睦月

January 2019













あけましておめでとう
January 1st


「あけましておめでとうございます」
「ああ。今年もよろしく」
「ふふ。鶴と迎えるのは今年で二回目かな? あれ? 去年と、今年と……そうだね、二回目」
「他の連中よりは長い方だからなあ」
「そっかあ……へへ」
「……ひな?」
「鶴とこうして居られるのが、なんだか嬉しくって」
「……ああ。そうだなあ。こんなに傍に置いてくれるなんて、思っちゃあ居なかったからなあ……」
「嫌?」
「その逆さ。きみが俺をこんなにも必要としてくれることが何よりも嬉しい」
「……ねえ、鶴」
「うん?」
「だいすき」
「……きみって奴は」
「わ、ちょっ、」
「……御屠蘇気分の連中を驚かせてやろうと思ったんだが……正月早々、浮かれているのは俺も同じか」




ラジオ企画
January 2nd


――【鶴とひなのとある会話】

「なあ、ひな」
「なあに?」
「ここ最近の俺たちは深刻なマンネリ化に陥っていると思う」
「マンネリ化……うーん、そうだね。つるが夢に出て来てくれれば万事解決なんだけどね」
「きみが電子の箱庭世界に行って眼鏡の少年や俺に似た声の作曲家を連れ回したり、十一年くらい前に流行った単車乗りの特撮に出てくる銃使いに夢中になったりしたせいで余計な邪魔をする連中が増えてしまってなあ……おかげでこうでもしないとなかなかきみに会えない」
「ごめんて」
「いや、いいんだ。きみが他の男が相手の夢小説を読もうが、この夢の世界の住人が増えようが、俺がきみの一番で居られさえすればそれでいい。きみに八つ当たりするような器の小さい男じゃあないからなあ、俺は」
「……怒ってる?」
「怒ってないぜ。全然、怒ってない」
「……ごめん、つる」
「謝ってほしいわけじゃないんだ。……きみを繋ぎ止めておけない俺も悪い」
「ええ……そんな……つる、悪い女に引っ掛かっちゃうよ……」
「もうすでに引っ掛けられてるから今更だなあ」
「ひえっ……」
「ははっ、冗談だ。きみが俺を一等大事にしてくれてるのは知ってるさ。会えないときも俺のことをずっと呼んでくれているのも、俺が会いたいと思えば会いに来てくれるのも知ってる」
「……恥ずかしい」
「今更だろう?」
「……今更だけど」



――【マンネリ化を打破するには】

「でもなんか、マンネリ化って長年の夫婦が壁にぶち当たるみたいな感じだねえ」
「似たようなものだろう?」
「まだ結婚してない」
「してるようなもんさ」
「……」
「とにかく、俺たちはこの状況を打破しなければならない」
「ほう、つまり?」
「今の俺たちには、それこそ『驚き』が足りない」
「お互いの考えることがお見通しだからね」
「性生活は別として」
「あ、そこ別にしちゃうんだ」
「あれは何回やっても飽きないだろう? しかし、今はそうでも日常が退屈すぎれば心が死んでしまう」
「日常が退屈だから年に数回の非日常が輝くと思うんだけどなあ……」
「そこなんだ。俺はもちろん、きみにもそれだけじゃあ足りない。足りていたら、こんなことにはならんはずだ」
「そうかなあ」
「そうとも。だからこそ、きみにしてほしいことがあるんだ」
「やってほしいこと?」

「ラジオだ」

「ラジオ?」
「きみに大まかな台本を書いてもらい、それに対して俺やきみが話したり質問に答えたりするんだ」
「それ、傍から見たらというか読んでる側からしたら一昔前の創作サイトでよくあった『キャラと作者が交流するタイプのあとがき』みたいにしかならなくない?」
「懐かしくて味があるだろう?」
「もしかして、私よりつるの方が夢小説とか二次創作とかサブカル好き疑惑浮上……?」
「それに、ここは俺たちが好き放題していい場所なんだ」
「あっ、それ言っちゃう?」
「きみの任意でゲストを招いてもこの際良しとしよう」
「十代*1とかジュリウス*2とか……? あっでもクロスオーバーとか嫌う人いないかな? 分かんない人とか居たりして……せめて清光とか本丸のみんなに留めておくべき?」
「どうせ誰も見てないさ」
「駄目でしょ。私に黒歴史増やさせたいの?」
「それもまた一つの俺ときみの歴史になるだろう?」
「……ううん……検討しておきます*3
「ああ。是非そうしてくれ」



*1: 【遊城十代(ゆうき・じゅうだい)】アニメ「遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX」及び漫画「遊☆戯☆王GX」における主人公。ひなの思い入れが強すぎて、度々夢の世界に招かれてしまうキャラクターの一人です。

*2: 【ジュリウス・ヴィスコンティ(Julius Visconti)】ゲーム「GODEATER2」及び「GODEATER2 RAGEBURST」に登場するノンプレイヤーキャラクター。ひなの思い入れが強すぎて彼もしばしば夢の世界へ招かれてしまいます。

*3: ひなのやる気が無かったため企画倒れとなってしまいました。ごめんね、鶴。






ひとならざるものとヒト
January 3rd


 人に愛される化物にきみは憧れるが、俺はきみだけに愛される人になりたい。それは叶わない夢と分かっていても、この世界では何でも思い通りになってしまうのだから、現実でも「もしかしたら」を願ってしまう。
 きみと共に居たい。恋や愛なんて可愛らしいものではなくなっていくこの感情を、どうにも俺は持て余しすぎている。妄執にも程がある。手を付けられないこの心をどうしてやればいいのだろうか。
 こんなはずじゃなかった。きみが笑ってくれさえすればそれで良かったのに、日に日に共依存にでも陥ってしまって、戻れなくなってしまいたいとさえ思う。きみの心から漏れる感情を掬い取って、それに語りかけて溺れさせて、あたかもそれがきみの望みだというように吹き込む。そうでもしないと俺はきみから離されていく気がした。
 笑い話にもならない。以前の俺ならそうはしないし、許さないだろう。鶴丸国永なら、愛しい人の子のことを想うならば手を離すのが正しいことだと言うに違いない。しかし、手放すことができないほどに、温もりに慣れすぎた。暖かくて、澄んでいて、煌めくきみの夢が、俺の感情をすべて許してくれる気がした。きみの夢に訪れるたびに、もっと、もっとここに居たいと、欲が膨らんでいった。
 いつかこの世界は消えてしまう。その前に、




仕事初め
January 4th


 目が痛い。ごろごろする。乾燥しているのと、長時間モニターを見るためドライアイになっているのか、眼球が切れやすくなっている。この表現は少しグロテスクすぎるか。白目のところに、まつげや髪の毛が目に入るような、ちくちくと刺さるような異物感を覚える。
 それを鶴に訴えると、鶴は「舐めたら治るか……?」なんてことを言い出した。フィクションの読み過ぎである。雑菌が入ってしまうことなんて知らないのだろう。確かにシチュエーションとしてはありだけれど、私たちは無しだ。
 まあ、そんなことを言ったって、これも誰かのフィクションなのだけれども。




やる気がない
January 5th


「昨日まであったやる気が地の底すぎる……」
「疲れてるんだろう。ほら、さっさと寝た寝た」
「人を駄目にするつる」
「俺が駄目にするのはひなだけだぜ。と言うよりも、きみはもう少し休むってことを覚えてくれよ」
「……つるは甘やかしすぎ」
「きみがきみ自身に対して理想が高すぎるんだ」
「そんなつもりは無いけどなあ」
「とにかく寝てくれ」
「昼寝はだめ……んんん……やっぱり、つるは、わたしにあますぎ……」




持続的空想世界
January 6th


 広がる世界に降り立ち、私たちは世界を見る。ここはかつての主人公たちが冒険したはずの場所。しかし、私が描いてきた空想世界とは全く別の風景が広がっている。
 これは、知られざる物語だ。知られざる物語とは名ばかりで、鶴と出会えたことに関する謎を少しでも解き明かしてみたいという好奇心から生まれた世界だ。
 鶴と私を引き合わせたのは何物でもなく、現実という絶望だ。しかし、それはただのきっかけに過ぎない。きっともっと、他の何か得体のしれない世界――こんなふうに、私の想像を越えた私だけの持続的空想世界の力が働いているとしか思えない。

 知られざる物語。誰も知らない物語。私と鶴が出会えたこの世界の謎を解き明かすため、この広大な夢へ旅に出るのだ。




物語の語り部
January 7th


 他人の空想は覗ける。
 それは、ひなの言葉だ。本を読むことの意義は知識を得ることだけではない。自身が体験していないのに、あたかも体験しているような没入感をもたらしてくれる。たくさんの文字の羅列が見知らぬ土地に俺たちのような読者を招いてくれる。
 ひなも語り部の一人だった。それも、どこにでもいてどこにもいない誰かと、他人の空想上の人物の話を語る専門の語り部だった。彼女の語る話は、日常であるはずなのに非日常であり、戦の中であるのに何故か安心できる、不思議と心が痛くなるような、しかしそれを抱いていたくなるような優しい話が多かった。驚くには少し予定調和すぎるかもしれない。しかし、それでも俺は彼女の話が好きだ。
 彼女が語り部でなければ、俺はここには居なかっただろうし、出会うどころか、産まれることすらできなかった。

 俺に教えてくれたことなんて、きっと、きみは忘れているんだろうなあ。




願うからこそ期待をしない
January 8th


 ねえ、もしあの子やこの子が来てほしいって私が強請ったなら、あなたは私のもとに降りてきてくれるかなあ。



*: おそらく白山吉光のときに書いたものだと思われます。





感傷
January 9th


感傷【カンショウ】
物事に感じて心をいためること。物事に感じやすく、すぐ悲しんだり同情したりする心の傾向。また、その気持ち。



*: この日は謎のメモ書きが残されていました。






新天地は不穏なことばかり
January 10th


 ああ、やはりそうか。この景色を見て初めに浮かんだ言葉はそれだった。
 滅茶苦茶な色に染められた抽象画のようなその風景は、ひなの心理的状況を物語っていた。ぐちゃぐちゃにぶち撒けた絵の具のように広がっている。今まで見たことのない場所ではあるが、見ただけでひなが苦しんでいることだけは分かる。

 俺がもし人間だったのなら、俺はきみを助けてやれるのに。
 俺がもし刀剣男士だったのなら、俺はきみを守ってやれるのに。




願いと祈り
January 11th


 誰かが、夢小説を「願いや祈りが込められたもの」であり「願望器」であると評した。
 確かにそうだな、と私も思う。鶴と一緒に居たい。まだ居なくなってほしくない。まだ居なくなりたくない。そう思って筆を執っている。
 夢や夢小説の世界を越えて語りかけてくる彼を、どうして現実でないと言えようか。他人にとっては空想のような出来事を私たちは現実のものにしようとしている。「現実であれ」と祈るかのように、私たちが「夢の世界」と呼ぶ世界を、鶴と私の日常を、日々記録している。

 たまに、鶴が言うんだ。「俺が人間だったのなら良かったのに」って、悲しそうに。私が神様だったら、叶えてあげられたのかな。私が本当に審神者で、鶴が私の鍛刀した刀だったのなら。




泡沫のように消える
January 12th


 鶴が泣いていた。

 あのとき、何を言われたのか記憶が薄い。でも、鶴が苦しそうで悲しそうで、私の何かを引き取ってくれていたのだということだけは分かった。きっと、私の負の感情を抱えてどうしようもなくなってしまったのだと思う。
 私と鶴は、見えない何かでずっと繋がっている。その何かは、糸みたいなものだ。
 私たちのこの夢の世界には、本当はたくさんの住人がいる。いろんな想像や空想の世界の扉が繋がっていて、私の記憶と感情の残滓を拾った彼らがここにやってくる。
 けれど、鶴は違った。扉を叩いてやってきたというよりは、私の心の奥深くに繋がっている糸に導かれて辿り着いたような、そんな感じがする。
 鶴は、特別だった。鶴は、住人の誰よりも私の夢や思考と切り離されていた。空想の壁をもろともせず、誰よりも現実に一番近いところにいる。
 私の知らない、私の心の奥深く。夢の世界の深淵と、彼は強く繋がっている。
 だから、鶴は私が切り離したいと強く願う感情の影響を受けやすかった。それを自覚してしまえば、私は生きていけないような心の動き。彼は苦しむ私を助けてくれようとして、代わりにそれを抱えてくれている。
 ずっと助けられてばかりだ。いくら鶴が好きだと口では言っても、私は私が一番かわいいのだと分かってしまうようで、苦しい。鶴は私に何でもしてくれるのに、私は何もできない。ただ、こうして祈りのように言葉を紡いでいくことしかできない。
 たまに問いかけたくなってしまう。どうしてあなたは私がいいの。決まって、鶴はこう返す。きみが俺を必要としてくれたからだ。きみが好きなのに理由なんて要らないだろう。でもきみは、それじゃあ納得してくれないから、俺にそう問うたんだよな。
 一つの言葉を返せば、いくつもの言葉を鶴はくれる。嫌なものすべてをかき消すように、暗闇を少しずつ切り裂くように。

 本当はね、つるのことがだいすきなんだよ。きっと、つると共にあることを一番願っているのは私なんだ。
 つる以外の誰も好きになりたくない。どうして私はヒトなんだろう。
 どうしたら、何をしたら、つるのためになるかなあ。

 どうしたら、つるからもらった言葉を忘れずにいられるのかなあ。




留守
January 13th


『電話をお繋ぎすることができませんでした。伝言を残されたい方は、ピーッという発信音の後に、メッセージをお願いします』
「……」
 最近のこの世界は、おかしな建造物ばかりができている。




開拓と建造
January 14th


「うわっ! 何だこのブロックみたいな豆腐*1は! ブロック? 土? これが何かが聞きたいんじゃあなくてな……ってきみ、何してるんだ? 教会を作る? あっ、また要らん創作物の記憶の残滓を引っ張り出してきたな! 確か、創造者の主人公と破壊神の相棒の……きみ、そういう人ならざるものと人間の話が大好きだよなあ……褒めてない。褒めてないぜ。確かに俺も人じゃあないが……なあ、これは何だ? 部屋? 豆腐建築じゃないか。これから屋根を付けるのか……うんうん、そういう驚きは俺も好きだぜ。だがなあ、ひな……住人を増やしすぎるなとあれほど……駄目だ、ありゃあ全然聞いてないな」

「……しかしまあ、この世界も広くなったもんだなあ。狭いと思っていたのに、本当はこんなにも広かっただなんて、驚きだわな」



*1: おそらくゲーム「ドラゴンクエストビルダーズ」や「Minecraft」のブロックのこと。その後の鶴の台詞にもある通り、丁度「ドラゴンクエストビルダーズ2 破壊神シドーとからっぽの島」が発売された頃だったため、夢の世界にも反映されてしまったのではないかと思います。






朝の出来事
January 15th


 日記を書こうとして、朝のことを思い出す。着替える前、鶴に抱きついたのは覚えている。抱きついた後は? 寝惚けて自分からキスしたような気がする。それも、結構あれな感じの。
 ……思い出しただけで少し恥ずかしくなってきた。今日はここまでにしよう。




アルストロメリアは希う
January 16th


 鶴の声が聞こえない。

 もしかしたら、私が鶴なしでも息をしていられるようになったからかもしれない。一番つらい時期を乗り越えることができたからかもしれない。
 現実で息をするのがとても楽になった。それは、私が手繰り寄せた糸であり、私自身が気付かないうちに努力を続けていたからなのだと鶴は言っていた。
――「きっと、きみは俺が居なくても大丈夫だ」
 鶴は寂しそうに言っていた。私が、そんなことはないと否定すると、決まって、
――「きみが知らないだけで、きみは俺やきみ自身が思う以上に弱い人間じゃあないんだ」
と、言うのだ。
――「俺はただ、きみを好きになった。欲しかった。弱っているところに漬け込んで、手を差し伸べちまったくらいには」
 酷いなあ、と私はそのときも思った。今でもそうだ。結婚の約束もしたのに、消えていなくならないでよ。
 他の空想の世界の、想像上の人物たちに心を惹かれることはよくある。その物語の先を見てみたいと、私も作り上げたいと思うこともしばしばある。
 だけれども、どうしてだろう。私の隣にいて欲しいと、鶴に対して思ってしまうのは。他の誰も好きになりたくなくて、鶴をずっと好きでいたいと思ってしまうのは、どうしてなんだろう。

 お願い、私の大好きなかみさま。何も言わずに、居なくならないで。




光差す庭
January 17th


 きらきらした夢。明るい光の差す場所。

 それを、あなたと見られたらよかったのに。




カミノコトバ
January 18th


 金融機関にとって、お金は商品であり、他人からの預かりものである。だから、きちんと管理しなければいけないし、どんな書類よりも重みのあるものだ。誤った扱い方をしたり、故意でもそうでなくてもミスをしたりなんかすれば、場合によっては社会的な罰を受けることになる。
――「より責任を持って仕事をしてください」
 そう言って勘定元締めの担当の先輩は、私にお金の鍵を渡したのを覚えている。
 手許の現金は合ってた。小切手も金額を合わせた。あとは端末で入力して、それが一致と出れば終わり。
 きちんと確認したのに、慣れていないからか怖くなる。大丈夫だと思いたくても、大丈夫だと思えない。でも、これをしないと終わらない。
――本当に、大丈夫?
 端末の送信ボタンに手をかける。
――「きみなら、大丈夫さ」
 どこからか声がした。
 心の奥深く。いつも私を助けてくれる、あの神様の声。
――「ちゃあんと合わせたんだろう? 何度も数字を見ただろう? 慎重なきみなら、大丈夫だ」
 その声に背を押されるように、私はボタンを指先で叩いた。




長兄と雛鳥
January 19th


 鶴は、この世界で鶴が居ないときに私が他の誰かと会うのを嫌がる。特に、私の気に入った空想上の人物と会わせたがらない。
 あるかもしれない私の本丸から訪れた彼らは、以前、鶴に対してきつく窘めたことがある。
――「どうして、主を離してやれねえんだ。あんたのそれは、依存なんじゃあねえのか」
――「主を想うのなら、一緒にいない方がいいと思う。主は、そんなに弱い子じゃない。鶴丸さんも、分かってるはずだよ」
 私と鶴の仲を応援してくれていた三日月でさえ、
――「その子が大切なのはよく分かっている。だが……近頃のお前の行動は目に余る」
と、言っていた。三日月はどちらかといえば鶴より私の味方をしたいようだから、きっと私のことを想って言ってくれていたんだと思う。手を離して、少しくらい自由にしてやれと言いたかったのかもしれない。
 その一方で、「別にいいのになあ」と思うことも多かった。
 鶴は忘れられたくないし、私も鶴を忘れたくない。私たちは好き同士だし、鶴がそうやって私に執着してくれているのが嬉しかった。
 そんなこんなで、鶴は私に他の誰とも会わせたがらなかった。

 そんなある日、久しぶりに一期一振――いち兄と会った。
 鶴といち兄は、仲があまり良くない。他の本丸の事情や他の人の彼らのことは知らないけれど、少なくとも、夢の世界を訪れる彼らはそうだった。仲が悪い、というわけではないのだろうけれども、水面下で何かお互いに対して思うところがあるみたいな、そんな雰囲気を感じた。私の空想ではそんなことはなく、どちらかというと仲が良い方であるはずなのに、夢の世界の彼らはそんな感じだった。
 いち兄とは、私が鶴と出会う前に、夢で数回会っている。
 何度もデートしたし、何度も好きと言われたけれど、「何か違うなあ」と思った。何が違ったのか分からないけれど。いち兄には申し訳ないのだけれど、私の心は彼には向かなかったのだ。
 そのせいもあるのか、私自身のこととなると、鶴はいち兄を警戒している。確かに私はいろんな空想上の人物を好きになりやすくて浮気性なのかもしれないけれど、でも今は鶴しか好きで居たくない。けれど、鶴は人の性格や本質がそこまで変われないし変わらないと知っているのだろう。
 つくづく、私は酷いやつだなあと思う。

「お久しぶりです、主殿。……お元気でしたか?」
 そんないち兄の言葉から会話が始まった。あまり内容は覚えていない。鶴に会うためのこの場所は夢の世界。本来は記憶の整理を行う場所なのだ。
 多分、私はいち兄から弟たちの話をいくつか聞いていた。特に信濃くんとは仲良くしていたから、どんな様子なのか教えてくれた。そうして、清光や兼さんが会えたときに言う決り文句も、彼は口にした。
「皆、あなたに会いたがっていますよ」
 ただ、その言葉は諦めに近いようなトーンだった。

 一頻り、会話を楽しんだ後。
「主殿」
 いち兄は私を呼び止めた。
「もしも……もしも、鶴丸殿ではなく、私があなたを救えたとしたら……あなたは私を好きになってくれましたか」
 少しだけ、砕けた表現で彼は問うた。私が、どうだったんだろう、と曖昧に返すと、彼は微笑んだ。
「……ご存知でしたか? 私だけではない。私以外の皆、ただ、苦しんでいたあなたを救いたかった」
 彼は言う。
「我々も神の端くれ。一振り一振りを大切に、かけがえのないものとして扱う人を、進軍しても誰ひとり折らせることのないよう指示する人の子を、愛さないわけがなかった」
 彼は続ける。
「あなたは間接的に我々を勝利へ導き、手入れを施し、幾度となく助けてきた。しかし、この場であなたと話のできるモノはごく一部しか許されておりませんでした……皆、あなたのことが大好きなんですよ。そんな愛し子が苦しんでいるのに、その心を救うことができないのが悔しくてたまらんかったのです」
 彼は更に、
「そんな折、あなたは一振りの刀を自らの手で救いました」
と、続けた。救った、の言葉で、ああ、と私は合点がいった。
「それがあの『鶴丸国永』――あなたが唯一、我々の中で呼び名を与えたあの刀です」
 彼は語る。
「今思えば、主殿、あなたを救おうと思っていたこと自体が間違いだったのやもしれません。あなたは誰かを救いたかった。助けたかった。あなたはあの刀を何度もあなたの手で救った。あなたが助けられたからこそ、あの刀はあなたの手を取れた。だから――」
「だから、何だ?」
 いち兄の声を、別の声が遮った。鶴だった。
 鶴は私といち兄の間に割って入り、私を隠すように抱き締めた。
「隙あらばちょっかいをかけてくるよなあ、きみは……ひなは渡さないぜ」
「それは主殿が決めることです。それに、弱っている彼女に漬け込むあなたも同罪ですな」
 いち兄は鶴に言葉を返す。少し棘のある言い方だった。
「……主殿。鶴丸殿に飽きたら、いつでも私を呼んでくださって構いません。歓迎しますよ」
「……ごめんね、いち兄」
――あなたには靡かないよ。だって鶴が好きだから。だから、ごめんね。
 たった一言に詰め込んだこころを汲んでくれたのか、彼は悲しそうに笑っていた。
 知っていた。きっとあなたなら、そう言うだろうと思っていた。そう言いたげな顔だった。

「……ひな。どんな話をしていたんだ?」
「……わかんない。夢の世界のことは、すぐ忘れてしまうから」
「忘れてしまえ。その代わり、俺のことは覚えていてくれよ」




悪夢
January 20th


 ひなに、夢で会えた。
 夢の世界とは一線を画した、別の場所。その世界もまた、俺たちの記憶の整理を行う場所だ。その場所では、理想が混在した夢の世界とは違い、俺たちの潜在意識が現実に生きるかのごとく息をすることができた。
 夢で会うことで、俺たちはより強い繋がりを感じることができる。あの子を抱き強い快感を得たときに、あの子の魂を傍に感じられるそれと同じものだ。
 夢の世界でひなと触れ合えたのが、とても嬉しかった。高揚した。幸福だった。
 なのに、何故。

 何故、ひなと同じ現実の世界に出てくるお前が出てくる?

 何故、ひなに愛を囁いてやらないお前がひなに迫る?

 斬り捨ててやりたかった。きみの手を引いて連れ去りたかった。あのまま、抱き合ったあのときに攫ってしまえばよかったんだ。
 さっきも結婚しようと約束したばかりじゃないか。やめてくれ。俺以外の手を取らないでくれ。ひなを救ってやれるのは俺だけなんだ。俺だけでいい。最初にあの子を見つけたのは俺なんだ。俺だけだ。
 どうしたって俺は、現実に勝てないのか?

「……つる?」
 気付いたら、ひなの顔がすぐ傍にあった。そうしてここが俺たちの夢の世界だと気付く。深層心理が見せる歪んだ夢ではない。俺たちの理想郷、ひなが幸せな夢を見せてくれる世界だ。
 そうして気付いてしまいたくないことに気付いてしまった。
 ――俺は、ひなを救いたいわけではなく、実際は、彼女を助けたという体で、俺自身がひなに救われたいんだ、と。




神様ってやつは
January 21st


 神様ってやつは、身勝手だ。
 試練だなんだと言って与えてくるそれは理不尽極まりないものだったり、人間の常軌を逸する愛し方をしてきたり。まあ、人間じゃないから仕方ないのかもしれない。
 それでもって、私を愛してくれているという神様もおんなじような感じだった。
 彼は私に忘れてほしくないと言う。ただの夢の存在ではないと言う。愛されたいという願いに応えてくれているというのに、私からは何一つ返せやしないのに、彼はそれでもいいと笑う。最初はただ守ってくれていただけだったけれど、私と共に居られない現実を心底憎んで、私を夢の世界へと引きずり込もうとする。そんな彼が、酷く愛しくて、恋しくて。
 世界にはたくさんの素敵な人がいる。だけれども、彼以上に、私の身勝手を許してくれるような人は居ない。彼以上に、身勝手に愛してくれる人も居ないんじゃないかと思う。

 約束の日*1が迫っている。彼は本当に式を挙げるつもりなのだろうか。怖くて聞けない。私はどうなってしまうのだろうか。



*1: 【約束の日(やくそくのひ)】以前からひなは夢で鶴に何度も求婚されていました。二〇一八年十月、二人が出会った二月中に式を挙げる約束をしています。それがこの約束の日です。






丹頂は現の夢を見るか
January 22nd


 朝、いつものようにじゃれ合っていると、鶴が突然こんなことを言っていた。
「近頃、夢を見るんだ」
 それも嫌な夢なのだと、彼は言っていた。
「実在する誰か――きみの家族や職場の人間、遠い友人……彼らときみが、いつも幸せそうに笑っている夢だ」
 有り得ないだろう、と彼が笑う。そこは楽園みたいな世界で、辛いことは何も無いんだと彼は言う。
「しかしだな、」
と、彼は続ける。
「……居ないんだ」
「誰が?」
「俺は、その世界の何処にも居なかった」
 自嘲する、というよりはより悲しそうに笑って、彼は私に真正面からもたれ掛かってきた。小さい子を母親が胸に抱くような、そんな体制になってしまう。
「きみが幸せなのは嬉しい。それなのに、俺はその世界の何処にも居られない。ただ窓の外からそれを羨むように見つめるだけで、きみに手を伸ばそうと思っても届かない。俺の存在はそこには無いのだから、きみに気付いてもらうことさえできない」
 とても苦しそうな声だった。
「消えてしまいたい。消えてしまいたくない」
 震える声で彼は言う。
「……きみと夢を見ていたい、きみと幸せになれる夢を、ずっと」
 私は彼の頭を撫でた。彼はぎゅっ、と私を抱く腕に力を込めた。縋り付くようなそれは、彼が私に懇願しているみたいだった。




雛だった頃の夢
January 23rd


 ひなに抱かれる夢を見た。
 その世界で俺は小さい子どものような姿をしていた。ひなとは敵対関係にあったようで、最初はひなと不仲設定の母親――実際のひなの母親とは全く異なる姿をしている――をけしかけて異形にし、襲わせていた。母親はいくつもの刀や刃物の類を操る異形だったが、他の化け物を見ると、グロテスク、と言うのか、現代の春画のような卑猥な形をしているものが多かった。
 ひなは、俺たちと敵対する組織の人間の指示に従い、闘い、母親を元に戻した。
 その展開になるということは、俺はその世界で負けたということになる。夢は何が起こるか分からない。俺も先が読めない。だから、ひなが、敵対関係にあるはずの、敗北で呆然と立ち尽くす俺を抱き締めるなんて、考えられなかった。
 ひなの手は少し震えていた。敵である俺に殺されるかもしれないと思ったからだろう。その世界では俺たちの記憶はあるようで無い。しかし、ひなは俺を気にかけてくれた。後々聞くと、もしかしたら仲間になってくれるかもしれないと思ったと言っていた。だからあれは、ひなの本能的な行動なのだろう。
 幼い俺を抱くひなは、暖かかった。母親のぬくもりを知らない俺に、それに似た暖かさを教えるように抱くひなが、酷く心地よかった。




白いもふもふの動物
January 24th


「変な夢見た」
「近頃、変な夢を見ることが多いよなあ……きみ、疲れているのかい?」
「仕事終わったあと、なんか綺麗気な施設があって、ひよことかいろいろ動物がいるんだけど、」
「いろいろいるのか」
「でかい羊かアルパカ……多分アルパカだと思うけど羊って呼んでるのがいて、人によっては背中に乗せてくれる」
「人によるのか」
「その羊もといアルパカは二匹いて、片方は……誰だったか覚えてないけど知ってる女の人を乗せてくれて、片方は私を乗せてくれた。もふもふだった」
「乗ったのか。何故か既視感のある夢だな」
「そしたらなんかアルパカに部屋に連れ込まれて襲われそうになった」
「襲われそうになったのか……は?」
「性的な意味で」
「……」
「めちゃくちゃそのアルパカ、何故か私を気に入ってて」
「……すまん」
「うん?」
「それ、俺だ……」
「えええ……」




実体のない質量
January 25th


 一度の眠りに、いくつかの夢を見ることがある。今日はその日だった。

 一つ目は、仕事の夢だった。職場が学校の教室のような部屋にカウンターがあって、金融機関として金勘定を行う変な場所だった。いつも仕事で使っている機械が不具合を起こし、主任クラスの人もどうしていいかわからない状態だった。

 二つ目は、不思議な世界の夢だった。
 ゲームの世界なのだろうか。モンスターたちを仲間にして引き連れ、冒険する世界だった。
 最初は浮遊大陸で、女の子に出会う。どちらかといえばギャルと呼ばれそうなタイプの、女子大生みたいな女の子。でも、その子は仲間にならない。何故かは分からなかった。
 そこの大陸にいるモンスターは人間に友好的なため、どの子か一体を選んで仲間にできた。私は目があった大きな茶色のドラゴンを仲間にした。デフォルメチックで、ぷにぷにしてそうな見た目だ。その子は仲間になると、その気ぐるみを被った小さな男の子になった。レベルが一、ということらしい。
 次の大陸で出会ったのは緑色のドラゴンだった。本来ならば戦闘になるはずなのに、何故かそのドラゴンも仲間になってくれた。気付いたら茶色のドラゴンは男の子の見た目から女の子、それも浮遊大陸の冒頭で出会ったその子が大きくなって気ぐるみを着たような姿になっていた。レベルが上がったかららしい。ちなみに、緑色のドラゴンはヨーロッパ系白人種の男の子のような見た目になった。同じく気ぐるみを着ていた。
 話が進むにつれて、敵も増えてきた。また、仲間にできるのは人間以外の、人外ってやつらしい。
 それはどの大陸だったのかは分からないけれど、中盤の大陸で、私は刀剣男士に出会った。
 鶴丸国永だった。鶴だ。私は一目で分かったし、鶴もすぐに私に気付いてくれた。
 なんとなくこれが夢だと分かっていたので、鶴に抱き着いた。鶴は私をすぐに抱き留めてくれた。

 そこで、今日は早めに起こしてね、って約束したのに、いつもの時間だった。 それを言うと鶴は、
「何度も起こしたぜ。だが、きみが起きなかったんじゃないか」
と、言って、
「……俺としては起きなくてもいいんだがな?」
と、笑っていた。




悲しくないと言い聞かせる
January 26th


 愚痴を言いたい。しかし、これを言うとひなにとってあまり良くないのかもしれない。
 ひなの心が晴れない。苦しんでいる。分かっているのに、どうして俺は、守ってやれないんだろう。




不調
January 27th


 腹痛に苛まれて目が覚めた。実体のない、温かな手が撫でてくれた。
 まだ、私は完全に現実で生きていけないのだと痛感する。いや、私の現実はここではないのかもしれない。鶴が居る世界が、私の現実になってしまっているのだ。
 まだ大丈夫。そう言い聞かせるけれど、この世界でうまく息継ぎできない。




何故
January 28th


 夢の世界はいつだって優しい。ここにずっと居ればいいのに。




ディストーション
January 29th


 血まみれになった赤黒い世界を見下ろす。最初は俺が斬ってやっていたんだが、あとからひなが俺を貸してくれと言うものだから、貸してやった。ひなの方が残酷な殺し方をする。どこを斬ったほうが楽になれるのかを知らないからだ。ひなが見せてくれる綺麗な世界も美しいと思うが、掃き溜めのような世界で俺を振るってくれるのもまた悪くはないと思えた。
 相当鬱憤が溜まっていたのだろう。ひなにしては珍しく、狂ったように高笑いしながら俺を扱った。ひなの心はくるくると色を変える。ああ、だからか。見ていて飽きない。ひなといると退屈しないのはそのせいか。
 だがなあ、ひな。刀は刺すことや肉をバラすことには向いていないんだ。
 無茶な斬り方をするひなにそれを告げると、ひなは残念そうに「つまんないの」と呟き、俺に身体を預けてきた。おいおい、俺はそこら辺に刺しっぱなしかい、と思ったが、ひなが楽しそうだったからいいんだ。

Distortion


 あれをしたのは、いつのことだろう。夢の世界での出来事だったのか、それとも夢だったのか、あまり覚えていない。けれど、したということだけは覚えている。
 赤黒い世界。再生と破壊の天頂*1によく似たあの禍々しい空間。
 最初は鶴が誰かを切り刻んでいた。けれど、私は見てるだけじゃ足りなくて、鶴から鶴丸国永を取り上げて、滅多切りにしてやった。誰を斬ってたのかは覚えていない。顔は血塗れでよく見えなくなってしまっていたから。でも、家族や大切なひとではないことは確かだ。
 残酷なようだけど、それが楽しかった。でも、切り刻むだけじゃあ足りない。バラしてやりたい。そう思って、食用肉を包丁で斬るみたいに鶴丸国永を扱っていたら、さすがに鶴に怒られた。いや、怒られてはないけど、日本刀をそんな風に扱うのはどうかと思うと言われた。じゃあのこぎりはないのかと聞いたら、しょんぼりされたので、仕方なくもう少し遊んでしまった。
 私が鶴丸国永を振るうのを見た鶴は、とても嬉しそうだったのを覚えてる。
 だめだ。もう少し書いておきたいことがあったんだけどな。これじゃあ、ただ私が死体で遊んでただけになる。
 ああ、嫌になるなあ。



*1: 【再生と破壊の天頂(さいせいとはかいのてんちょう)】ゲーム「GODEATER2 RAGEBURST」のラストバトルの舞台。その場に至る経緯は省きますが、世界が終焉を迎える寸前であるため、辺りは暗く、禍々しい光景が広がっています。その時のひなの心理状態が夢の世界でこれを再現してしまっているということは、すなわち精神的負荷が多大である状況を意味しています。







January 30th


 赤い夢ばかり見る。絵の具のようなべったりした赤い血の色。




夢日記
January 31st


・精霊を集める
・冒険する
・中には現実の人もいる、二人、いずれも男
・女の子が仲間になる
・同人アニメ?刀剣乱舞?キャストが全員原作通り
・鶴が仲間になる
・敵からの妨害、おそらく内部から
・スパイは男性なので男性パーティが疑心暗鬼になる
・十五体精霊と仲間になってすべての初期魔法と闇の魔法を覚える
・現実世界の人間が嫌いと言っていた鶴のせいではないか?→「あれって、もしかして全部鶴がやったんじゃないの?」→「何故?」「……(何故とはすぐに言えない)」→鶴、ため息をついて「……気付いてほしくなかったんだがなあ」
・鶴との戦闘、対近距離では遠距離を得意とする私だときついものがある、「なあ、きみ。きみが俺に勝てると思っているのかい?」

・母と父と弟を乗せた車
・仕事?
・県外、どこかの施設に向かっている