初めての町

「それじゃあ、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


契約書にサインをし、最後に握手をしてから工場を後にする。



私は今、野菜を安価で仕入れるべく、木の葉の里まで出向いている。
それもこれも、つい先日の事。

お世話になっている八百屋のおばちゃんから言われた「野菜が値上がりした」との一言で、このままでは利益が無くなってしまうと考えた私は、木の葉から野菜を仕入れる事に決めた。

そもそも、砂漠地帯の砂の里では、言うまでもなく野菜なんて育たない。
八百屋のおばちゃんも木の葉ではないにしろ他里から野菜を仕入れて売っている。

食事処は八百屋で買うんじゃなくて直接農家から仕入れる方が安価だし、値段も安定しているからその方が良いと言うのは重々分かっていたけど、
他里なんて行った事ないし、店も細々とやっているから、ずっとおばちゃんの経営する八百屋で野菜は買っていたけど、
どうやら今年は不作続きで、仕入れ先の値段が上がってしまい、おばちゃんのところもやむなく値段をあげるしか無くなったと言う。

ちょっと値段が上がったくらいなら、メニューを変更したりと、試行錯誤でどうにかなると思ってたけど、その上がり方が尋常じゃない。

お肉やお酒は、砂の里でも安価で仕入れる事ができるけど、自然の力を諸に受ける野菜はやはり環境が良い場所でないとなかなか育てるのは難しい。

これでは料理自体の値段を大幅にあげないと、私の生活が危ぶまれる。
でも値段を大幅にあげてしまえば、客足が減るのも目に見えている。


…と言う事で一大決心。
野菜を仕入れるなら木の葉が一番安定しているとの情報を元に、その中でも良質で、安価に野菜を卸している農家さんと直接取引をするべく木の葉まで来た。
おばちゃんには悪いけど、自分の生活のためだ。ごめん。
そして冒頭に戻る。


「いい人そうで良かった〜。八百屋で買うより野菜も安いし。これは正解だったな」


安く仕入れられたお陰で、料理の値段も少しくらいなら下げても大丈夫になったが、そこは商売人。
今のまま営業をし、利益アップを狙おうと考えるとニヤニヤが止まらない。

辺りは既に夕暮れで、太陽も沈みかけている時間だが、私の気分は真昼の様。

利益が上がる分休みを増やしてもいいなあ。
それか頑張って貯金して、店を新しく建て替えるのも良い。

利益アップとは、なんて良い響きなんだ。


「ふんふーんっ」

「おい!そこの姉ちゃん!あぶねえ!」

「へ、…………わ!!」


我ながら金に目が無い女だなあ、なんて考えつつも、小さい夢を見て鼻歌を歌いながら歩いていると、突然後ろから切羽詰まった声で叫ばれ、気付けば誰かに抱きかかえられていた。


「あっぶねー、…姉ちゃん怪我ねえかよ」

「え、わ、」


ゆっくり身体を降ろされながら、私を抱えてくれたであろう目の前の少年越しに、自分が元いた場所を見れば上から落ちて来たんだろう鉄骨が無残に転がっていて。
それを見て、この少年は私を助けてくれたという事をやっと理解した。


「ほ、ほんとありがとう!助かりました!」

「いや、たまたま任務帰りで通っただけだから。怪我無くて良かったってばさ」

「へ、…任務、……てことは君は忍者ですか」


慌ててお辞儀をし、お礼を言うと、何やら気になる単語が出てきたので思わず聞き返す。


任務。
そんな単語を使うのは忍者しか居ない。
という事は私は忍者の少年に助けられたという事になる訳で。


「…忍者だけど、それがなんだよ?」


自分で忍者なのかどうか聞いておいて、そうだと言われたらなんと返せばいいのか分からなくて、つい口ごもってしまうと、私より少し背が低い少年は難しい顔をしながら私の顔を覗きこんでくる。


「えっ、と、なんでもないです。ごめん」

「…ふーん。ま、いいけど。………げ、」

「え?」


きっと私が忍者というワードを聞いた時、表情が曇ってしまったからだろう。ジト目で、いかにもなんか怪しいと思っているような表情を私へ向けてくる少年は、突然、私の後方へと視線をやったと思えば嫌な物を見たというような声をあげた。


「ボルト!」

「…父ちゃん」


後ろから、多分少年の名前なんだろう「ボルト」と叫ぶ声が聞こえ、目の前の少年の顔は一気にバツの悪そうな表情に変わった。
任務帰りにでも少し寄り道でもしていたのか、お父さんはそれを探していたのかなんて、勝手な予想を脳内で繰り広げながら、一応少年に助けて貰った訳だしお父さんにもお礼を言っておかなければと、振り返った時だった。


「お、お前はあん時の!」

「……金髪の、」


振り返ればすぐそこまで来ていた少年の父親である人物は、まさかのあの時、風影様と一緒にいた金髪の人。
木の葉の人だったのか。


「あん時はありがとな!飯も美味かったし、また今度砂に行く時は行かせてもらうってばよ!」

「あ、いえ…」

「なんだよ父ちゃん、知り合いか?」


相変わらず、キラキラした、私にとっては眩しすぎる笑顔を振りまきながら話す金髪。
風影様とは似ても似つかない、真逆な雰囲気の彼は一体何者なんだろうか。

息子である少年忍者に、私の事を「砂で飯屋やってんだよ」なんて賑やかに話している姿を見ながら、さっき少年に助けて貰ったという事をいつ言おうかタイミングを計っていると、金髪の彼の羽織が、風に煽られて私の目の前で揺れた。


「っ、!」


七代目火影。

風に乗ってバサリと音を立てた羽織りには、はっきりとそう刺繍が施してあって、それを見た瞬間、赤毛が風影だと知った時のように記憶がフラッシュバックする。

火影だから。だからあの日、風影様と一緒にいたのか。

赤毛が風影様だった事を知った日、じゃああの一緒にいた金髪は誰なんだろう、なんてよく考えれば分かりそうな事を、ずっと謎にしたままだったが、ようやく全部が理解できた。

どうして。
私は忍者と関わりたくないのに。
今まで避けてきた筈なのに。

今日はせっかく、野菜を安く仕入れる事ができて気分上々だったのに、忍者と、しかも火影様と会ってしまうなんて最悪だ。
台無しじゃないか。


「ん?あれ、…って、おい!どこ行くんだってばよ!」

「あ、逃げた」


どこへ向けてなのか分からないが、怒りに似た感情がフツフツと湧いてきて、気づけば私は走っていた。

助けて貰ったお礼もきちんと言えず、少なからず後悔もあったものの、これ以上関わりたくない一心の事だった。
去り際に背後から制止の声が聞こえてきたのも知らぬ存ぜぬで、初めての街並みをひたすら走る。


「は、っ、関わりたくないって言ってんのに…!なんなのもう!、」