人の話は聞くように

「では、また後ほど、」


今夜、食事を作る約束をして、私は一度自宅へと帰る。
帰り際にいつも世話役の人が使っていると言うキッチンを見させてもらって、必要な物を頭に叩き込んでから風影様に別れを告げた。

といっても、空の色はオレンジと紺色でできたグラデーションに染まっていて、これはトンボ帰りだなと思った。

流石世話役といったところで、食材も結構揃っていた。
だが長期で休暇といっていたけど、あんなに食材を放置していて大丈夫なんだろうかと心配になったが、人の家の事に干渉するなんて野暮な事はない。

だけど今日は風影様の息子さんと、お兄さんもいるって言ってたから、できるだけ残っていた食材を使って皆で分け合いながら食べられる料理にしよう。なんて考えたところで、フと一つ気になった。


「…そういえば奥様も、だよな」


息子、兄と、それ以外の人物の事は聞いていない。
息子がいると言われた時、以前ボルト君が言っていた「我愛羅のおっちゃんの養子」の事だなと思った。
なんで養子なんだろう?と考えるのは野暮すぎるのでやめておく。
まあ、職業柄というかなんというか、今日食事をする人数を聞くだけ聞いて、他の事はなんら気にも留めなかった。

けど風影様は、今夜食事をするのは四人だと言っていて。
もう一人はやっぱり奥様?
だけどそれなら、奥様が料理をすればいい話だ。

いやでも奥様がいるなら世話役なんて必要なのか?
となると、奥様も忍者で、今は任務中か何か、とか?
その間だけ世話役の人がきてるとか、そういう事なのかな。


「…ん?じゃあ四人目は誰なんだ?」


四人と言われたんだから四人分、食事を作ればいい話なのだが、四人目の事を聞かされていない事が、私の探究心をくすぐった。
だけどどう考えても腑に落ちないので、一瞬で考える事を諦めた。

まあ、誰か来るんでしょ。
そんな事よりとにかくもうそろそろ家を出なければ。


食材は必要ないが、調理器具は使い慣れたものをと、ササっと準備だけして家をでる。
まさか自分が、こんなにも忍と関わるなんて思ってもみなかったが、誰か特定の人に、…風影様の為に食事を作る事になんだか浮き足立ってしまう。
喜んでくれると良いなんて、少し緩む頬を抑えながら私は足を進めた。





……

「なんだ?すげー良い匂いがするじゃん」


風影様に案内してもらったキッチンにて、食事の用意をする事暫く。
当の本人である風影様は、準備ができたら教えてくれと執務室に戻ってしまい、一人で黙々と料理をしていると知らない声と共にこの部屋の扉が開かれた。


「あ…、」

「あれ、世話役、変わったのかよ?」

「あ、え、あのですね、」

「まあ良いけどよ、もうすぐできるか?」

「…」


人の話を聞かない奴だな…。
多分この小慣れた感じからすると、きっとこの人は風影様のお兄さんなんだろう。
ふ〜と息を吐きながら席に着くこの人に、なんだか店を営業している様な気分になり、思わず「何か飲まれますか」と口にした。


「は?あ、ああ…じゃあビール、って、ここは店かよ」

「あ、す、すみません…つい」

「別にいいけどな」


店かよ、なんて言われつつも一応と買ってきたビールを冷蔵庫から取り出しグラスへと注いだ。手のひらから伝わってくる冷たさがなんとも食欲をそそるが、私が飲むんじゃないんだからと言い聞かせそっとテーブルに運んだ。


「悪いな。んじゃ、乾杯といくか」

「え、私は、」

「いーじゃねーか。新しい世話役の歓迎会と行こうぜ」


いやだから、私は世話役になった訳じゃないから。違うから。

やっぱり人の話を一ミリも聞いていなかったこのお兄さんは、私に向かってグラスを掲げてくる。

一応風影様のお兄さんで、砂の参謀(らしい)この人の謎の歓迎を断っていいものなのか悩ましいところだが、お礼にと食事を用意しに来てるんだから、いくらお兄さんの誘いであってもお酒なんていただくわけにはいかない。
しかも当の風影様は今居ないんだし。


「あの、私、世話役になった訳じゃなくて、今日は風影様へのお礼にと食事の用意をしに来ただけなんです。私が一緒にいただいてしまうと意味が無くなるというか…すみません」


ここは丁寧にお断りしておこうと、頭を軽く下げる。
世話役じゃないと言った私に多少驚いている様子だったが、返ってきたのは意外な言葉で。


「別にお前がなんだっていいんだよ。一人酒も悪かねえが、女と飲むともっと良いだろ。まあ、要するに付き合えって事じゃん」


…本当に、忍というのは強引という言葉でできているのかという程、皆揃って強引だ。

あなたの都合で私が風影様に怒られでもしたらどうしてくれるんだと言いたいところだが、呑気に、まだ「飲もうぜ」などと言ってくるお兄さんになんと返せばいいのか考えあぐねる。
だから飲まねえって言ってんだろうがあああとか言いたい。もう言ってやりたい。

なんて思っていると、部屋の扉が開いた。