怪我をした。それはもう派手に。
「生きてるかァ?」
「手土産においしい桜餅がないと生きていけない」
「ケガ人が食べられる桜餅はありません〜」
「性根が腐ってやがる」
四番隊の総合救護詰所にある一室にて。しばらくの入院を命じられたばかりというのもあって、やさぐれている私を呆れた風に見てくる真子の手には、よく見知った和菓子屋さんの包みが握られていた。……うん?
「そんなんいうならこの蓬餅はお預けやな」
「えっ!」
「あ〜ぁ、勿体ないから俺がもらうわ」
「嘘ウソ!性根が腐ってるなんてウソに決まってるじゃん!よっ平子隊長!尸魂界イチ優しい!みんなの傍に寄り添う死神!」
「持ち上げんの下手クソ過ぎて引いたわ」
半目になりながらも枕元の机にお土産を置いてくれた真子は、近くから椅子を引っ張ってきてドカリと座り込んだ。
「で?今回はどうしたん」
「ウチの新人の尻ぬぐい。流石にあの子がモロに食らってたら最悪死んでたから」
「ほーん。にしても入院とはなァ。自分回道得意やん」
「そうなんだけど、なんか……治りが遅くて……」
「ハァ?」
意味が分からん、みたいな顔をしたいのはこっちの方だ。私が一番不思議に思っているんだから。
他隊がやっている討伐任務にお邪魔して、その間を縫って情報伝達を行う訓練。他の隊に事前に許可をもらって行うこの訓練は、基本的に危険度の低い討伐に同伴させてもらうため、まだ隠密起動の経験が浅い隊士達の訓練の場にさせてもらうことが多い。
今回はその新人の一人が何を血迷ったのか虚の目の前を横切って行こうとし、当然のように狙われたので、他隊に迷惑をかけるわけにはいかず、かばったというわけだ。(彼のことは帰る前に叱った上で隊舎でも夜一様に絞ってもらったので、今後は同じことはしないだろう)
普段なら自分である程度治せたはずの傷がいくらやっても上手くいかず、これはおかしいと思って仕事を早めに切り上げて詰所に来た結果、四番隊でも思ったよりも回復しなかったので、
「とりあえず異常がないか検査もかねて二日ほど入院しましょうって」
「ほな、怪我そのものは別にそこまでなんやな」
「うん、おなかの部分をちょっとごそっとやられただけ」
「…………」
「わっ」
無言で布団をめくられた。そのまま入院着の合わせ目に手を伸ばされたものだからさすがに焦って、わけもなく視線が部屋の扉と真子の間を行ったり来たりする。
「あの、真子さん?この状況で誰か入ってきたら……」
「黙っとき」
「うっす」
大人しくされるがままに身を任せた。すけべとかふざけたら確実に怒られる雰囲気だった。
くつろげられた服の隙間から包帯がぐるぐる巻かれているおなかをまじまじと見て、真子が小さくため息をつく。
「……まあええわ」
何かに納得したのか、それとも諦めたのか。傷に障らない程度に包帯をなぞってから、丁寧に服と布団を元のように戻して、もう一度椅子に座りなおした真子の纏う空気が不意に緩んだ。
彼がそれまでずっと気を張っていたことに、そこでようやく気付いた。
「あの……心配かけた?」
「そりゃいきなり入院になったなんて言われたら心配もするわ」
「ハイ」
「最近怪我多いで、気をつけえ」
「ハイ……」
ぐうの音も出ない。ここ数か月変な案件がちょこちょこ出ているせいで、過去数年分くらいの怪我をしているのは事実だ。
「知っとるやろうけど、最近流魂街で変死事件が続発しとるしな」
「あぁ〜、なんか警邏隊の子が言ってたやつ」
言いながらそろりと蓬餅に伸ばした手は、叩き落とされることはなかった。安心してかぶりつけば、豊かな香りが口いっぱいに広がる。
「オマエん所ではどういう位置づけやったんや」
「流魂街だから最初はそこまで重要視してなかったんだよね。最近瀞霊廷内部も微妙に変な感じするし。ただ、そろそろ数が増えてきていたから夜一様にあげて、総隊長に進言してもらった」
「やからか。今日拳西たちが行ってる」
「そっか、隊長格引っ張り出してきたんだ」
なら意外とすぐに片が付くかもな。拳西たちの実力は誰よりも知ってるし。
「万が一拳西達でも解決できないとかだったら、警邏隊と裏廷隊で特別班作ることになりそうだなぁ。一応うちが持ってきた情報だし」
「オマエの出番やん」
「うむ。ま、そんなことにならないと思うけどね」
どちらにせよ特別班作るなら数日後だろうから、検査で何事もなければ退院できているだろう。焦ることはない。
「ごちそうさまでした」
「はいはい、お粗末サン。ん」
真子が持ってきた蓬餅はあっという間に食べ終わってしまった。見計らったように渡されたお茶の温度もちょうどよく温い。
ただ一つ物足りないとすれば、
「さくらもち……」
「桜餅は退院してからや」
「えぇ〜」
「これに懲りたら入院するくらいの怪我はしないように努力せぇ」
「うぇ……」
「何やその返事」
すっかり気を緩めてカラカラと笑った真子の手のひらが優しく瞼を閉じるように促すから、その冷たい指に従って暗闇の中に身を任せた。
「真子、今日の仕事は?」
「書類だけやからどうとでもなるやろ」
「そっか。じゃあすぐに寝付くから、それまでいてよ」
目をつむったまま右手をパタパタ動かせば、すぐに察した真子のもう片方の手がゆるりとつながれる。
「それまででええんかァ?」
「ずっと握ってたら真子の方が寂しくなっちゃうでしょ」
「さよけ」
それっきり真子は手を握ったまま黙り込んだ。廊下で誰かがパタパタとかけていく足音だけが病室内に響く。けれども、決して居心地の悪い沈黙ではなくて、手のひらに伝わる温度が緩やかに心をほどいていった。
「真子」
小さく名前を呼べば、握られた手に一度だけぎゅうと力がこめられた。
「ん?」
「……心配かけて、ごめんなさい」
「ホンマやな」
あっさりと肯定した真子の声は、言葉の内容に反して柔らかい。
「いかにも体調悪いですみたいなブッサイクな面さらすくらいなら寝てはよ治し、アホ」
続けて言われたそれに対して返事をしようとしたのに、真子の声があまりにあたたかくて甘かったから、温もりに包まれた私はそのまま意識を手放してしまった。
本当は、起きていなければいけなかったのだ。
その温もりを手放したくなかったのなら。