「平子たいちょー、お届け物ですー」
五番の隊首室のドアを足で開ければ、中にいる見慣れた金髪は珍しく机に向かっていた。頬杖をつきながら書類を眺めていた真子がこちらを見て、三白眼を細める。
「足癖悪いで」
「この書類の山が見えないんですか?節穴さんですか?」
「そんなんなるまで書類溜めんなや」
「夜一様に言って」
私はいつもこまめに夜一様に見てもらうようにお願いしているのだ。だってこうやって書類配達に来るのは私だし。
「ていうかいるの珍しいね。この時間てっきりさぼってるかと思った」
「真子くんだってたまにはちゃんと仕事します〜」
「たまにじゃなくていつもお願いします、隊長」
「何や惣右介、おったんか」
「えぇ、追加の書類をお届けに」
「やめい、折角減らしたんねんで」
「自業自得です」
「やーいやーい」
「立花さん、いつもお疲れ様。あとでこっちの部屋の方に来てもらえればお茶請けでも出すよ」
「本当ですか?ありがとうございます〜」
「オイ」
優しげな笑みを一つ残した後に、藍染副隊長は真子の机に容赦なく書類を置いて行って出ていった。いつ見てもできる副官だ。
「オレに対する態度と惣右介に対する態度が違いすぎるやん」
「いい言葉を教えてあげよっか?日頃の行い」
「ケッ」
不貞腐れた顔で私が渡した書類から目を通し始めたこの男との関係は、同期として入った霊術院時代までさかのぼる。
特進学級内でも真子と私は何かと比較されることが多かったせいで、他の同期よりもお互いを認識するのが早く、私の院生時代の思い出の中で真子がいないものはほとんどない。
そんな真子との関係性にもう一つ名前が付けたされたのはつい最近のことだけれども、それはまた別の話だ。
「自分、ここ合っとるんか?」
「え、どこ?」
パラパラと書類を確認していた真子が不意に指さしたところをのぞき込んでみれば、確かに書くべき内容が少し抜けていた。こういうことがあるから夜一様にもきちんと確認してほしいのに。(あの人は七割くらい私に最終確認を任せてくる)
さくっとこの場で追記しようとごそごそと胸元を探るも、お目当てのものが見つからない。数秒探って諦めて、その手を真子に突き出した。怪訝そうな三白眼。
「筆忘れた。真子ちょーだい」
「この前筆貸してやったやんけ」
「うん、部屋にある」
「なんでや、返せや!大体オマエ、オレの筆何本持っていってんねん」
「昔のこと気にしすぎ、器ちっちゃ」
「三日前のことやぞ!」
あまりに元気が良すぎる真子の声を耳をふさぐことで軽減した。なおも色々ぶつくさ言っていたようだけれど、私が全く聞く気がないことを悟ると大きくため息をついて自分の脇にある筆を指さす。どうやらこの場で使えということらしい。こっちとしては願ったりかなったりだ。
「ありがと、借りてるやつは今度返すね」
「オマエの『返す』は信用できへん」
「そんなことないない。はい、これで問題ないはず」
「ん。……あ、せや。もう一つあった」
「うん?」
何だろう、もう一か所記入漏れでもあったのかな。手招きに従って近づけば、不意にその手が私の頭の後ろ側まで伸びた。
込められた力に咄嗟に抵抗することもできずに真子との距離が近づいて、そのまま唇が重なる。薄い唇が何度か私のそれを甘噛みするように食んでから、後頭部を押さえていた手がようやく離れた。
「今回はこれでチャラにしたるわ。優しい真子くんに感謝しい」
ニィっと笑った目の前の男に間髪入れずに回し蹴りを入れようとしたが、難なく足をつかまれる。「足癖悪いで〜」なんて言ってくる真子に体術で勝ったことは霊術院時代から一度もない。ないけども!
「信じらんない、ここ隊首室なんですけど」
「別に減るもんやないやろ」
「減る!」
「器ちっちゃいのう」
「バカ真子!」
「バカはやめい、せめてアホって言わんかい」
「大バカ真子」
「レベルアップさすな!」
くだらない言い合いは、彼の副隊長がもう一度書類を運んでくるまで続いた。