴んだ。
だけど缶ビールが私によって持ち上げられる事は、缶の上に置かれた我愛羅君の手のひらによって制止された。
「〜、!なに!どうしたっての!」
「他の奴との結婚もありだと、さっき言っていただろう。お前はそんな事を思っていたのか」
「…っちょ、っと!」
缶の上に置かれた手のひらは、同じく缶を掴んでいた私の手首に移動して来て、避ける間も無く易々と掴まれた。
立ったままだった我愛羅君は私の手首をそのまま引っ張り、座っていた私を立ち上がらせると近くの壁まで追いやった。
壁と我愛羅君に挟まれた私は、今だに掴まれている腕を振りほどこうとしてみるが叶わなくて。
逃げ場が無くなってしまった私はただ上から見下ろしてくる我愛羅君を見上げる事しかできない。
「一体、なんなの」
「さっきも言っただろう。今になって俺とではなく、他の奴と一緒にでもなりたくなったか」
「だからそんな事言ってないって、!」
自分の思う一番怖い顔を思い浮かべて、それを再現しながら我愛羅君を睨みつけてみるものの、そんな私の怖い顔よりもよっぽど無表情でこちらを見下ろしてくる我愛羅君の方が怖くて、思わず怯んでしまい視線を横へ流した。
「どうした。こうされるのも嫌になったのか」
「、だ、誰だってこんな壁に押し付けられたら嫌でしょうよ…!」
一体なんでこんなに詰め寄られているのか、皆目検討がつかなくて、隙あらばと掴まれている腕を振りほどこうと何度も身を捩るが、さすが風影、そんなにツメは甘くない。
「こっちを見ろ。名前」
視線を逸らした私の態度が気に入らないのか、空いている手が私の顎を掴んで無理やり視線を合わされる。
こんな風に詰め寄られるのが初めてだし、きっとさっき飲んだビールの所為で感情が脆くなっているのもあり目頭がじんわり熱くなってくる。
泣いて堪るかと、だんだん揺れてくる目の前に、グッと力を入れて溢れそうになるものを堪えた。
「っ、他の人と一緒になるなんて、なんで、…そんな事、…っ、私は、」
口を動かすと目元が揺れて、溢れ出そうになってしまい上手く言葉が出てこない。
私は我愛羅君の事すごい好きなんだよ、と続けようとしたのに、これ以上喋るときっと目元の揺れが流れてしまうと、言葉の途中で押し黙る形になってしまった。
続きを言わない私を、眉間にシワを寄せながら相変わらず見つめてくる。その表情に更に揺れが増した。
もうだめだ。
目の前の揺れがどんどん濃くなって来て、一度でも瞬きをしたら溢れ出てしまいそうだった。
「…私は、なんだ」
「く、っ…」
「続きは、なんだと聞いている。言ってみろ」
そんなの雰囲気で分かるでしょ、と心で悪態をつく事で屈しない意思を見せつけようとするが、きっと我愛羅君から見ればそんな意思、微塵も効果はないんだろう。
続きを催促されながらも、目元ばかり気になって言おうとしている言葉が出ない。
泣かない事にこんなにこだわらなくても、もしかしたら良いのかもしれないが、それでも私は何もこんなに詰め寄られるような事をしていないんだ。
泣いたらしてもいない事を白状している様で、意地でも泣きたくないと思ってしまう。
それが我愛羅君の苛立ちを増幅させているのも分かっているんだけども。
だけどもう限界だ。
今にも決壊してしまいそうだ。
「ふ、う…っ、」
ああもう溢れてしまうと、思った途端、目元より先に溢れ出たのは喉からの悲鳴。
目元だけでなくて気づかないうちに全身に入っていた力が喉を通して嗚咽となって抜けていく。
そうして力が抜けたことによって目元からも蓋を開けた様に溜まっていた涙が溢れる。
いつもなら、そう、流れ出た涙を優しく拭ってくれるだろうその手のひらは、私の腕と顎を掴んだまま動く気配は無く、顎を掴んでいる方の手は、私が流した涙によって濡れていった。
「泣いても駄目だ。…俺から離れて行くなど、どんなに泣いても許してはやらない」
「っ…」
涙が流れ出ていった事で、今なら言い返せると咄嗟に思う。
我愛羅君が何を言おうが、何を勘違いしようが私は我愛羅君から離れる気なんて元から無い。
泣いたついでだ。思いっきり、離れねーよ!と怒鳴ってやろうと、我愛羅君に掴まれていない方の手を目の前の胸板に突っ張る様に伸ばして、これでもかと力を込めて押してやる。
「、」
「んぬぬ、っ!」
このまま押してやれば我愛羅君がたどり着くのはさっきまでいたテーブルだ。
顎にかかっていた手が離れたかと思うと、顔を下に向けて渾身の力で我愛羅君をテーブルまで追いやる。
数歩押したところで、ガタ、という音が聞こえた。
下げていた頭を振り上げると、我愛羅君はテーブルに凭れ後ろ手をついている状態だった。
それを見て、すぐさま我愛羅君の両足を、自分の両足で挟む様にして追い込んだ。
もう既に自由になっている私の両手は、我愛羅君の頬を包んでやった。
形勢逆転。どうだ参ったか。