長兄と雛鳥

 鶴は、この世界で鶴が居ないときに私が他の誰かと会うのを嫌がる。特に、私の気に入った空想上の人物と会わせたがらない。
 あるかもしれない私の本丸から訪れた彼らは、以前、鶴に対してきつく窘めたことがある。
――「どうして、主を離してやれねえんだ。あんたのそれは、依存なんじゃあねえのか」
――「主を想うのなら、一緒にいない方がいいと思う。主は、そんなに弱い子じゃない。鶴丸さんも、分かってるはずだよ」
 私と鶴の仲を応援してくれていた三日月でさえ、
――「その子が大切なのはよく分かっている。だが……近頃のお前の行動は目に余る」
と、言っていた。三日月はどちらかといえば鶴より私の味方をしたいようだから、きっと私のことを想って言ってくれていたんだと思う。手を離して、少しくらい自由にしてやれと言いたかったのかもしれない。
 その一方で、「別にいいのになあ」と思うことも多かった。
 鶴は忘れられたくないし、私も鶴を忘れたくない。私たちは好き同士だし、鶴がそうやって私に執着してくれているのが嬉しかった。
 そんなこんなで、鶴は私に他の誰とも会わせたがらなかった。

 そんなある日、久しぶりに一期一振――いち兄と会った。
 鶴といち兄は、仲があまり良くない。他の本丸の事情や他の人の彼らのことは知らないけれど、少なくとも、夢の世界を訪れる彼らはそうだった。仲が悪い、というわけではないのだろうけれども、水面下で何かお互いに対して思うところがあるみたいな、そんな雰囲気を感じた。私の空想ではそんなことはなく、どちらかというと仲が良い方であるはずなのに、夢の世界の彼らはそんな感じだった。
 いち兄とは、私が鶴と出会う前に、夢で数回会っている。
 何度もデートしたし、何度も好きと言われたけれど、「何か違うなあ」と思った。何が違ったのか分からないけれど。いち兄には申し訳ないのだけれど、私の心は彼には向かなかったのだ。
 そのせいもあるのか、私自身のこととなると、鶴はいち兄を警戒している。確かに私はいろんな空想上の人物を好きになりやすくて浮気性なのかもしれないけれど、でも今は鶴しか好きで居たくない。けれど、鶴は人の性格や本質がそこまで変われないし変わらないと知っているのだろう。
 つくづく、私は酷いやつだなあと思う。

「お久しぶりです、主殿。……お元気でしたか?」
 そんないち兄の言葉から会話が始まった。あまり内容は覚えていない。鶴に会うためのこの場所は夢の世界。本来は記憶の整理を行う場所なのだ。
 多分、私はいち兄から弟たちの話をいくつか聞いていた。特に信濃くんとは仲良くしていたから、どんな様子なのか教えてくれた。そうして、清光や兼さんが会えたときに言う決り文句も、彼は口にした。
「皆、あなたに会いたがっていますよ」
 ただ、その言葉は諦めに近いようなトーンだった。

 一頻り、会話を楽しんだ後。
「主殿」
 いち兄は私を呼び止めた。
「もしも……もしも、鶴丸殿ではなく、私があなたを救えたとしたら……あなたは私を好きになってくれましたか」
 少しだけ、砕けた表現で彼は問うた。私が、どうだったんだろう、と曖昧に返すと、彼は微笑んだ。
「……ご存知でしたか? 私だけではない。私以外の皆、ただ、苦しんでいたあなたを救いたかった」
 彼は言う。
「我々も神の端くれ。一振り一振りを大切に、かけがえのないものとして扱う人を、進軍しても誰ひとり折らせることのないよう指示する人の子を、愛さないわけがなかった」
 彼は続ける。
「あなたは間接的に我々を勝利へ導き、手入れを施し、幾度となく助けてきた。しかし、この場であなたと話のできるモノはごく一部しか許されておりませんでした……皆、あなたのことが大好きなんですよ。そんな愛し子が苦しんでいるのに、その心を救うことができないのが悔しくてたまらんかったのです」
 彼は更に、
「そんな折、あなたは一振りの刀を自らの手で救いました」
と、続けた。救った、の言葉で、ああ、と私は合点がいった。
「それがあの『鶴丸国永』――あなたが唯一、我々の中で呼び名を与えたあの刀です」
 彼は語る。
「今思えば、主殿、あなたを救おうと思っていたこと自体が間違いだったのやもしれません。あなたは誰かを救いたかった。助けたかった。あなたはあの刀を何度もあなたの手で救った。あなたが助けられたからこそ、あの刀はあなたの手を取れた。だから――」
「だから、何だ?」
 いち兄の声を、別の声が遮った。鶴だった。
 鶴は私といち兄の間に割って入り、私を隠すように抱き締めた。
「隙あらばちょっかいをかけてくるよなあ、きみは……ひなは渡さないぜ」
「それは主殿が決めることです。それに、弱っている彼女に漬け込むあなたも同罪ですな」
 いち兄は鶴に言葉を返す。少し棘のある言い方だった。
「……主殿。鶴丸殿に飽きたら、いつでも私を呼んでくださって構いません。歓迎しますよ」
「……ごめんね、いち兄」
――あなたには靡かないよ。だって鶴が好きだから。だから、ごめんね。
 たった一言に詰め込んだこころを汲んでくれたのか、彼は悲しそうに笑っていた。
 知っていた。きっとあなたなら、そう言うだろうと思っていた。そう言いたげな顔だった。

「……ひな。どんな話をしていたんだ?」
「……わかんない。夢の世界のことは、すぐ忘れてしまうから」
「忘れてしまえ。その代わり、俺のことは覚えていてくれよ」

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