天使と祝詞、金平糖と雨
「お疲れ様。少し休憩しないか?」
杏寿郎様に声をかけられ、掃除をしている手を止めると私の目の前に巾着を取り出し「一緒に食べよう」と笑ってくださったので二つ返事で片付けをして手を洗い、お茶を淹れて杏寿郎様の部屋へと向かった。
襖の前で声をかけると入って良いと返事があり、ありがたいことに既に用意されていた座布団に座る様促された為、座ってお茶の用意をしている間に杏寿郎様が巾着を開いた。
「金平糖……ですか?」
「知っていたか。お館様に頂いたから一緒に食べよう」
「……こんな貴重な物を頂いてもいいのでしょうか」
砂糖菓子は高級な物だ。
一使用人にしか過ぎない上に十分と言っていい程お給料を頂いているのに、と告げると杏寿郎様はまた笑った。
「俺が花子と一緒に食べたいと思ったんだ」
だから安心していいと。
「では、頂きます」
お茶を杏寿郎様の前に置き、促されるままに金平糖をひとつ口へと入れる。上品な甘さが口の中いっぱいに広がり思わず頬が緩むのがわかった。
そんな私を咎めず、寧ろ嬉しそうに笑って杏寿郎様はお茶を飲んでいる。
いつもならその姿ですら居なくなってしまった兄と重ねていたのだが、今日はそんな事はなく思わずじっと見つめてしまう。
「どうした?」
「些細なことではあるのですが……以前はすぐ杏寿郎様に兄を重ねていたのです。それが今日は兄の幻影が見えないな、と思いまして」
私の言葉に杏寿郎様は一瞬ポカンと驚いた様に目を丸くした後で顎に人差し指を添えて「成る程」と呟いた。
「花子が俺に誰かを重ねていたのは知っていたが、兄上だったのか」
杏寿郎様の言葉を聞きバレていたことに対しての恥ずかしさと、他の人と重ねていた申し訳なさとで顔が赤く染まっていく。
「はい。妹の私が言うのはなんですがとても優しく、勇敢で頼れる兄でした」
「そうか」
私の言葉に頷いた杏寿郎様は顔を上げると庭の方へと視線を向けた。
「……雨、ですね」
先程まで晴天だったのに。というか、今でも晴れているのに雨が降っている。
「雨は嫌いか?」
「嫌いです。──兄が消えたのが雨の日なので」
私は笑えているのだろうか。
泣いてはいけない。泣いたらこの優しい人が困ってしまうからと必死で取り繕う。
「俺は柱だ」
不意に口を開いた杏寿郎様の言葉を黙って聞く。
「一般の隊士より数字付きの鬼と戦うことが多いだろうから死ぬ確率も高いが」
死ぬと言う言葉に否応なく反応してしまう。「嫌だ」と声に出さなかった自分を褒めたくなるくらいだ。
「一緒に生きてくれるか?」
「…………え、」
「花子の兄の分まで俺が花子を守る」
真っ直ぐに目を見られては何も言えなくなってしまう。
折角堪えていたのに涙がぽろぽろと零れ落ちるのがわかって、そんな私を涙が止まるまで優しく抱きしめてくれた杏寿郎様の腕の中は兄のものとは違ったが昔からそうされていたかのような安心感があった。