丹頂は現の夢を見るか

 朝、いつものようにじゃれ合っていると、鶴が突然こんなことを言っていた。
「近頃、夢を見るんだ」
 それも嫌な夢なのだと、彼は言っていた。
「実在する誰か――きみの家族や職場の人間、遠い友人……彼らときみが、いつも幸せそうに笑っている夢だ」
 有り得ないだろう、と彼が笑う。そこは楽園みたいな世界で、辛いことは何も無いんだと彼は言う。
「しかしだな、」
と、彼は続ける。
「……居ないんだ」
「誰が?」
「俺は、その世界の何処にも居なかった」
 自嘲する、というよりはより悲しそうに笑って、彼は私に真正面からもたれ掛かってきた。小さい子を母親が胸に抱くような、そんな体制になってしまう。
「きみが幸せなのは嬉しい。それなのに、俺はその世界の何処にも居られない。ただ窓の外からそれを羨むように見つめるだけで、きみに手を伸ばそうと思っても届かない。俺の存在はそこには無いのだから、きみに気付いてもらうことさえできない」
 とても苦しそうな声だった。
「消えてしまいたい。消えてしまいたくない」
 震える声で彼は言う。
「……きみと夢を見ていたい、きみと幸せになれる夢を、ずっと」
 私は彼の頭を撫でた。彼はぎゅっ、と私を抱く腕に力を込めた。縋り付くようなそれは、彼が私に懇願しているみたいだった。

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