空を飛ぶための枷



「砕蜂様、今年も行かないつもりですか?」

「貴様が行けば事足りるだろう」

「もう、毎年『二番隊は隊長じゃないんだ』って感じで視線を集める私の身にもなってください」

「フン、貴様がそんなのを気にするたまか」

「それはそうなんですけど〜……」




「やっほ〜。そっちはまた侑李ちゃんかい?」

かつての学び舎の前にいる異様な集団に近づけば、いち早く私に気付いた京楽隊長がこっちだと手を振ってくれた。小走りで駆け寄った先では、もはや見慣れた面子がのんびりと談笑している。どうやら既にそれなりに集まっていたらしい。

「あれっ、二番隊は隊長でも副隊長でもないんスね」

そうやって首を傾げているのは阿散井副隊長だ。今年は白哉くんの代わりに彼が派遣されたらしい。確かにあの子、こういうの得意じゃないからなぁ。

「確か俺の時も侑李さんだった気が……」

「うちは隊長がこういうのに興味がなくて、副隊長は……うん、副隊長はちょっとこういう勧誘の場には向いてなくて。大体私が毎年出てます。よろしく」

大分ぼかしたけれど彼がうちの副隊長を脳裏に浮かべたらしく、納得したように何度かうなずいていた。察しがよくて助かる。
ざっと見渡せば、阿散井副隊長以外は去年と全く同じ顔ぶれだった。大体が各隊から一人の参加なのに対して、八・十番隊だけが隊長と副隊長が揃っている。八番隊は隊長の監視に副隊長の七緒が、十番隊は逆に乱菊ちゃんの監視に日番谷隊長が来ているんだろう。二番隊含めて、各隊の特色が出るこの集まりは少しだけ面白い。
そう思いながら阿散井副隊長をさりげなく盾にして乱菊ちゃんから身を隠す。体よく使われている彼は「どうしたんスか?」と聞いてきつつもその場を動かない。つくづくいい男の子だ。

「喧嘩でも?」

「や、全然してないですよ。でも今乱菊ちゃんに見つかると飲み会に誘われそうだから」

「何かマズいんすか?」

「多分今日残業なんですよね。西流魂街への任務に行っていたらしい九番隊隊士が変な霊圧を感じた、と言っていたのを来る途中で小耳にはさんで」

恐らく私たちがこっちにいる間に東仙隊長から砕蜂様に調査依頼が入るだろう。基本的に警邏隊は瀞霊廷が担当区域の諜報部隊だけど、私が指揮するようになってからは範囲を少し広げている。砕蜂様も特に何も思うことなく第二分隊に仕事を振るに違いない。

「まあ、行きがけにさくっと瀞霊廷回って話聞き集めた感じだと、同じようなこと言っている人が別隊にもいましたし、その九番隊隊士の勘違いってことはなさそうですね。そこまで深刻なものでもないでしょうけど」

今日の夜に調査をして、明日報告を上げれば済むようなものだろう。分析結果を受けてどこの隊が対処するかまでは、私が関与するものではない。

「相変わらずの情報収集・分析っぷりッスね……」

そういった阿散井副隊長の目は純粋な尊敬の念であふれていて、照れ臭くて少し笑った。

「一応これでご飯を食べていますから」

まあそういうわけで乱菊ちゃんに見つからないようにしていれば、ふと自分が誰かの影に入ったことを感じた。
振り向けば、温和な眼差しが眼鏡越しに私を見つめていた。

「やぁ、立花くん」

「藍染隊長」

会うのはそれなりに久々な気がする。彼も同じことを思ったのか、「なんだか久しぶりだね」と穏やかに口角をあげた。が、すぐにその表情はなんだか痛ましげなものになったから、次に何を言われるかがすぐにわかった。

「昔はよく遊びにきていたのに、あれ以降めっきり五番隊の隊首室に来なくなったからね。君にとってはまだ酷かもしれないが……」

「ふふ、分かってて言ってますか?藍染隊長ってば意地悪ですね」

「すまないね。でも、たまには隊首室に顔を出してくれると僕としては嬉しいからつい」

「じゃあ時間ある時にお菓子と書類をもってお邪魔させてもらいますね」

私の返事に満足そうにうなずいた彼は、浮竹隊長と京楽隊長に呼ばれて離れていく。
横で聞いている阿散井副隊長が疑問符を浮かべているのには申し訳ないけど、あまり詳しく説明する気はさらさらなかった。
100年前のことは、当時のことを知っている者達は等しく口を閉ざしているから。
それに、誰があの夜に裏で糸を引いていたかが分かっていない以上、迂闊に自分の持っている情報を他人に漏らすわけにはいかない。

「(怪しい人は、いるといえばいるんだけど……)」

ちらりと藍染隊長が行った方を見れば、真子が着ていた時は長い金髪によってうっすらとしか見えなかった「五」が鮮明に見えて、ゆっくりと目を閉じた。
判断すべきは、きっと今じゃない。
時が来たらきちんと決断できるように、静かに研ぎ澄ませておくべき時期だ。




霊術院にて毎年六年生対象で行われるこの説明会は、各隊の隊長格が自分の隊の魅力を説明することで、生徒側は死神になることへの意欲を向上させ、各隊側は優秀な人材の勧誘を行うという目的がある。

「二番隊は現在隠密起動の役割もかねています」

ここ数十年同じことを言っているから、ほぼ暗唱できる内容。違うのは目の前で真剣に聞く生徒の顔ぶれだけだ。

「例年二番隊は瞬歩ができる人しかとらない、という噂が流れるようですが、この場を借りて訂正させてください。瞬歩ができる人は勿論評価が高いですが、必須条件ではありません。入隊してからでも身に着けられるものなので」

実際に何度も新人育成の際に瞬歩の練習に付き合ってきた、と補足すれば、何人かの少年少女が安心したように胸をなでおろす。きっと隠密起動にあこがれているのだろう。
後で生徒の個人情報を見る時に思い出せるようにその子達の顔を覚えながら、言葉をつづける。

「求めるのは、全体を見渡る力、瞬時の判断能力。ただ、これも意識すれば後天的に身に着けることはできるので、少しでも興味がある人はうちの隊を目指してみてくださいね」

それから一通り二番隊の説明をして、たまにはいつもと違う言葉で締めてみてもいいかなとふと思った。

「ここで過ごした同期とは、今後護廷十三隊に入っても付き合いが続くことが多いです。霊術院で過ごす時間を、共に過ごしてきた同期を大事にしてください」

言ってから、これが枷になってしまったらどうしようと一瞬焦って、でもすぐにあることに気付いて内心苦笑いがこぼれた。

『平子、スカしている所あれだけど、これあとで各隊ごとの所感書かされるやつだよ』

『ハァ?オマエ早よ言えや。もう四番隊まで終わってるやんか』

似たような言葉をかけられてなくても、私の両足にはしっかりと金色の枷がついている。





「寂しくないかい?」

そう聞かれたのは、隊舎への帰り道を京楽隊長と七緒と歩いている時のことだった。
この100年余り、何度もいろんな人に聞かれた質問に笑ってみせる。

「あら、京楽隊長。寂しいって言ったら慰めてくれるんですか?」

「そりゃあ可愛い侑李ちゃんに言われたら、僕としてはいつでも受け止める準備はできているよ」

「隊長」

「あちゃー」

「侑李さんも、公共の場での軽率な発言は控えてください」

「ごめんごめん。じゃ、二番隊はこっちなので」

もう少し一緒に歩けると思っていたのだろう、七緒の少し慌てた声を背に瞬歩を使って駆け出した。

「……はぐらかすのが、随分とうまくなってしまったねぇ」

寂しそうに呟かれた京楽隊長の声は、聞こえていないふりをして。




あの日を知っている人たちは、こぞって寂しくないか?なんて気にかけてくる。
そうやって心配してくれる人たちの視線は決まって優しくて、その優しさが少し残酷だ。
受け止めてしまったら最後、きっと私は立ち上がれなくなるから。
立ち止まってしまいたいくらい、泣きたいくらいの想いが、それでも同じくらいに私を動かし続けているのに。

『オマエにはオマエのやるべきことがある』

もっと未来のことを考えて、幻のような現在を手放したのは私だから。
どうして私を一人にしたの、なんて泣いてやるもんか。

彼らだけがいない今を、今日も私は生きていく。
彼らがいた過去を抱きしめて。
彼らと過ごした時間の証に、「寂しさ」と名前をつけて。