18

テーブルに我愛羅君を見事追い込んだ私は、ついさっきまで非情な詰め寄り方を私にしてきた目の前の夫に、思う存分文句を言ってやろうと口を開く。


「勘違い野郎が…。誰がいつ、我愛羅君と離れたいなんて言ったよ?」

「…」

「何がどうなってそんな事言ってきてんのかは知らないけど、私は離れたいなんて微塵も思って無いから、ね!分かったかこの三十路たぬき!バカバカバーカ!」


喋り出したら止まらないとはまさにこの事。
もっと賢く詰めながら文句を言ってやろうと思っていたのに、出てくるのは抽象的なただの悪口で。
それを聞いているのか聞いていないのか、私に頬を両手で包まれた我愛羅君は真っ直ぐ私の目を見たまま黙ったままだ。


「なんか言ったらどうなのさ!」


何も言い返してこない我愛羅君に、堪らず頬を包んだ手に力が入る。
このままほっぺたを引っ張ってやろうかと考えた瞬間、テーブルに後ろ手をついていたはずの我愛羅君の手によって、頬から引き剥がされた。


「なに、よ」

「………俺の勘違いだと、そういう事か」

「だからそう言ってるでしょーが。何回言ったら分かるの。百回なの?千回なの?」


やっと喋ったと思ったらさっきから私がずっと言っている事で。
勘違いも勘違いだよ!と言いながら、グイグイと我愛羅君と距離を詰める。


「…っ、すまないが名前、それ以上こちらに寄るな、」

「なに、なんでよ?、……!」


不覚だった。
我愛羅君の足は私の両足の間にあって、私が我愛羅君との距離を詰めるということは、必然的に我愛羅君の上に跨る様な形になるという事。
今の時点で、私の両内ももは、我愛羅君の膝より少し上あたりに触れている。

我愛羅君にそれ以上寄るなと言われて初めて、なんとも卑猥な体勢にあることに気づいた。


「あ、わ、…も、もう!離れるから手、離してよ!」


後ろに下がりながら掴まれている両手を離してもらう様に言って見るのだが、なぜかその腕は離してもらえず、そのまま後ろに下がる私と一緒に我愛羅君はテーブルに凭れていた状態から立ち上がった。
そしてそのあと、一瞬腕を解放されたと思ったら今度は抱きしめられる。


「、ちょっ、なに、」

「いや、…すまない」


一体何に対して謝ってるんだと思い、ん?と小さく声を漏らすが、勘違いしてすまなかったと
直ぐに言われて、今更ながら最初に我愛羅君が言っていた事を思い出してハッとする。

他の人との結婚もありだと、私が言ってたとかなんとか。
もしかして、私が独り言で言った、他の人と結婚してたら忙しくしてたのかも、みたいな、それもアリな気もする、みたいな発言がごっちゃになって勘違いしてたって事なんじゃ…。

絶対それだ。
きっと私が呟いてたのを聞いちゃって、でも大きい声で言ったわけじゃ無いからよく聞こえなくて、他の人と結婚するのもアリだなんて、そんな風に聞こえてしまったんだろう。


「ふ、ふふ、っふふふ」

「…?」


まあ確かに、既に結婚もしてて、もう直ぐ祝言をあげるって時に、そんな事を言っているのを聞いてしまったなら怒っちゃうというか、何故だ、と思うのも無理は無いと思う。
だけど勘違いも甚だしい。確認もしないであんなに怒っちゃうなんて、なんだか笑えてくる。


「我愛羅君がなんで勘違いしちゃったのか、分かったよ。あのね、」


かくかくしかじか。私が呟いた独り言と、我愛羅君が聞き取ったとされる私の発言との相違を説明していく。
抱きしめられているので、どんな表情で聞いているのかは伺えないが、説明し終わった後に少しだけ私を包んでいる腕の力が強まった気がした。


「…すまない。本当に。早とちりもいいとこだ」

「いやいや、もう良いよ。元はと言えば私が変な事呟いちゃったからだもん。…なんかね、自分の結婚式なのに全然用意とか、何もしてなさすぎて置いてけぼり食らってるみたいで寂しいって思っちゃって、元の世界だと結婚式するって決まったら準備で凄く忙しいから、それはそれでアリだよなあって、思わず呟いちゃったんだよ。独り言だからほとんど無意識だけど」

「そうか、」


私の首元に顔を埋めて、寂しい思いをさせていたんだな、と蚊の泣く様な声で呟く我愛羅君の背中に手を回す。
本当に、もう良いからねと言いながら、広い背中を両手で摩った。
見た目は立派な大人なのに、まるで抱きついて項垂れている子供みたいで、母性がくすぐられる思いがした。


「…今夜は早めに仕事を切り上げるとしよう」

「うん…?、最近忙しそうだから、そうしなよ。たまにはゆっくり寝たら?」

「……いや、寂しかったと言うお前と一緒に夜を過ごそうと思ってな」


急に何を言い出すのかと思いきや。

は?と思ったのも束の間。
身体を離され、片方の頬に手のひらを添えられる。
その瞬間思った事。あ、これ前にもあったぞ、とデジャビュ。

このまま我愛羅君は勝手に照れて離れて行っちゃうんでしょと、頭で余裕を感じていると、私の思いとは裏腹に我愛羅君の表情はあの時みたいに赤くなってはいなくて。
数回頬を撫でた手は直ぐに離れて行った。

あれ、照れないんだ。なーんだ。
余裕も余裕。実はその無表情の裏はテンパってたりするんでしょと、ニヤニヤしてしまいそになる頬に喝をいれながら変わらず無表情の我愛羅君を見つめる。


「名前、」

「ん?なあに」


この前は、髪を乾かしに行ってくると言われたっけ。
今度はどんな可愛い事を言ってくるのか、内心ワクワクというか、あの時の萌えをもう一度…!と思っていると、急に両肩を掴まれ、我愛羅君の顔が私の耳元あたりに寄ってきた。


「…朝まで何がしたいか、名前の意見を今夜聞こう」

「っ!な、」


よく考えると普通の一言。な、はずなのに、妙に熱のこもった、吐息混じりの我愛羅君の低い声が、耳元から身体中に響いた。
思わず肩が跳ねてしまって、息のかかった耳に全神経が集まった様な感覚に陥る。

我愛羅君は別に、具体的に何をしようとか、そんな事言ってないのに、私の思考は完全にショート。
だってそんな風に言われたら、私に言わせたい事は決まっている様に思う。しかも朝までだなんて。
この前の可愛い顔が真っ赤な我愛羅君は一体どこへ行ってしまったのか。あれ、もしかしてアレは幻術…?

もう何がなんだか分からないと思い固まってしまっていると、肩の圧迫感がフッとなくなり、俺は執務室に戻ると一言残してから我愛羅君は部屋を出て行った。

私は今夜、一体何をしたいと答えれば良いんだと、目が回りそうなくらい考えて、しばらくその場から動けなかった。

…………どうしよう。