03 優しい嘘は嫌いじゃない

 極東支部に戻ると、仲間の誰もが驚愕した。
 それはそうだ。戻ってくるはずのないジュリウスとロミオがそこにいるのだから。彼らが、否、彼らではない彼らがここにやって来たことを、私たちが手放しに喜べることではないのだ。
「……喜んで、いいのでしょうか」
 シエルが、ぽつり、と呟いた。
「どうなんだろうね」
 ナナが返した。きっと、私だけではなく、他の隊員も、彼らに対し、気持ちの整理が出来ていないのだ。
 かつての仲間に似た、全く同じ、別人。その存在は、赦せるものではなかった。例え彼らに罪はなくとも、私は、赦せなかった。
「……ジュリウス」
 こんな形で会いたくなかったよ。どうしたら、どうすればいいの。教えて。
そんな言葉を飲み込んで、私は、ぎゅっ、と自分の手を握り締めた。



 想いを、意思を託されて、今日も、私たちは闘っているのだ。ジュリウスは螺旋の樹の中で、私たちは、その外で、ずっと、闘い続けている。
 それは、彼の願いだった。
 彼に、託されたのだ。「そちらは任せた」と、頼まれたのだ。本当だったらもっと一緒に居たいし、あの、彼と隔たれた壁だってもしかしたら壊せたかもしれない。私は、壊そうとした。
 だけれども、あんなことを言われたら、あんな笑顔を見せられたら、出来るわけがなかった。
 共に闘い続けたい。ジュリウスはそう言った。だから、私はここに立っているのだというのに。
 どうして、どうして、どうして。どうして、貴方の偽者が、ここに居るんですか。
 心が痛い。痛い、痛いと悲鳴を上げる。あれは、ジュリウスじゃない。私の愛したジュリウスじゃない。
 泣きたいのに涙さえ出てこない。私は、唇を噛んだ。



 あれから、数日が経った。
 彼らは極東の面々に溶け込めたし、他の、ブラッドの隊員も、戸惑いながら、しかしながら、ジュリウスやロミオが遺したもののように大切に、彼らと接していた。
 私だけが、彼らの存在を認められずにいた。
「なまえ、」
 自室の扉をノックする音がした。懐かしい、同じ声。嫌悪感しか持てない。私は、嫌々ながら、ドアを開けた。
「……どうしたの?」
 ああ、やっぱりそうだ。彼だった。ジュリウスに似た、彼だった。彼を見ると、どうしても口調が刺々しくなってしまう。
「依頼が来ている」
「内容は?」
「暴走神機兵の討伐だ」
「分かった。すぐ行く」
 私は自室を出て、その扉をロックした。
「俺も同行する」
と、言う彼に対し、
「勝手にすれば」
という言葉しか返すことは出来なかった。



 任務はどうだったか、と訊かれたら、悔しいことに、いつもより動きやすかったとしか言いようがないほど、調子がよかった。
 彼はオリジナルであるジュリウスと同様のブラッドアーツ、更には血の力まで発動していた。本物であるかと勘違いするくらいに、全てがジュリウスに酷似していた。
 腹立たしい。苛々(いらいら)する。どうしてこんなときに限って私と彼しか出動できないんだろう。
 カシャン、と神機が銃形態から剣形態へと変化する音がした。
「なまえ」
 彼が私を呼ぶ。私は不機嫌そうになっているであろう顔で、彼を見た。
 驚いた。とても、悲しそうな顔をしている彼に気が付いた。戦闘用の機械である彼に、感情など備わっているはずもないのに。
 私はこの顔を知っている。胸が痛い。
「なまえだけだ。そんな風に、俺たちを見るのは」
 彼は、ふっ、と笑った。ああ、知っている。この悲しそうな、普段は凛として、儚げな彼を、私は知っている。
「……受け入れられないか?」
 彼が私に近づく。
「来ないで……」
 私の口から漏れたのは、か細い声だった。
 コツ、と、彼の靴が鳴る音がする。彼は表情を変えた。まるで、射抜くような視線を、私に向ける。憎悪か何かを孕んでいるように見えた。
「ジュリウス・ヴィスコンティ。享年20。2067年フェンリル極致化技術開発局入隊。出生は7月16日。身長は180p」
 彼が、ジュリウスの声で、顔で、姿で、淡々と喋る。
「特殊部隊ブラッドの隊長を務めた、P66偏食因子の第一適合者。高い戦闘能力と迅速かつ的確な判断能力、そして血の力『統制』を有する。ラケル・クラウディウスの児童養護施設『マグノリア=コンパス』の出身者」
 私は、蛇に睨まれた蛙のように、動くことができない。
 そんな私に構わず、彼は続ける。
「赤い雨を止めた螺旋の樹の創造主として一部市民から信仰の対象となる。螺旋の樹が活動を続けているため、彼が特異点のコアとして樹の中心部に存在するのは間違いないとされるが、内部の観測が極めて困難な状況にあるため詳細は不明」
 彼は私を真っ直ぐに見ている。
 これは、ノルンのデータベースにある、ジュリウスについての記録だ。一言一句違(たが)わず、正確に暗唱している。
「……こちらに来てから把握した、ジュリウス・ヴィスコンティのデータとしては、このくらいか。極東支部でないと公開されていない情報が多かった。あとは……」
 私は、目を見開いた。
「元ブラッド副隊長にして現隊長であるなまえと、恋仲にあった」
 違うか、と彼はまるで真実を突き付けるように言う。
 私は、何も言えなかった。
「ロミオは……ああ、故人のロミオ・レオーニではなく、俺と共に来た方のロミオは、俺たちを『神機兵に次ぐ戦闘用マシーン』とお前たちには説明していたが、本当にそうだと思っているのか?」
 反論が出来ない。実際のところ、そんなものがこのご時世、産み出すことは出来ないと思っているからだ。神機兵だって、正直、兵器ではあっても人間というよりアラガミに近い。ましてや、プロジェクト「レミニセント」で産み出されたという彼らの言葉は信じがたいものである。
 だけれども、私にとってはどちらにせよ同じだ。彼らを元にして造ったのなら同じだ。ジュリウスとロミオの意思をなんだと思っているんだと、憤りさえ感じる。
「……忌々しい。なまえ、お前が故人同然のオリジナルに縛られていることが、腹立たしいことこの上無い」
 彼は、吐き捨てるように言った。
 ぶつり、と理性の糸が千切れるように、私の身体は、刹那的に、反射的に、動いていた。
 彼に掴みかかり、勢いよく押し倒す。
「貴方に何が分かるの?!残された気持ちも、託された気持ちも……一緒に帰るって言ったのに、それを果たせなかった悔しさも!貴方には分からない!!」
 気付けば、涙が溢れていた。自分の目から溢れる雫が、熱い。それは、私の頬を伝う。
「貴方には分からないでしょうね!ジュリウスが、ジュリウスが螺旋の樹の中でずっと闘っていることも!終末捕喰を起こさせないようにって、あの中で一人ぼっちでずっとずっと闘わなきゃいけないことも!!残された私たちの苦しみも悲しみもやるせなさも全て!」
 私は泣き叫んでいた。まるで、駄々をこねる子供みたいだ。けれど、止まらなかった。私の口から発せられる声は、自分では止められなかった。
「……ああ、分からないさ。オリジナルと俺は違う」
 彼が、呟くように言った。
 その言葉に、ハッとした。そうか、それはそうだ。
「……そうだね。君と、ジュリウスは違うよね。だって君は、機械だものね」
 私がそう言うと、彼は顔を歪めて、言った。
「……造られたという意味では、そうとも言う」
 おそらくはジュリウスに対してか、それとも私に対してか、とても、とても辛そうな、とても苦しそうな顔で、彼は言う。
「なまえ、お前はさっき、俺に、俺には分からない、と、そう言ったな。そっくりそのままその言葉を返してやる」
 彼は私の頬に触れた。機械で出来ているはずの彼は、暖かかった。
「……えっ?」
 思わず、声が出るほど、それは人間の体温だった。暖かな、温かな、生きているヒトの象徴。霞んでいた私の視界は先程より少しばかり鮮明なものとなり、彼を捉える。
「俺は、ジュリウス・ヴィスコンティのコピーだ。その事実は変わらない。ただ、お前たちには嘘をついた」
 彼は、こう言った。
「お前に、隊長であるなまえにだけ教えておく。プロジェクト『レミニセント』で生まれ、廃棄される前に代用品にされた、言わば、クローンだ」
 私は絶句した。黙るしか無かった。
どうしてこんなにもこの世界は残酷なのだろう。ジュリウスは、決して玩具(おもちゃ)でも人形でも何でもないのに。
 クローン、造られた、ぐるぐるとその言葉は私の頭を巡る。そんな思考を断ち切るかのように、彼は言葉を紡いでゆく。
「……代わりにされたんだ。大嫌いなオリジナルにな。幸せになって欲しいんだと、直接、彼奴(あいつ)に渡されたデータに記載されていた。一人にさせたくもないが自分以外に取られたくないなど呆れるな」
 彼は私から目をそらした。
 私は、違和感を感じた。違和感、というか、既視感なんだろうか。
 これは嘘なのか本当なのかくらい分かる。クローンだということまでは本当なのだろうけれど、そのあとは嘘だ。
 ジュリウスと、全く一緒だった。見た目や声だけでなく、口調、肌、体温、全て。嘘を吐くこの仕草も、全て。ジュリウスが嘘が吐けない性格だったということは、他のブラッドのメンバーより彼と長い付き合いだったロミオと、他の隊員よりずっと側に居た私しか知らない。
 ジュリウスが目をそらすのは、嘘を吐くときだ。
 オリジナルであるジュリウスのことが嫌いなのは本当なのだろう。
「そして共に闘いたいという願いをも、託された」
 これも嘘だ。だけれども、信じてしまいそうなくらい、この嘘に喜ぶ自分がいる。
 どうして彼が嘘を吐くか分からないけれど、正直なところもそっくりで、勘違いをしてしまいそうになる。涙が溢れそうになる。視界がまたぼやける。
「泣かせるつもりは無かったんだがな……すまない」
 彼が私の涙を指で拭く。頬に伝わる体温が私に思い出させる。なんだか、ジュリウスがここにいた頃みたいだ。
 すまない、と彼はもう一度私に謝る。これは本当だ。私と目を合わせる彼は本音を言っているらしい。
 涙が止まらない。悲しいのか嬉しいのかさえ分からなかった。
 永遠に閉じ込められたジュリウスが、帰ってきてくれたような、そんな気がした。

title)レイラの初恋