君が思い出せない
『約束!』
よく見る夢だった。
夢の中では幼い私は男の子と一緒にいて、指切りをしている。よく見る夢の筈なのに全体的に靄がかかっていて、どこで誰とした約束なのか――肝心なところが見えないのだ。
考えても考えても思い出せないから、もしかすると私の妄想なのかもしれないとまで最近では考える様になった。
◆◇
「花子、早く」
「今行く」
名前を呼ばれて意識が戻り起き上がる。既に他の家族は起きているらしい。美味しそうな朝食の匂いがするので、きっと私が起きるのを待っていたのかもしれない。そう思いながら起きあがろうとした時、黒い何かが視界を横切った。
「……え」
起き上がって声の掛かった方へ顔を向けると微かな血が残っているだけで、そこに居る筈の母と姉はいなくなっていた。
「冗談やめてよ……」
冷静に考えると冗談な訳がないのだが、一瞬のうちに二人もいなくなるなんて冗談にしか思えない。動物ではない"アレ"は──
「…………鬼?」
いつか、何処かのタイミングで夢の中の"彼"に教えてもらった話。人を食べる鬼の話。"彼"が誰かはやはり思い出せないが、聞いた事は覚えている。
◆◇
鬼が現れ、彼の言葉を思い出してから私は気を失っていた様で目を開けた時には誰かの腕の中にいた。
「起きたか!」
元気よく声をかけられて少し驚く。
「ここは……? 私は何故ここに……?」
私の言葉にどこか寂しそうな悲しそうな表情をし、その場に下ろしてくれた後で「俺の屋敷だ」と告げられた。その言葉を聞きながら彼の背中を追うようにして屋敷の門潜る。
「私の、家は……お母さんとおねぇちゃんは……」
答えは聞かなくてもわかる。答える方も聞くのも辛くなるに決まっているのだが、聞かずにはいられなかった。
「すまない」
もう子供じゃないから、その言葉が何を意味するのか痛い程わかる。
きっと彼は一生懸命捜してくれ、鬼と戦ってくれたのだろうと思う。ズボンの裾にある泥跳ねや返り血か彼の血か分からない血、呼吸は整っているが額を流れる汗。──全てが彼の頑張りを証明してくれている。
それなのに、しっかり理解出来ている筈なのに返す言葉が出てこない事が悔しい。
「花子」
顔を上げると目線が絡み合い、彼の薄い唇が私の名前を紡ぐ。それはとても心地良くて、どこか懐かしかった。
「……なんで、私の名前……」
私の言葉に彼は口を閉じて沈黙を選びながらも、困った様に眉を下げた。
◆◇
またいつの間にか眠っていたらしい。布団の中から起き上がると酷い頭痛がした。頭が割れそうだけど、何か大切なことを思い出せそうな気がして頭を抱える。
『花子、将来結婚してくれるか?』
夢の中の、一コマ。──嗚呼、やっと思い出した。それとほぼ同時に襖の奥から「入るぞ」という言葉が聞こえてきた。
「起きていたか。体調はどうだ?」
「おかげさまでだいぶ良くなりました。ありがとうございます──杏寿郎様」
私の言葉に彼は目を見開き驚いてから「思い出したのか」と静かに言った。
その言葉に私も静かに頷く。――十年程前、私には父親と妹がいた。そして煉獄家の近所に住んでいたのだが、二人を鬼に殺されたのをきっかけに私は記憶を失ったらしい。
話を聞いて倒れた時に杏寿郎様と一緒にいた事から彼と距離を置いて忘れたまま三人で暮らすことにしたと母は彼に言っていたらしい。
私は何も知らず、忘れたままずっと守られていたのだ。そして今回も守られて。
私といたらみんな不幸になるのではないだろうか。
「……そう思わない為に母君は俺と距離を置く様にしていたのだろうな。もう大丈夫だ。これからは俺が共に生きると誓おう」
私の考えたことがわかったのだろう、その言葉がとても嬉しくて自然と涙が頬を伝ってそれを見た杏寿郎さんの腕の中でわんわんと落ち着くまで大泣きした。