夜が消えた日



『──────!』

悪寒がしてパチリ、と目が覚めた。
窓の外にはまだ月が出ていて、朝が来ていないことを告げている。
折角入院しているんだし、二度寝してやろうかとも思ったけれど、なんだか嫌な予感がして迷った挙句に病室を抜け出した。近くをちょうど見回っていた隊士を呼び止める。

「すみません、検査のために入院してるんですけど、良くなったので退院したいんですが。こんな時間ですけどいいですか?」

ダメ元で言ったそれが案外あっさりと「いいですよ」と許可が出たものだから、逆に戸惑ってしまった。

「あっ、でも退院手続きの書類とかは明日になっちゃうんですけど、いいですか?」

「大丈夫ですよ」

明日また寄ればいいことだし。
出口の方に向かっていけば、ちょうど巡回の方向と一緒なのか、その平隊士も一緒についてくる。

「さっきの隊長格の緊急招集絡みですか?」

「え?」

「ん?」

「や、そうです。それでちょっと呼ばれちゃって……」

全く知らない。緊急招集……?しかも隊長格のみ……?ざわつく私の胸中を知ってかしらずか、不安そうな表情の四番隊の名も知らない隊士がまた口を開く。

「九番隊の隊長、副隊長の霊圧反応が消失って、一体何があったんでしょうね」

「…………え」

「どうしましたか?って、うわ、顔色悪いですよ。やっぱり寝ていた方が……」

「いえ、大丈夫です。……すみません、ちょっと急ぐんで病棟内ですけど瞬歩使わせてもらいますね。退院手続きは明日また来てやります」

「あっ!ちょっと!」

わけが、わからなかった。








勢いで総合救護詰所を飛び出した私の足を止めたのは、見知っているけど普段は目にしない装束を着た者達が飛び回る姿だった。

「あの装束は……」

夜一様率いる隠密起動の軍団員は基本的に二番隊隊員だが、一部護廷十三隊に属さない隠密起動がいる。
それが四十六室直下に置かれている隠密起動だ。
今私が視界に映る彼らが着ている装束はまさにそれだけれど、どうしてこんな夜更けに彼らが目まぐるしく動いているのか。夜一様からの命令であれば、それこそ私にも連絡が入るはずなのだ。
混乱しながらも気配を消して、ちょうど情報の共有をし始めた集団の傍に近寄って耳をそばだてる。そうして、聞こえてきたものに背筋が凍った。

隊長格の虚化。浦原喜助による研究。四十六室への捕縛命令の指示要請。

ただでさえさっきからあり得ないことの連続なのに、断片的に聞こえてきた情報だけでも脳みそがぐちゃぐちゃになりそうだ。
私があの病室で寝ていた少しの間に、世界が書き換えられているかのようだった。
呆然としている私に気づかずに、彼らは更なる情報入手と共有のためにそれぞれ四方に散らばっていく。
それでもずるずると近くの壁にもたれかかってしばらく動けないでいれば、やがて視界に沈み始めている月が映った。
金色に輝く月を見て思い出したのは、月なんかよりもっと綺麗な金色の髪の毛。

『オマエにはオマエのやるべきことがある』

私が、今すべきこと。
おそらく今瀞霊廷に散らばっている彼ら全員の情報を気付かれずに余す事なく集める時間、それから流魂街にある現場の確認に必要な時間、最後に自分の瞬歩の速さ。
それら全部を考慮して、地獄蝶に隊長への伝言を吹き込んでから立ち上がる。

『夜一様、緊急案件につき二刻後に隊首室にてお話させていただきたく』

夜明けが来なければいいなんて、初めて思った。








「──状況報告は、以上になります」

「…………そうか」

状況は最悪だった。
朝日が昇り始めて間もない薄暗い隊首室には、夜一様と私しかいない。ひとしきり報告し終わった後の沈黙は、苦く重かった。

「こちらへ来る途中で中央四十六室の遣いに連れられて行く大鬼道長と浦原隊長を視認しました。間も無く査問が始まるかと」

最後に更に最悪な現状を付け加えれば、「早すぎるな。まるで誰かが謀っておるかのように」と吐き捨てた夜一様の瞳がまっすぐこっちを見た。

「して、その査問の内容はどのようになると推測する」

頭がくらくらする。病み上がりが理由じゃないなんてわかっているけど、そのせいにしなければ今にも倒れそうだった。
だって、倒れるなら今じゃない。
私は、私のすべきことを。

「おそらく、浦原隊長には平子隊長を始めとする八名の隊長格を”虚化”した罪状がかけられます。判決等は過去に前例がないため予想になりますが、おそらく浦原隊長と大鬼道長はよくて投獄、最悪霊力剥奪の上で尸魂界からの追放でしょう。その上で……」

唇が乾燥する。呼吸が浅くなる。

「平子隊長達は、虚として処理されるかと」

こんなこと、どうして私が言わなきゃいけないの。

もう一度、「そうか」と呟いた夜一様は静かに立ち上がると死覇装を着替え始めた。顔まで見えないように布を頭に巻き始めた時点で、これから彼女がどうするつもりなのかをイヤでも悟る。そして私が気づいていることに、夜一様が気づいていることも。
それだけの関係を、築いてきた。

「喜助達の審議はいつ頃終わる?」

「夜一様の足であれば、十二番隊に運び込まれた八名を匿ってから議事堂に向かっても恐らく刑の執行までは間に合います」

「そうか。侑李、お主はどうする」

「私は、……私は、今の報告が終了次第四番隊に向かいます。幸い退院手続きはまだされていないので、退院許可を出してもらった隊士さえ言いくるめれば、この夜に私が外で動いていたことを知る人はいません」

「わかった。その方がいいじゃろう」

本当は、ついていくと言いたかった。けれども、私には夜一様ほどの戦闘力はなければ、浦原隊長ほどの研究に対する知識もない。足手まといがどう影響するかわからないこの状況で、ついていくなんて到底言えない。
加えて、今回の件の首謀者は尸魂界内にまだいる。誰かがソイツを見極めて動向を見張っていなければいけない。
それはきっと、私の果たすべき役目だ。
真子達のそばにいることを諦めてでも、私がすべきことだ。
ならば。

「夜一様、お願いがあります」

「なんじゃ」

「お出かけになられる前に、夜一様の名のもとで私に第二分隊の指揮権を移してほしいのです」

「……いいじゃろう」

黙って下げた私の頭を軽くかき撫ぜた夜一様は、手元に紙と筆を手繰り寄せるとさらさらと書類を書き進めていく。いくらもたたない内に書き上げられた辞令は、そのまま私に手渡された。「二番隊隊長 四楓院夜一」と最後に署名されたそれに、目の奥が熱くなりそうだった。
あぁ、きっとこの署名をもらうのも見るのも、これで最後なんだ。
こんな形でこの人に署名してほしかったわけじゃないのに。
黙って扉に向かう夜一様の背中を見て、もう一つだけ心残りを思い出した。彼女を敬愛する同僚の姿が脳裏に浮かぶ。

「砕蜂にはなんと」

「何も言うな。全てお前の中でだけ留めておけ」

「……御意」

そうして、夜と共に彼女は消えた。
私の大事な人達と共に。