03
「あんた、砂から来たんだろ?中忍試験で巻き込まれたんだってね。シカダイから聞いたよ」
「まあ……」
病院までの道のりを、ゆっくり歩き出しながらテマリさんにそう言われる。
そんな事まで知られていたのかと、なんだか妙な気分に陥るが、松葉杖で非常に遅い私の歩調に、何も言わず合わせてくれるこの人の事を咄嗟に良い人だと呑気に思った。
「私も、シカダイも、私の旦那もあの場に居たんだ」
私の横に並んで歩くテマリさんがフいに言ってくる。
災難だったね、と続けた彼女は困った様に笑っていて、それは私の折れた足に向けて言っている事なのか、それともまた別の何かに向けているのか分からなくて、私は聞かなくても良かったかもしれない事を口にしてしまった。
「だ、旦那さんは、ご無事で……?」
言った瞬間、しまったと思った。
なんとなく、彼女が口にした、「私の旦那も」という言葉が気になって思わず聞いてしまった。
テマリさんはここにいるし、シカダイ君はさっきまでいた。私が見ていない、彼女の旦那さんという人は無事だったんだろうか?と素直に思っただけだったんだけど、足を止めてしまったテマリさんに、余計な事を聞いてしまったと私も足を止める。
「す、すみません。余計な事言って、」
まさかあの襲撃で亡くなってしまったとか?
足を止めたテマリさんを見て、そんな風に思ってしまった私は少し落ち込んだ。
旦那さんはご無事で?とか、なんて空気の読めない事を聞いてるんだと嫌になった。
だけど意外にも返って来た言葉はカラっとしていて。
「ピンピンしてるよ」
「え?」
「あんたまさかウチの旦那が死んだんじゃないかって思ったのかい?」
「へ!い、いや、」
だって意味有りげに立ち止まったりしたから!焦ったよ!
とかなんとか瞬時に思ったのは内緒だけど、そうか、良かった。
カラカラと笑うテマリさんに、「また図星だな」なんて言われ、すみませんと連発して、また歩き出す。
その後は暫し無言が続いて、なんとなく気まずくなった私は、その"ピンピンしている旦那さん"の話を持ちかけた。
「旦那さんって、どんな方なんですか?」
「ん?ウチのかい?……そうだね、めんどくせーが口癖の頼りになるのかならないのか、よく分からない奴さ」
「ほお、」
テマリさんの口調からして、旦那さんは尻に敷かれるタイプなのかな、とか、やっぱり妻は強いんだな、とか、勝手に考えながら、
私の問いかけに火がついたのか「本当昔から変わらないよあいつは」「もっとしっかりして欲しいもんだね」とか色々、旦那に対する愚痴のようなものを呟きだしたテマリさんについ笑ってしまった。
「昔は男の癖にメソメソしててね、」
「へえ、」
「……おーい、誰がメソメソしてたって?」
突然、後ろから低い男性の声が聞こえたと思って降り向いて見れば、知っている顔がそこにいた。
あ、と言わんばかりの表情でその人を見てからテマリさんの方を向けば「噂をすればなんとやら、だな」と言いながら腕を組んで男性を見据えていた。
「ったく、めんどくせー事言いふらすなよ。男の威厳が無くなるだろーが」
「事実を言ったまでだろ」
「あ、あの……シカマル、さん、ですよね?」
私が思ってた通り、バツの悪そうな表情で頭を抱えるシカマルさんと、それを面白く思っている様なテマリさん。やはり旦那は尻に敷かれている。
というかテマリさんの旦那さんってシカマルさんだったんだ。
「おお、そうだった。お前を探してたんだよ。久しぶりだな」
「ん?あんた達、知り合いだったのかい」
「そ、その節は…どうも…」
久しぶりだな、と言われて妙に気まずくなってしまったのは多分私だけだ。
以前火影様に会いに行った時、シカマルさんも居た。だから私の泣き顔を見ているはずで、もしかしたらそれも覚えていたりするんだろうかと思うと恥ずかしすぎる。
自分の、泣いた後のみっともない顔を思い浮かべつつげんなりしているのを他所に、シカマルさんが私と知り合った経緯をテマリさんに話しているのが聞こえて、咄嗟に「わー!」と割って入ったが、もう遅かった。
私が泣いた理由を、シカマルさんは知らないのか、はたまた知っていて黙ってくれているのかは分からないが、火影様に何かを相談しに来て、あげく泣いていたという事実は既にテマリさんに伝わっていた。
何言いふらしてくれてんだと思ったのは心にしまっておく。
「ところでシカマル、名前の事を探してたって?」
私が叫びシカマルさんの話を制したところで(もう遅かったけど)、テマリさんは話題を変えシカマルさんに尋ねる。
「おお、そうだった」と思い出したかの様に目を見開き、ここへ来た本来の目的を言おうと口を開いた。
「お前、病院に居ないって騒がれてんぞ」
「……え?!」
それ早く言ってくださいよ!とシカマルさんの一言によって動揺を隠しきれない私は、割と大きめの声で叫ぶ。
やばいじゃないか。ちょっと、ほんのちょっと、一服がてら散歩をしに来ただけなのに。いない事がバレる前に帰る予定だったのに。まさかこんなにも早く、しかも騒ぎになってるだなんて。
「すぐ帰ります!走って帰ります!」
「あんた、その足で走れないだろ」
焦る私を尻目に、相変わらずカラカラと笑いながら尤もな事を言ってくるテマリさん。
いや確かに走れないけれども。笑わなくてもいいじゃないか。
思わずジト目を向けてしまいそうになるのをグっと抑え、とにかく病院へ帰らねばと焦る中、シカマルさんは「ああ、いや、」と何かを私に伝えたい様子だった。
「騒がれてるつーのは語弊があったな。わざわざ火影邸までお前がいない事を言いに来た奴がいてよ。騒いでるのはそいつだけだぜ」
「へ」
「院内を探してみても、誰に聞いても何処へ行ったのか分からないっつーから、探すのを手伝ってくれないかってな。自分も探すって、多分この辺ウロウロしてお前の事探してんじゃねーの。ったく、めんどくせえ」
つらつらと、思いもよらなかった事を言うシカマルさんに、頭に疑問符がいくつも浮かんだ。
自里の病院に入院している訳ではない私を、一体誰がそこまで探すと言うのか、訳が分からなかった。
ていうか、めんどくせえって言った。本当に口癖なんだな。
「私、木の葉の人に探される程何かしましたっけ……」
顎に手を当てて、模索してみるがやっぱり皆目見当もつかない。と思ったところで一つ、これが本当だったら平謝りをしなければならない事が頭に浮かんだ。
「ま、まさか、病院を脱走したと思われて…医院長か何かが治療費と入院代を踏み倒されたって火影様に…?」
いやでも、鞄は病室に置きっ放しだし、財布さえそこに入ってる訳であって、いやでもパッと見ただけじゃ見えないところに置いてあったかも……。
口に出した途端、現実味を帯びて来てしまった最悪の事態に余計に動揺してしまう。
ただ散歩へ行っていただけなんですなんて言っても信じてもらえるかどうか分からない。
「こ、これはまずい状況なんじゃ…」
「おい落ち着けって。そんなんじゃねーよ」
「へ、」
「…!ああ、お前を探してた奴、ここへ来るみたいだぜ。チャクラが漏れ出てやがる」
「え?」
慌てふためく私を宥めるシカマルさんは、突然何かを感じとって何もない空を見上げる。
私もつられて見上げてみるものの、そこには立ち並ぶ民家や店々の屋根と、それを覆う青い空しかなくて、また、私の頭に疑問符が浮かんだ。その時。
「!」
シュン、シュンと、私のような一般人には考えられないようなスピードで、というか屋根伝いに、赤い髪をした、私もよく知っている人物が飛んで来て、涼しい顔で私たち三人の前に着地した。
忍者の凄みというか、あんな風に屋根を伝って走って来るなんて、もう私の思考をはるかに超えているというような考えが頭を巡って、唖然としながらその赤毛の人物、風影様を凝視してしまった。
風影様はシカマルさんとテマリさんそれぞれに目配せをし、「見つけてくれたようだな」と礼を述べていて、今更になって私を探していたのが風影様という事に内心驚いた。し、なんだか嬉しくなってしまった。
だけど、私に視線を寄越して来た風影様の表情を見た途端、背筋が凍る思いがした。
「……名前、お前は病院にいるはずだが?」
お、怒ってる……?