02

「もう一服して帰ろ」

カンクロウさんが去ってから、吸う間際だった二本目の煙草の事を思い出して、徐ろにポケットにしまっていた箱を取り出す。

ああでも折角だから少し散歩して来てもいいかな、なんて、外出の許可も出ていないのに。
この喫煙所があるのは病院の裏手辺りで、隣の、民家らしき建物との間には何もなく、松葉杖をついてでも特に問題無く病院の敷地内から出て行けそうだ。


脱走癖があるのかと言われれば別にそんなの無い。このポカポカ陽気に誘われて、ただちょっと散歩したいなと思っただけ。

そうだよ。少し出て、すぐ戻ればいい。
道に迷っても困るから、病院が見える範囲内を少しだけウロウロすれば良いんじゃない?と自問自答をした結果、私はベンチから腰を上げた。

病院と民家の間をすり抜け、割と人がいる通りへ出る。
近所に公園でもあればな〜と思ったが、どうも近くには無いみたい。
ここら辺りは民家よりもお店の方が多いみたいで、あちこちで呼び込みだろう声が聞こえる。

「食事処かな、私も呼び込みしてみようかな」

元気良く、大きな声で通りを歩く人々に声をかける店員に習って、私も…なんて考えてはみるが、あんなに元気良く声を掛けられる私では無いと瞬時にダメだと結論した。


それにしても、杖ありきだが歩くのに問題は無さそうな自分の足。
これは入院なんてする必要あるんだろうか、意外にも、今朝感じた痛みは気のせいで、もう治ってたりして。
自分の足に目をやり、そんな事を思う。
そして一瞬立ち止まり、「えいっ」と小さく掛け声を呟きながら折れている足を勢い良く前に蹴り出してみた。

「っ!……い、」

痛みは気のせいじゃなかった。

よく考えれば分かる事なのに、私って馬鹿なのか。
思い切り蹴り上げた所為で足に走る痛みは、まるで鋭利な何かで刺されたみたいだ。

公衆の面前で、杖に体重をかけ前のめりになりながら痛みに耐えていると、後ろから声を掛けられた。


「ちょっとあんた」


多分だが、若干涙目だろう自分の顔を晒すのは如何なもんかと、振り向くのを一瞬迷い、声をかけられたのは私じゃないよね?などと知らぬふりをしてみるものの、「松葉杖のあんただよ」と決定打を打たれ仕方なく振り向いた。

「大丈夫かい?」

「あ、はい……大丈夫で、す」


振り向いた先にいたのは、女の人と男の子。
目元がそっくりなんですけど。もしかして親子なのかな。
前のめりで、痛みに耐えるべく小刻みに震えていたのを不審に思って声を掛けてくれたんだろう二人は、心配してくれていそうだが、やや引き気味だ。
しかも一応、大丈夫だと答えてはみたものの、私の顔はきっと引きつっていて、二人共から「いや大丈夫じゃないだろ」と今にも聞こえてきそうだった。

「……あれ、あんた」

唐突に男の子が私を見て首を傾げる。
どちらも私にとっては知らない人のはずなんだけど、男の子の方は何やら私の事を知っている様子で、横にいる女の人に「母ちゃん、この人、」と小さく言った。
あ、やっぱり親子だったんだ。


「あの〜、」

そろそろ行っていいですかね。
劇的に走った痛みがやっと引いてきて、散歩を再開したいと思い、ヒソヒソと話す親子に割り入ってみる。
男の子がどこで私を見たのか知らないけど、もし病院で見たというなら連れ戻されるかもしれない。
それはちょっと嫌だと思った。

だけど私の予想は見事に的中してしまった様で、「あんた、外出許可は出てんのかい」と言われてしまった。


「あ、え、その……あはは」

「……その様子じゃ勝手にウロウロしてるようだね」

「……」


どうしてこう、私って上手くかわせないんだろうか。
さも"勝手に出てきちゃいました"と言っているような苦笑いを向けてしまって、物の見事に撃沈。
男の子なんて「うわ、馬鹿じゃねえの」なんて呟いている。聞こえてるんですけど。


「はあ……まあいいさ。シカダイ、あんたは行っていいよ。この人は私が連れてくから」

「はいよー」

片手で額を抑えながら、明らかに呆れた様子の女の人が、男の子もとい息子くんに行って良しと伝えると、なんとも間の抜けた返事をしながら去って行った。
その後再度私の方へと向き直り、「私はテマリだ。さっきのは息子でシカダイ」と唐突に名乗ってきた。

「え、あ、私は名前、です……」


殆ど条件反射のように私も名乗り返し、最後に宜しくお願いしますと言いそうになったが、何を宜しくするんだ?と謎に思い口をつぐむ。

このまま病院へ連れ戻されるのかあ、なんて、私の小さなお散歩アンドポカポカ陽気が降り注ぐ公園で一服という計画がここで終了してしまう事を残念に思った。