再び
「カンクロウ、あまりそいつを困らせるな」
「あ、風影様、」
カチャリ、静かに扉を開けて入ってきたのは風影様。
食事の用意ができたら呼びに来てくれと言っていたけど、公務はもう済んだのだろうか。
「別に困らせてなんかねえじゃん。なあ?」
「え、えーっと…」
いや困ってたよ。人の話聞かないから。
なんて言えるはずもなく。
だが、困ってませんと口からでまかせをサっと言えるほど頭の回転はよくなかった私は濁す様な返事しかできなかった。
それに気づいたのか、「困っていた様だな」と少し口角をあげながら風影様は微笑んだ。
「す、すみません」
「お前が謝る事はない。カンクロウが女女などと言っているのはいつもの事なんだが、すまないな」
「おい、俺が飢えてるみたいな言い方すんじゃねーよ」
「そうではないのか」
椅子に腰掛け、テーブルに肘を付きながら、兄弟同士で冗談を言い合う二人に、なんだか兄弟って良いなあと思う。
和気藹々としている二人を横目に、もうすぐ出来上がる食事の調理を再開しつつ、風影様にも飲み物をと声をかけた。
「風影様も、お酒飲まれますか」
「…ああ、頂こう。と言いたいところだが、それくらい自分でやろう。そこまでお前の手を煩わせる訳にもいかないからな」
「へ、」
カタ、と音をたてながら立ち上がり、キッチンの方へと歩んでくる。
別に大した事じゃない。
ただ冷蔵庫を開けて、中のお酒を取り出すだけの行為をしようとしてるだけの風影様に、妙にドキドキしてしまうのはなんなのか。
コンロの上に網を乗せ、その上で砂肝を串に刺して焼いているものを、焦げないよう必死に集中し見つめる。
いい匂いがしてる筈なのに、背後で冷蔵庫を開ける風影様の方が気になって私の鼻は役に立っていない。
「…これはお前が買ってきたものか」
「え?!うあ、あっつ…!」
突然、後ろから缶ビールを持つ手が私の横に伸びて来て、過剰に反応してしまった私は、串に添えていた手を網に当ててしまった。
「…!、火に当たったのか?!すぐ冷やせ!」
「うわ…!」
自分が突然声を掛けた所為で、と焦ったのか、「あつ!」と言った私の腕を風影様は唐突に掴み、すぐ横にある流し台の水道へと引き寄せる。
一瞬の事だったので大した火傷にはなっていないが、長年食事処を営んでいて一番火の元には気をつけていたのに、こんな時に限って火傷なんてと、自分自信で呆れてしまった。
かけられた冷水が少しジンとする手元を落ち着かせ、今の自分の状況がやっと理解できた瞬間、今度は顔が熱くなった。
「か、風影様…!すみません!」
「いや、火を扱っている者に突然声を掛けたのがいけなかった。大した事はない様だが、痛むか?」
いえ、手より顔が熱いんですけど。そして心臓の方が痛いんですけど。
だから手を離して貰えますか。
なんて気軽に言える程、私は男経験が豊富ではない。
手を握られたのなんて初めて…(あ、火影様にも握られたな)では無かったけど、自分でも驚く程、動悸が激しくなったのは初めてだ。
キュ、と蛇口を閉める音が聞こえ、手にかかる冷ややかさが止んだ後、我に返った私は慌ててもう一度風影様に謝罪をする。
すみません、と小さく出た言葉に漸く手が離され、差し出されたタオルを受け取って、濡れた手を拭う。
少し赤くなっているものの、大きな痛みも無く問題はない様だった。
「謝るのは俺の方だ。すまない」
「…い、いえ、」
「……おいお前ら、なにイチャついてんだ。シンキも来たぜ。早く食うじゃん」
「イチャ?!え?!」
完全に二人の世界に入っていた私達の元へ、腹を空かせ、早くしろと言うお兄さんがとんでもない事を口にする。
いやいや…!イチャついてるって!私火傷しただけなんですけど?!
変な事言うなよ!…とでも言ってやりたかったが、お兄さんは先程風影様が取り出した缶ビールをおもむろに掴み、またテーブルの方へと戻っていく。
風影様は風影様で、お兄さんが言った事など気にも止めていないような素ぶりで、また冷蔵庫を開けていた。
あ、缶ビール二本しか買ってない。なんて思ったのも取り越し苦労で、風影様は元々あったんであろう冷酒と、ガラス製のお猪口を持ってテーブルの方へと戻っていった。
風影様、冷酒も飲むのか。
そして出来上がった料理達を皿に盛り付け次々とテーブルへと運んでいく。
最後に串焼きにした砂肝は、火傷の一件で焦げていないか心配したが、弱火でじっくりと焼いていた為、その心配は無用だった。
料理を運んでいる最中、何やら鋭い視線を向けて来ていた風影様の息子さん、シンキ君に挨拶をし、お茶も出した。
お客さんにも、自分にも出した事の無い様な、豪勢な(自分で言うのもアレだけど)料理を全てテーブルへ運んだ後、私は一度自宅へ帰るべく、風影様へと声をかけた。
「あの、お口に合うかどうか分かりませんが、召し上がってください。私は一度帰ります。…後でまた洗い物をしに伺いたいんですけど、」
作るだけ作って、ハイさよならでは料理人の名が廃る。
最後の片付けまでしてこそだ。
というより、世話役がいるくらいだ。洗い物も世話役の人がやっているんだろうと踏んだ私は、一度帰って自分の夕飯を済ませてから再度洗い物をしに来ると提案。
流石にじっとここで待ってる訳にもいかないし、それが一番良いだろうと思った上での提案だった。
「一度帰る意味があるのか」
「え、」
「お前もここで、食べて行くのではないのか」
「え?」
突然の、みんなで食べようぜ発言に思わず聞き返すような反応をしてしまった。
ちょっと言ってる意味が分からないんですけど。
というか私の分、作ってないし。
いかにも本気だみたいな目で見てくる風影様にその事を伝えてみると、まさかの返事が返ってきた。
「お前のならここにあるだろう。俺はお前含め四人分だと伝えたはずだが」
…私のだったんかーい!
……
「あー美味かった。世話役のあいつが作る飯より全然美味いじゃん。お前やるな」
「…一応、料理人ですから、」
謎の四人目が私だった事が発覚し、結局私も食事を一緒にして暫く。
あっという間に皿の上の料理は無くなって、風影様のお兄さんであるカンクロウさんは美味かったと何度も口にする。
心の隅で気になっていた奥様の存在の件については、私から聞かなくても(聞けるわけないけど)カンクロウさんがペラペラと喋っていた。
こいつ嫁も取らねーで父親やってんだよと、酔いの勢いもあるだろうが大きめの声で話し出した時にはなんだか焦った。
風影様も、カンクロウさんと同じように褒めてくれて、なんだか少し照れくさくなったのは内緒だが、息子さんであるシンキ君から聞こえたのは最初の「いただきます」と「ご馳走さま」のみで、社交辞令ができない拗れた坊やという類なんだなと勝手に決めた。
シンキ君はそのまま静かに立ち上がり、自室へ戻りますと風影様に一言告げてから部屋を出て行こうとするが、その前にきちんと自分の食器を流し台へ持っていっていた。
なんていい子なんだろうか。拗れてるとか思ってごめん。なんて思ったのも束の間、カンクロウさんも、仕事がまだ残っているとかなんとか言いながら、シンキ君と同じように食器を流し台へ。
そして二人揃って部屋を出て行った。
「…」
「…」
出て行った二人を見送って、残ったのは私と風影様の二人。
急に喋らなくなった風影様をチラリと伺えば、パチリと目が合ってしまって、向こうも同じように私を見てたんだと、思わず重なった視線を逸らしてしまった。
「…名前、」
「っ、な、なんでしょう」
不意に名前を呼ばれて、下げていた視線を上げればまた目が合う。
表情が読めなくて、何を考えているのか分からない風影様は、私の名前を呼んだ後、何を話すでもなくただジッとこちらを見つめたままで。
逸らせなくて、浅葱色の瞳に吸い込まれそうだ。綺麗な目だななんて、今まで心の奥底で憎んでいた忍にそんな事を思うとは自分でもやっぱり驚いた。
それに木の葉へいた時感じた、この人への感情も少し大きくなっているかもしれないと思った。
だけど、次に風影様が言った一言で、私の心の奥底に潜んでいた暗い感情が、
「お前の両親を殺したのは、俺だ」
また顔を出した。