泣きたいのはこっち

肩が冷たい。
身体全体から伝わってくる風影様の体温とは裏腹に、肩から伝わってくる濡れた感触が私の身体を蝕んでいく様だった。

泣いてる、そう確信せざるを得ないと思ったのは、肩の冷たさだけじゃない。
押し殺す様な声が、ほんの微かに私の耳に届いたから。


なんで泣くの。
泣きたいのはこっちだよ。
好きだって、気づいたと思ったら親の仇だったなんて、悲しいを通り越して笑えてくるけど。
そんなドラマみたいな事が、現実に起こりうるんだな。じゃあ私は悲劇のヒロインって訳だ。

ああ分かった。
ドラマみたいだから。現実味が無いから、私はこんなに冷静なのか。



「……」



現実味が無いまま、適当にこの話題を終わらせて、いつも通りの生活に戻る事ができれば、どんなに良いだろう。

だけどそれで良いんだろうか。
私はそれでも良いかもしれない。いや、良くは無いかもしれないけど。
でも風影様は、こんなにもただ一人の一般人の前で泣くなんて醜態を晒してまで謝罪をしているのに、
私はそれを受け流しても良いんだろうか。


……良く無い、よね



「…本当、なんです…よね」



ポタ、なんて聞こえるはずも無い音が聞こえた気さえする。
涙は止まらないんだろうか。
窓からの月明かりに反射して、風影様が流した涙の雫が光って落ちた。


「…ああ、」

「……そう、ですか」



真実を確かめる様に、もう一度聞く。
返ってきた答えなんてハナから分かっていた事なのに、冷静さが少し削れていった気分だ。



「…俺は、産まれながらの化け物だった。里から恐れられ、皆を怨んだ」

「…」



こんなに弱い姿、見た事無い。
そう思えるほど、今の風影様は弱々しく、そしてポツポツと話しだした。
過去の事、風影になる前の壮絶な人生を聞いて、私は驚きを隠せなかった。



「…俺は、弱い」




私の苦悩や悲しみなんて、ちっぽけなものだと感じさせられた。

弱くなんて無いよ。風影様は、強い人間だ。
里中から嫌われて、いらないと言われながら何度も殺されそうになって、其れでも生きる価値を見出そうと努力した。
そのやり方は、褒められたものでは無いかもしれないけど、
もし私なら、すぐに自害でもしてるだろう。
生きようと思っただけでも充分強い。

両親を殺されて、仇を取る事をやめて、周りとの関係を断って、逃げて生きてきた私の方が、弱虫だ。
そんな私が何か言う資格なんて無い。



「…無駄話が過ぎてしまった。言い訳がましかったな。……名前、両親の仇を取れ。お前の好きな様に、煮るなり焼くなりしてくれ。俺は抵抗しない。殺したければ殺せ」

「…っ」



顔を伏せながら話していた風影様は、顔を上げ、真っ直ぐ視線を合わせてくる。
涙に濡れた瞳と頬が、月明かりの所為でよく見えた。

最初からそのつもりだったんだろう。
殺したければ殺せと言っている風影様は、覚悟を決めた様な表情で。

だけど、



「私には、……できません」



できる訳がなかった。