「あ?侑李やん。今日は流魂街での討伐任務に行くって」
「っ平子隊長!」
北門から入ったところで偶然出くわした真子に、詰め寄るようにして伝えるべきことを伝えれば、見開かれていた瞳は一瞬で真剣なものになった。横の藍染副隊長に手早く指示を出してから、こっちを見て一つうなずく。ちらりと視線が私の足にいったから、さっき治した傷が瞬歩の乱用でまた開いたのだろう。ぬるりと液体が流れ落ちる感触が気持ち悪い。
「現場は任せとき。オマエは」
「報告してきます」
真子がもう一度うなずいたのを見てから、また駆け出した。
瀞霊廷内くらいの距離なら、もう一度治さなくてもこの足は瞬歩に耐えられる。
どんな状況下でも、必要な情報を届けるべき人に最速で伝達する。
私が求められているのは、そういう役目だ。
それしか、出来ないのだ。
今日の顛末についての報告書をあげてから隊舎を出れば、大分夜が更けていた。
「おなかすいた……」
適当に自炊する気力すらないし、定食屋でなんか食べてから帰ろうかな。居酒屋でもいいけど、知り合いに会ったとしても一緒に飲む気分じゃない。
自宅の近くで夜も開いているお店で、あまり人がいなさそうな場所。どこがあったっけなぁ、なんて考えながら歩いていたからか、門のすぐ近くにいた人影に気づくのが遅れた。
「真子」
片手をあげた恋人がのんびりとした足取りでこちらへ向かってくる。どうやら迎えに来てくれたらしい。「もう上がりか」という問いに黙ってうなずきだけ返した。
「四番隊には行ったんか」
「結局行くほどの怪我じゃなかったから行ってない」
「見せてみぃ」
「わ」
こちらの返事を待たずに私の右足をつかんだ真子は、そのまま真剣な目つきであちこちを確認しはじめた。目線を下げるために躊躇なくしゃがんだ真子の隊長羽織が地面の上に広がる。
「羽織、汚れるよ」
「こんなん洗えばええやろ。──ん、足はホンマに大丈夫そうやな。帰るで」
「……うん」
いつから待ってたの、と聞こうとしてやめた。代わりに差し出された手を握って、私の家とは違う方向に向かう真子の後を黙ってついて行く。
「通り道がてら六番隊覗いてきたんやけど、特に命が危ないやつはおらんって」
「そう。一番の重傷者でどれくらい?」
「全治一か月。綺麗に治るって卯の花さんからのお墨付き」
「……そう」
五番隊から二番隊にまっすぐ来るのに、六番隊隊舎は通らない。そんなこと私が知っていることを百も承知で、真子は下手くそな嘘をつく。
きっと四番隊にも足を運んで、卯の花隊長に実際に確認してきたのだろう。そこまで容易に想像できて、もう自分のつま先しか見れなくなった。
目の奥がギュウ、と熱くなるのを必死にこらえる。
雲一つない、ぽっかりと月が出ているような夜でよかった。
雨が降ったら、それに紛らわせるように泣いてしまいそうだったから。
六番隊との合同での虚討伐任務。
流魂街で行われる合同任務は今まで何回もやってきた。隠密起動も兼ねている二番隊は、通常の護廷十三隊の死神がやる任務を他隊と一緒にやることが多かったから。
隊士を守りながら虚と対峙することだって、部隊長として今まで何度もしてきた。
ただ一つ、計算外があったとしたら六番隊に隠密起動を信用していない席官がいたこと。そして、その席官が正しく情報を回してくれなったことだった。
『っ隊長!』
隊士の声と同時にその場を飛びのいたのは、もはや条件反射だった。一瞬前に自分がいた場所に大きな虚の腕がめりこんでいる。ふりまわされた腕によって飛び散った木の枝が鋭利な刃物のように足に刺さった。
奥には血まみれで倒れている六番隊隊士。更には向こうに報告になかった新たな一体がいて、状況が最悪なことを示している。
哨戒させていた部下を急いで呼び戻した。ほどなくして帰ってきた彼が、再び走り出せるように鬼道で回復をしながら報告してきた内容も、今の状況を楽観視できるようなものは含まれていない。脳内で次に打つべき手が目まぐるしく現れては消えていく。
諜報を主とする隊士とこちらを信用していないものが束ねる集団を守り抜くことは、どうやっても私の実力では無理だ。それなら。
心の中で三つだけ数えて、他により良い方法がないかを探って。
『ここで少し時間を稼げる?今の私たちだけでは全滅が目に見えているので緊急要請をしてくる』
『はい』
『二番隊、聞きなさい。この場にいる者は基本的に十席の指示に従って。今この中で一番傷が浅い者一名は情報収集。引継ぎを迅速にできるように、六番隊の被害状況まで集めなさい』
『はい!』
そうして、邪魔な木の枝を足から抜いてから瀞霊廷へと駆け出した。
部下や別隊の隊士を置いて、虚から背を向けて。
私一人だけ、その場から離れた。
結果として隊舎に着く前に真子に会えたので、想定していたよりも被害は抑えられた。私のとった行動もお咎めがあるようなものではなかったので、任務中に怪我人が出た際の通常の報告書だけで済んだし。
「朽木のじいさんがカンカンやったで。『私情を任務に持ち込んで部下を危険にさらす席官がおるか』って」
「そっか」
「……なァ、侑李」
真子の家まではまだまだな道の途中で、真子が不意に立ち止まった。
「今、なに考えとるんや」
私と向き合うように体勢を変えて、少し背筋をまげて、視線を合わせようとしてきて。そんな真子から逃れるように彼の胸に頭をうずめた。背中に手を回す私に、されるがままの真子。
「泣きそうなんか」
そういえば、霊術院の時も同じ格好で同じことを聞かれたな。
そんなことを思いながら、あの時と同じように、首を横にふった。
泣くもんか。
こんなことで、絶対に泣いてやるもんか。
「……真子がその場にいれば、もうちょっと上手くできたかなって」
代わりにぽろりとこぼれた弱音を、真子はきちんと聞いていたようだった。
「自分が判断間違うたと思ってるんか」
「思ってない。同じ状況に置かれたらまた同じことする」
あのまま私が対峙したところで、討伐と保護のどちらも完璧にこなすことはできなかっただろう。
即答した私の頭上に、満足そうな真子の笑い声がおちてきた。微かな振動が身体を通じて伝わってくる。
「ならええやろ。オレもあん時の侑李の判断は正しいと思っとる。霊術院時代からオマエのとっさの判断を信じとるしな」
背中を二度、たたかれた。もう片方の手が頭に添えられて、柔らかく私を抱きしめる。
とくん、とくん、と穏やかな心拍音がすべてを包んでくれているようだった。
「オマエにはオマエのやるべきことがある」
「わたしの、やるべきこと……」
「せや。倒すのはオマエやなくてもえぇ。オマエが得意なんはそんなんちゃうやろ」
「…………」
「突き立てられる牙を持つ奴を送り込めれば、それでえぇ」
「……うん」
もう一度、黙って背中をたたかれた。
「しゃあないから、今日は晩飯のワガママを聞いてやるわ」
「じゃあおひたし食べたい」
「ほうれん草あるから帰ったら作ったる」
「あと天ぷら」
「それは買うていくか。何の天ぷらや」
「ふきのとう」
「アソコ置いてたか自信ないなァ……」
そもそもまだやってるかァ?なんて言う真子の腕に黙ってしがみつけば、頭をかき撫ぜられる。
手を引いてくれるあなたと家に帰ったら、おいしいごはんを食べて、あたたかいお風呂に入って、それから一緒の布団で寝よう。
そうしたらきっと、明日の私は、雲一つない晴天の下であなたの横にまた立てる。