社会人の鉄則



ガヤガヤと喧騒に満ち溢れている食堂でも、友人を見つけるのは意外と難しくない。大体一番うるさい所に行けば十中八九たどり着くからだ。

「おつおつ〜」

今日も今日とて喧騒のど真ん中にいる彼女たちに声をかければ、ちらりとふり返ったひよ里が「ン」と横を顎でさした。財布で席を取っておいてくれていたらしい。
お礼を言いつつ遠慮なく腰を下せば、斜め前の白が拳西に何かをまくし立てているのが見えた。あ、拳西の額に青筋が浮かんでる。触らぬ九番隊に祟りなしだからつつかないでおこう。

「ラブとかローズは?」

「ひよ里と来たから知らん。ローズはさっき総隊長ん所行くの見やったけど」

「ほーん、人事関係のあれこれかなぁ。いただきまーす」

「なんや今日の小鉢、ウマそうやん」

「気になるならひよ里も定食頼めばよかったのに」

「今日は気分ちゃうかったんや」

「ねぇねぇ!侑李はししゃもはどこから食べる派?」

「頭。なんか前も話した気がするけどまたそれでもめてるの?」

「あれはたい焼きだったもん!拳西はししゃもを一口で食べちゃうんだって!」

「やば、大きなお口の拳西くんじゃん」

頭を全く使わないで返事をしつつ、どの小鉢から食べようかな、なんてお箸をふらふらさせていれば「迷い箸」と後ろから指摘が入った。振り向けば真子がお盆を持ったまま立っているので、少し横にずれて座る場所を作ってやる。

「真子、それなに?」

「鰆の照り焼き」

「え、いいな。一口もらい」

「人の飯を先に取るなや」

そう言いつつ真子も私の筍の土佐煮をつまんでいったから、おあいこだ。
と、丁度本を読み終えたリサが「侑李」と呼んできた。ちょうど鰆を口に運んだばかりだったので目線だけで答えれば、箸で横の真子を指される。

「今日、隊の子何人かに『平子隊長ってお付き合いしている人いますか?』って聞かれたで」

「あー今年ももうそんな季節か。間違えて真子に引っかかってしまうかわいそうな子」

「オイ、どういう意味や」

「そのままの意味ですが」

隊長だから他隊の隊士にも認知されやすいし、役職が役職だから三割増しくらいで格好よくみえるのだろう。知らないけど。

「安心しやぁよ、真子。ちゃんと『あいつは二番隊のやつとデキてる』って言うといたから」

「アーはいはい。侑李、醤油こっちに寄越しィ」

「あいよ」

「まーたそうやって、いい加減にせんと……」

そこで不自然に言葉を切った友人を不思議に思って、そちらをちらりと見た。「咥え箸はやめい」なんて親みたいなことを言ってくる隣の男の足をついでに踏む。真子は結構食事中のこういうのにうるさい。私に対して限定だけど。(「ほかの人のまで面倒見きれん」と以前言われた。私のも別にみなくていいのに)
視線をやった先のリサは珍しく、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。何なら拳西達も信じられないような顔をしてこっちを凝視しているものだから、机の上に奇妙な沈黙が落ちる。
唯一普通の表情をしている真子とそろって首をかしげたところで、ようやくリサが口を開いた。

「いつもみたいに『付き合うとらんわボケ』みたいなこと言わんのやな」

「それオレの真似なんか?全然似てへんぞ」

「やかましいわ。は、ちゅーことはあんたらやっと付き合ったんか?」

「えっ、うん」

「いつ?」

「二週間前……?」

「はよ言えやボケ!!」

「うっわ耳キーンってなった!キーンって!」

「キーンなったんはこっちの情緒や!」

リサの情緒が怖い。
顔をぐいぐい近づけてくるリサから逃げようとひよ里の方を見たけれど、こっちもこっちでお冠だった。もともとつり目なのに、更に目がつりあがっているからとんでもないことになっている。(ちなみにその奥にいる拳西も半目でこっちを見ている)

「シンズィ、侑李、おめでとー!めでたいねぇ!」

唯一ニコニコと祝福をしてくれた白にありがとうと言おうとすれば、リサから「こっちを見ィ!」と一喝が入った。怖い。
リサといつの間にかその横にいるひよ里の二人に言われるがままに、椅子の上で真子とそろって正座をさせられる。仮にも真子は隊長なので、こんな所で正座してたら注目を集めるんじゃないかと心配したけど、最初のリサの声に一瞬集まってた視線は、「またいつものメンツか」と早々に散っていた。なんとも複雑だ。

「もーなんやねんオマエらは」

「なんやねん、やないわ。あたしがどんだけあんたらのケツひっぱたいたと思ってんねや!二番隊と五番隊では報告・連絡・相談も習わないんか!」

「オレ隊長やから、される側やし」

「私はちゃんと仕事では報告・連絡・相談してるもん」

「そういうこと言うてんのとちゃうわ!」

「また耳キーンってなった……」

早い所どうにかしないと私と真子の鼓膜が破れる。
実際のところ、真子との関係が変わったことはすっかり報告した気でいたのだ。当たり前のように皆いつも一緒にいるから、改まって言っていなかったことを忘れていただけで。ただそれを怒り心頭な目の前の二人に言ったところで鎮火するとも思えない。
ここは六車大先生にうまくとりなしてもらうしかない、と助けを求めて拳西の方を見れば(多分真子も同じことを考えたのか、同じように横を向いている気配がした)、ボリボリと頭をかいて仲裁に入ってくれた。

「リサ、ひよ里。気持ちはわかるがその辺にしとけ。真子達が昼飯を食いっぱぐれる」

「拳西、オマエほんといい男やな」

「拳西最高、もっと言ってやって」

「……別にてめえらも黙ってるつもりはなかったんだよな?」

「もちろんです」

完全に怒る三秒前だった。あともう一言ふざけてたら拳西もリサ達の方に回ってしまうところだった。

「リサ、てめえも昼一で見回りって言ってただろ。早めに食べ終えとかねぇと遅刻するぞ」

拳西のその一言が決め手だった。
渋々といった様子でリサが座ってご飯を再開し、ひよ里は机の下を通ってこちら側に戻ってくる。私と真子もそれにならって正座をといて、目の前の食事に再び手をつけはじめた。すっかりお味噌汁とかは冷めてしまったけれど、別に許容範囲だろう。

不意に、リサが名前を呼んだ。

「侑李」

「なぁに、まだあるの?」

「おめでとさん」

「……ん、ありがと」

あまり表情筋が動かない友人が、珍しくわずかに口角をあげて祝福してくれる。
愛されてるなぁ、なんておもった。




「ところでアンタら夜の方は」

「時!所!場合!」

「じゃあ今夜酒の場で聞くわ。いつもの場所個室で予約しとくから、ちゃんと来いひんと迎えに行くで。真子もな」

「おい侑李!蛇を出すなや!」

「蛇の方から勝手に出てきただけで、私は藪をつついたりなんかしてませんが!?」