雨のあとで
私が覚えている中で一番古い記憶は、彼――錆兎達と一緒に寝食共にしながら訓練をしていた所だ。鱗滝さんの指導下で鬼殺隊へ入る為の訓練を行い、切磋琢磨している。それは辛くて楽しく幸せな時間だった。
次の記憶は目の前で私を救ってくれた彼が鬼に殺された、というものだ。楽しかったなと漠然としている部分が多い最初の記憶とは違い、鮮明に覚えている。忘れたくても忘れさせてくれないのだ。
あの最終選別が終わるまでの間に、私だけではなく他の人も救った彼の刀は使い物にならないと何故気付かなかったのだろう。何故、己の刀を投げ渡せなかったのだろう。
私が自分の刀を渡していたら、もしかしたら──
◆◇
夢から覚めると目の前に広がるのはあの頃望んでいた『鬼のいない世界』だ。
誰かに話した事はないが、私は記憶を持って生まれ変わったらしい。そして、ここには同じ時代を生きてきた人達の子孫も生活している。
記憶を持っているのは私だけ、らしい。資料として知っている子は何人かいたけど。
「花子、そろそろ起きないと錆兎くんが迎えに来るんじゃない?」
母の声が聞こえてきて慌てて身支度を始める。そう、この世界には錆兎がいる。
あの頃の彼と全く同じ雰囲気で同じ性格に同じ顔立ちだ。だけど、私と違って記憶は持っていない。あの頃の事を考えると覚えてなくて良かったのかもしれない、けど。
「また見つけて欲しいと思うのはエゴだよね」
呟いた言葉は誰かに届く事はなく。
待たせすぎはいけないと私は錆兎と合流するべくリビングへ向かった。
◆◇
声が聞こえる。
「花子、大丈夫か? 呼吸を整えろ」
その言葉に従う様に薄くしか開いていなかった目を閉じて呼吸を整える。
しっかりと全身を巡ったのがわかり目を開けると錆兎がいて、私の様子を見た彼は安心させる様に笑って頭を撫でてくれた。
「錆、兎……ありが、」
「早く逃げろ」
一気に表情が真面目なものに変わり、私にそう言った彼はすぐ私を投げ飛ばした鬼の方へと視線を向けた。
あの、私を狙っていた鬼はまだ私を探しているらしい。キョロキョロとしているのがわかる。
今にも鬼に斬りかかろうとする彼の腕を思わず掴むと、彼が視線をこちらに向け「大丈夫」と言う。信じたいけれど、何故だか不安が残る。そんな悩んで掴む力が緩くなったのに気づいた錆兎はにっこり笑って鬼へと向かって行った。
そこからの記憶は本当に忘れたい。だけど、私の魂がそうさせてくれない。
鬼が去った後で悔しくて悲しくて、残された着物を持って一人でわんわん泣いた。
無事に試験には通ったが、そこからは死ぬ場所を探す様に任務をこなしていたように思う。全てが灰色に見えた。錆兎が死んで私の世界は色を失った。
そうして生きていた私は雨の中任務をこなしたある日、道端に寄り添う様にして咲く二輪の花を見つけた。あの楽しかった日々が思い返され私の世界に色が戻ってきた、のに。
私の前世の記憶はそこで終わった。
◆◇
「どうした?」
私がぼんやりとしていたのが彼にはわかったのだろう。そう優しく尋ねられた。
「錆兎はさ、私が前世の記憶があるんだ……って言ったら信じてくれる?」
突拍子もない私の言葉に、彼は顎に手を添えて真剣に考えてくれる。
「私、私ね。前世でも錆兎と会ってるんだよ」
前世からずっと好きだったとは口が裂けても言えない癖に、そんなことは口に出せる私は卑怯者だ。彼も思い出してくれたらいいのに、と心の何処かで思う私を許して欲しい。……きっと、彼なら許してくれるんだろう、けど。
「過去にね、錆兎に命を救われてるの。だから、錆兎に何かあったら助けさせてね」
「……好きな人を守るのは、男として当然じゃないか?」
だから気にするな、と。あの時と同じ様に笑う君をどうしようもなく愛してしまうのは仕方ないでしょう。
「私も錆兎が好きだから、守りたいの」
私の言葉に一瞬ポカンとした彼だったが、自分の言った事を思い出したのか顔を真っ赤にした。
それを見なかった事にして久し振りに彼の手を引いて歩く。
きっとこれからも二人でいれるのだろう、なんて思いながら。それを現実にするために気持ちを言葉にしようと心に決めて足を進めた。
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大好きで尊敬しているフォロワーさんからオススメして頂いた曲を聴きながら書きました。素敵な曲を沢山紹介して頂いたので毎日のように聴いています。