07 こころがぽろぽろ

 やっぱり、眠れなかった。
 昼間の彼の言葉が、ジュリウスとの幸せな思い出が、こんなにも私の傷を抉る。彼がジュリウスだったら。私の知っているジュリウスだったら良かったのに。私の上司で、部隊長で、特異点として螺旋の樹のコアとなったであろうジュリウスだったら、そうだったとしたら、私はまだ、彼を受け入れられたかもしれないのに。
 愛したのは、彼ではなく、ジュリウスなのだ。なのに、瓜二つの彼が、私を迷わす。勘違いしてしまいそうになる。酷い自分が居る。彼は彼、ジュリウスはジュリウスなのに。ジュリウスの代わりなんて何処にも居ないのに。
 カチ、カチと、時計は秒針を刻む。動くそれは、午前0時を指していた。
 私はベッドから降りて、寝巻きの上にカーディガンを羽織る。そして、病室前の自販機に行こうと思った。
 何か飲み物が欲しかった。けれど、お湯を沸かすのは面倒だった。喉はカラカラだ。
 エレベーターは辛うじて稼働中の時間帯だ。私はエレベーターでラボラトリまで向かった。
 ラボラトリ前の自販機でお金を入れて、飲み物を選ぶ。選んでいたら、横から手が延びた。
 ガシャン、と、飲み物が落ちてくる音がする。私は驚いた顔で、手の主を見た。
「こんな時間まで起きてる奴がいるのか。へえ、珍しいな」
 ロミオだった。いや、私たちの家族のロミオじゃない。彼は、コピーのロミオだ。ロミオに似た彼は、にっこりと笑って、私のお金で購入した缶を開けるのだった。



「こんな時間まで、なにやってたんだ?報告書?」
「少し、眠れなかっただけ」
 私は飲み物を買い直した。缶の蓋を開け、ちびちびと飲んでいく。
「なまえも眠れないことがあるのか……」
「君は?」
 私はロミオに問いかけた。
「もしかして、私と同じ?」
「いや、俺たちは眠らなくても大丈夫だから、あの、ほら!この前説明したろ?」
 ロミオは誤魔化すように私に明るく答える。けれど、私は、彼らの真実を知っていた。知っていたから、正直に、ロミオにも聞いてみることにした。
「君たちは、クローンなんでしょう?機械じゃなくて、心も、身体も、ちゃんとあるんでしょう?」
 そう問いかけると、ロミオは、しまったというような顔をした。
「……もしかして、ジュリウス、喋っちゃった?」
「教えてくれたよ。自分たちがクローンで、廃棄される前にここに来たって」
 問いに答えると、ロミオは、秘密が暴露されて困ったような様子だった。
「あっちゃー……一応他人にはバラしちゃダメって話だったのに……なまえはブラッドの隊長だからまだ良かったけど」
 少しずつ飲み物を口にする私とは対照的に、ロミオは飲み物をごくごくと飲む。
 私は、俯いた。何だか、苛々していた自分の態度が、彼らに申し訳無く感じた。そして、元の、オリジナルのジュリウスやロミオと重ねてしまう自分に、罪悪感のようなものを覚えた。彼らは彼らであるのに。
「……なまえ、今日はいつもより優しい気がする」
「……え?」
 私は思わず声を出す。ロミオは、続けた。
「なまえだけ、俺たちのこと、すっげー嫌ってるみたいだったから……安心した。ちゃんと、こうやって話が出来るんだなーって」
 ロミオは笑って言う。
「ジュリウスが……えっと、俺と一緒の、クローンの方のジュリウスな。ジュリウスがさ、すっげえ落ち込んでたんだ。なまえが心を開いてくれないって」
 ロミオは少しずつ語り始めた。私は、黙って聞いていた。
「ジュリウスは、なまえに会えるの、とっても喜んでたんだ。あいつ、表情固い方だからさ、あんな風に嬉しそうなの、初めて見た」
 私は、眼を見開いた。多分、少し、身を乗り出して聞いていたかもしれない。
「なまえに昔会ったことあるみたいでさ、その時の話を、楽しそうに喋ってくれるんだ。お前のこと、大切に思ってるみたいで、なまえのクローンが廃棄されて殺された時も、本気でキレて懲罰房入りさせられて。端から見てた俺でもびっくりしたぜ」
 笑いながら、彼について、ロミオは語る。
「それからだったかな……俺たちは今まで死んでも代わりがいくらでも利くから死んでも怖くない、くらいに思ってた。けれど、あいつは違ったんだろうな。ここにはオリジナルのギルやシエル、ナナが居るだろ?今まで、あいつらのクローンも生きてたんだぜ。ナナなんか、オリジナルと違ってオリジナルのシエルみたいに大人しい性格でさ、廃棄処分されかけたんだ。それをジュリウスは止めたんだ。……あいつらは、俺たちがここにくる直前に殺されちゃったけどな」
 ロミオは笑っていた。けれど、悲しそうな笑顔だった。
「ジュリウスは、オリジナルのなまえと会ったことがあるって言ってた。ジュリウスは、死ぬことは怖いことだから、完成品に近い俺たちは処分される可能性が低いから、みんなを守ろうって、俺に言ってくれた。酷い扱いを受けてる仲間を守ろうとして、俺たちも酷い目にあったりしたけどな」
 私は、驚いた。ジュリウスをあんなに嫌う彼が、ジュリウスと、似ていた。
命を賭してまで終末を食い止めたジュリウス、殺されてしまう仲間を守るために動いた彼。仲間思いなところさえ、そっくりだった。
 それだけじゃない。オリジナルの私と会っていた、とロミオは言った。どういうことだろう。
 私は、思い出した。ジュリウスとの会話を。幼い頃の、思い出を。

――『きみのなまえは?』
 幼き日の私は訊いた。
――『……ジュリウス、だ』
 幼き日の彼は答えた。

――『……っていうことがあったんだけど、ジュリウスは覚えてない?』
 大きくなった私は問うた。
――『記憶に無いな』
 既に成人を迎えたジュリウスは言った。


「うそ、でしょ?」
 私は、頭が真っ白になった。
 初恋のその子と愛したジュリウスは同一人物だと思っていた。ジュリウスがずっと忘れているんだとそう思っていた。よく考えてみればその子の目は彼と同じ、グレーだった。ジュリウスとよく似ていたからジュリウスだと思っていた。まさか、まさか、そんな馬鹿な。
 じゃあ、私が愛してきたのは誰で、私が恋したのは誰なの?でも、この気持ちは本物で、あのときの気持ちも本物で、あれ、あれ、あれあれあれあれあれあれあれ?
 私は、缶を自販機前のベンチに置いて、駆け出した。混乱していたんだと思う。
 だけれども、会わなければならないと思ったんだ。彼に。ジュリウスと瓜二つの、彼に。

 気が付けば、泣きながら、彼に、抱き止められていた。

title)言葬