ユリイカ、朝を
誰かが私をWバケモノWだと言った。
きっかけが何だったかはもう覚えていないから、恐らく昔の、子供の頃の話だと思う。前後の事やそれを言った人の事は全く覚えていないのに、何故かたまに台詞だけが脳裏に浮かぶのだ。
それは私が自分のことをバケモノだと自覚しているからか、はたまた──
◆◇
夢見が悪い時は決まって朝日が昇る前に目が覚める。まだ薄暗く、しかし二度寝するには少し考えてしまうくらいの時間にどうしようかとスマートフォンを開いたのが間違いだった。
夜間モードにはしていたが寝起きの目には眩しい光に襲われ意図せず目が冴えてしまった。
「ミスったなぁ。今日は任務があるのに」
一人きりの部屋に己の声と掛け時計の秒針の音が響く。どうせなら二度寝をするべきだったと思ったが後の祭りで、仕方がないから先日狗巻くんから聞いたゲームアプリを開いてログインボーナスを受け取る。そういえばこのゲーム、乙骨くんもしているらしいけどフレンドなってないな、なんて考えながらデイリーミッションを進めていく。
友達になろうにも彼は今海外にいて、SNSのアカウントは知っているものの真希ちゃんへ送るように軽い気持ちでコメントを残す程まだ仲良くなくて。
多分、私がゲーム始めたからフレンドになってと一言言えば優しい彼はきっと二つ返事でフレンドIDを教えてくれるのだろうけど、折角連絡を入れるのであればもっと気の利いた言葉を添えたいと思うのが乙女心で。文面を考えては消すという作業が終わらないのだろうと予想するのは容易いから、忙しさを理由にして何もしないまま今に至る。
誰かに『乙骨くんに連絡すること』を宣言しているわけではないから理由を並べた所で意味がないのだけれど、それはそれこれはこれ、だ。
そこまで考えた所でゆっくりと身体を起こす。まだ少し気怠さは残っているがこの程度なら問題ないだろうと両手を上げて伸びをしながら深呼吸をひとつ。頭に酸素が回って漸く仕事を始める。そのままベッドから出て簡単に身支度を済ませるとまだ薄暗い廊下を歩く。
「……山田さん?」
聞こえるはずのない声が背後から聞こえ、反射的に振り返ると先程まで考えていた人物が立っていて、私と目が合うとはにかんだように笑った。まだあどけなさの残る笑顔は年頃の男子とは思えないくらいに可愛い。
「乙骨くん、おはよう」
おはようと言うにはまだ早いが、こんばんはもおやすみも違うかと思ったのでそう口にすると彼からも「おはよう」と返ってきた。
「あ、そうだ。乙骨くんもこのゲームしてるんだよね? ……良かったらフレンドならない?」
海外にいた筈では、とかこんな朝早くにとか、聞きたいことはたくさんあったのに出てきた言葉は全く違うもので、でも私の言葉ににっこりと笑って「いいよ」と笑ってスマートフォンを取り出す彼を見て自分のスマートフォンを操作してフレンド申請画面へと進める。
「これでよし……っと。フレンド申請出来てるかな?」
「ん、ちゃんと来てるみたい。ありがと」
申請許可をしてフレンドになったのを確認しポケットにスマートフォンを滑らせる。そのままお礼を言って去ろうとすると乙骨くんから声がかかった。
「良かったら少し散歩しない?」
その言葉に頷いて微妙な距離感を保ちながらまだ風が冷たい外を二人で歩く。乙骨くんは自分から話すタイプではないし、私も同じだから静かなまま時間が過ぎると思っていたが、突然それは破られる。
「山田さんは何で呪術師をしてるの?」
彼の問いにすぐ答えを返せなかったのは驚いたからではなく、どう説明をしたらいいかわからなかったから。だけど、答えなければと口を開いて冷たい空気を吸う。
「WバケモノWではなく、W誰かの役に立てる何かWになりたいから、かな」
「バケモノ……?」
驚いたように私の言葉を復唱した彼はどこか申し訳なさそうな表情をしていた。
「そ。昔ね、誰かから言われたの。もう、誰から何で言われたのかは覚えてないけど」
「……そうだったんだ。辛いことを思い出させちゃってごめんね。でも、僕は山田さんが……いや、山田さんは普通の、真希さんと同じ様な普通の女子学生だと思うよ」
「ありがとう」
眉を下げながら、でもしっかりと自己主張する彼にお礼を言う。ここに来たばかりの時はこんな自己主張することなかったから、やっぱり成長したんだなぁ。
「乙骨くん」
私の言葉に乙骨くんが首を傾げる。
「好きだよ」
へらっと笑ってそう言うと、彼は一度固まって、それからあわあわと慌て始めたので思い切り笑ってしまう。墓場まで持っていくつもりだった感情も伝えてみれば案外いいものなのだなと彼の背後で朝日が差し込むのを見ながら思った。