気付くのが少し遅くて

冗談は辞めてくださいよ、なんて言えたらどれだけ良かったか。

そうやって思った頃には、私はもう部屋を飛び出していた。



"お前の両親を殺したのは俺だ"



優しくて、暖かくて、忍も悪い人ばかりじゃないんだなって、風影様に会ってから、そう思えるようになったのに。
出会ってたった数日で、人の心の内をこんなにも穏やかなものに変えてしまえる風影様はやっぱり凄いなんて、そんな風に思うと同時に、もっとこの人の事知りたいとも思うようになったのに。


知らなきゃ良かった。
部屋を飛び出して、一気に自宅まで戻って来た私は、店へと入り、扉を閉めてその場にへたり込んだ。

冗談であって欲しいと思う。
でもあの風影様が、冗談を言うなんて思えない。あんなに真っ直ぐ、嘘のカケラもないような目をした人が、そんなとんでもない冗談を言うなんて、絶対ない。


「…、」


真実、なんだろう。

彼が人柱力で、私の両親を手にかけた。
きっと、彼なりに悩んだ結果、私に打ち明けて来たんだと思う。

だけど、はいそうですかと簡単に言える程私は強くない。
やっぱり、憎んでいた人を許せる程、私の心は大きくなんてない。

なら私はどうすればいい?
許せないなら同じ目に合わす?
罵倒して、償ってよなんて言って、怒りをぶち撒けばいいんだろうか。


「…そんな事、できる気がしない、」


仮にも世話になった身だ。
今更打ち明けられても何も言えないじゃないか。

だけどまた、顔を見れば色んな感情が溢れてしまうかもしれない。
悲しくて泣き喚いて、色々言ってしまうかもしれない。
そんな事はできればしたくないけど。

動揺して、なりふり構わず出てきてしまった事を今になって後悔した。
自分が使い慣れた調理器具を持って帰って来ていない。
このまま知らぬ顔をして、新しい道具を買って使えばいいんだろうけど、長年にわたり使ってきた道具を手放すのは惜しい気がした。


「…誰かに取ってきて貰おうかな」


例えば風影様の事が大好きなあの八百屋のおばちゃんに。
それが無理なら風影邸の前にいた監視役の忍に。

風影様に、また会ってしまえば自分が自分じゃなくなりそうで怖いと思った。
悲しさのあまり人前で泣いてしまうのも嫌だった。


そもそも、なんで私はこんなに、怒りよりも悲しみの方が大きいのか。
自分の両親の仇が見つかったんだ、復讐してやると怒りを露わにするのが普通かもしれないのに。なんて、少し思考を巡らせたが、その答えはすぐに出た。



好きなんだ。風影様の事が。


最初は無表情で読めない人だと思った。
だけど慈悲深い事を知って、里想いで優しい人だと分かってから、短い期間で私の心は既に風影様にとらわれていた。
もしかしたら、ただの敬いの気持ちなのかもしれないけど、嫌いかと言われたらそうじゃない。
触れられて、ドキドキと高鳴った胸の感触は、今でも覚えている。

だから悲しいんだ。

なんて、私は何故こんなにも自分の心情を冷静に考えているんだろうと、ため息が出た。


「……」


突然、倦怠感みたいなものに襲われて、瞼が落ちそうになった。
涙なんて出ていないのに、まるで泣きじゃくった後みたいに瞼が重い。

店先の扉に凭れて座り込んでいた身体を起き上がらせて、店の奥から繋がっている自宅へと上がった。

今日はもう寝てしまおう。
そう思った時だった。




ガラガラ、と、鍵を閉めていなかった扉が、引き戸特有の音を立てたのが聞こえた。

誰が来たのか、それは容易に想像がつく。
きっと、風影様なんだろう。そう思った瞬間、このまま黙って居留守を使ってしまおうと考えた。
店の扉に鍵をかけていないとなると、帰宅している事は明らかだけど、そんな事はどうでもよくて。

その人物を見てもいないのに、風影様だと判断した私は、店の奥、電気も点けずに自宅でひっそり息を潜めた。
今は会うのが嫌だからだ。


なのに、


「…名前、」


その人物は容易く、私の店の奥まで足を運んで来ていて。
靴は脱いでいるものの、不躾に自宅まで上がり込んできたんだ。




「なんで、……っ」


来たんですか。

そう言いかけて、口が閉じたのは、抱きしめられたからだった。

風影様の過去を知る前の自分なら、慌てて離れようとしただろう。
その意図は勿論、恥ずかしいとか、そんな理由でだ。

だけど今の私は、離れようとも、ましてや抱きしめ返すなんて事もできなかった。


「…っ」




風影様の肩が、まるで小さい子供が泣いてるかの様に、震えていたから。