胸中






最近、憂太くんの様子が目に見えておかしい。
任務中は何事もなくコミュニケーションが取れるし、相変わらずすごいスピードで成長していっているのを感じるけれど(もう私なんかよりよっぽど戦えている)、終わった途端になんだか距離感がぎこちなくなる。
何かを聞きたそうにしているのに、目線が合うとちょっと後ろめたそうにそらされるのだ。
いかんせん素直な憂太くんのその態度は他の人から見てもわかりやすく、同級生からは「おまえ憂太のことビビらせるようなことしたのか?」とか言われる始末だ。

正直、ビビらせるようなことはしたつもりはないけれど、憂太くんの不自然な態度に対する心当たりはある。言わずもがな、あの廃病院での任務だ。その少し後から目をそらされるようになったからほぼ間違いない……と思う。

いまいち自信が持てないのは、何か私の知らないところで苦手意識を持たれているかもしれないという不安がちょっぴり残っているから。
嫌われたくないし、苦手に思われたくはないけど、私の知らない所で何かが起きていたら私にはどうしようもない。

だから心配半分、茶々入れ半分で聞いてくる同級生に対して「まあ原因はわからないけど近々何とかします」と言った。確かに言った。
だけど。

「真希ちゃん、これは聞いてないんですけど」

「聞いてたら来なかっただろ」

「来たかもしれないじゃん!一割くらい!」

「いつの間に分裂できるようになったんだ」

ここまで強引に「何とかする」場をセッティングするとは思わないじゃん!?
目の前には呆れた目をしている真希ちゃん。……それと、所在なさげにしている憂太くん。

「真希ちゃんと放課後デートだと思ってルンルンでここまで来たのに!」

「そもそもデートとは言ってねぇ」

「放課後に二人で遊びに行くなら実質デートじゃない?」

「悟と遊びに行ってる時もそれ言えるのか」

「前言撤回で」

任務が早めに終わりそうならどこか行くか。
そんな風に真希ちゃんからメッセが来た時は一も二もなく『行く!絶対行く!』と返事をしたけれど、待ち合わせ場所に二人を見つけた瞬間に真希ちゃんの思惑を理解して回れ右をした。
それから真希ちゃんに見つかって追いかけっこすること2分。身体能力で真希ちゃんに叶うはずもなかった私が首根っこをつかまれて憂太くんの前に差し出されたという訳だ。
というか私が避けてた訳じゃないし、避けてたのむしろ憂太くんの方なのにどうして私が捕獲されたんだろう。

当たり前のことに今更気づいて聞こうとすれば、真希ちゃんは既に背中を向けて去ろうとしているところだった。えっ……えっ!?

「真希ちゃん私のこと置いてどこ行くの!?」

「買い物」

「なんで!?私の傍にいるっていう約束は!?」

「した覚えねぇよ。前に食べたいって言ってたスコーン買ってきてやるから、話終わったら先に寮戻ってろ」

「あっ、帰りすらもう別々が前提なんだ……」

どうやら本当に話をする場をセッティングするだけが目的だったらしい。そこまで心配してくれてるのはありがたいし、スコーンも買ってきてくれるっていうから、甘やかしてくれているといえば甘やかしてくれているんだけど、せめて心の準備が欲しかったな。

色んな気持ちが混ざったままその背中を見送っていれば、不意にポニーテールが揺れて真希ちゃんが振り返った。

「そういやあれはどうなったんだよ」

いきなり飛んできた指示語が何を指しているのか一瞬わからなかったけど、すぐに思い当たった。

「多分もう何もないっぽい。下手に私が出ない方がいいって全部悟くんがどうにかしてくれたみたい」

「六眼様様だな」

「ね〜」

ちょっと頼りすぎちゃってる感も否めないけど。
今度こそさくっと人混みの中に消えていった真希ちゃんを見送って、憂太くんに向き直った。

「えーと、とりあえずお茶でもしに行く?」

今時下手なナンパでもこんな誘い文句は言わないかもしれない。






「私カフェオレ……あっ、でもクリームソーダもいいな。うーん、カフェオレ、クリームソーダ、カフェオレ……や、クリームソーダで!憂太くんは?」

「えっと、じゃあ僕はカフェオレで」

丁度横を通りがかっていた店員さんを呼び止めて注文をしたあと、さてどうするかと(心の中だけで)腕組みをした。
このまま事態を解決しないままで帰ったら真希ちゃんに怒られる。なんなら多分棘くんとかパンダくんも噛んでるだろうからそこらへんからも怒られる。
うーん、とりあえず当たり障りのない話から……かな?

「今日は任務なかったの?」

「うん、一日高専にいたら放課後に真希さんが教室に来て、気づいたらあそこに連れていかれていて……」

「そっかそっか」

そして沈黙。オシャレなカフェにありがちな洋楽のアレンジが流れる中、学生服を着た二人が無言で向き合っているのって、周りから見てどう思われているんだろう。

「うーん……」

「千冬さん?」

やっぱ回りくどく考えるのはやーめた。元々駆け引きなんて得意じゃないし。

「最近憂太くんどうしたの?なんか挙動不審じゃない?」

直球で行けば、分かりやすく憂太くんの肩がはねた。

「えっ!?そ、そうかなぁ?」

「うん」

その返し方が既に挙動不審だし。でもさっきよりも全然やりやすいし、話しやすい。

「私と話す時だけちょっと変になってるから、ずっと気になってて」

他の人に対しては全く普通なのだ。なんなら楽しそうにキッチンを使っていたり花壇の水やりをしていたりするところを目撃している。
つまりはまあ、一人だけのけ者みたいになっているのが寂しいわけで。

「憂太くんがどうしても私には言えないっていうなら、無理にとは言わないけど……」

「いやっ、そういう訳じゃないんだけど!」

こういう風に言えば憂太くんが話してくれると踏んだ上でこの言い方を選ぶくらいには、寂しいのだ。
勢いよくぶんぶんと首と両手を横に振った憂太くんは、目線をあちこちに逃がしていたけれど、逃げ道が見つからなかったのかすべてをぽとりと力なく落とした。
それから恐る恐る合う視線。久々に正面から見れた憂太くんの瞳は、私への気まずさと申し訳なさが混ざり合っていた。

「その、お見合いの話が来たって……」

続く言葉に、きょとんと自分の目が丸くなったのが分かった。
えっ。その話?ていうか憂太くんにその話したっけ?

「誰に聞いたのかわからないけど、断ったよ」

「断ったの?」

「硝子ちゃんが」

「家入先生が!?」

正確には硝子ちゃんが悟くんに言って、だけど。

「もしかして、そのことが気になってたの?」

「う……ごめん、五条先生にこの前聞いてどうするんだろうって思ってたんだけど、面と向かっては聞きづらくて……」

「別に普通に聞いてくれてよかったのに」

憂太くんにけろっとした風を装って返しながら、内心拍子抜けというか、肩透かしというか、そんなものを食らっていた。
別に私の過去が気になってたわけじゃないんだ。
……そっか。そっかそっか。

どこぞの家系の当主からお見合いの話が来ていたのは本当だ。知らない人と結婚しているほど暇じゃないけど断り方が分からないから硝子ちゃんに相談して、硝子ちゃんが悟くんに言って断らせた。
さっき真希ちゃんが言ってた「あれ」もまさにこのお見合いのことだ。

そんな要約をさっくり説明すればふんふんと相槌を打っていた憂太くんだったけれど、丁度運ばれてきたカフェラテを一口飲んでから首をこてんと傾げた。

「なんで千冬さんのことを知らないのに結婚を申し込んだんだろう?」

「あ〜うん、そっか。そういう疑問を抱くよね」

最近はどんどん強くなってるから忘れかけていたけど、憂太くんは真希ちゃんや棘くんとは違って普通の家の出身だった。
時代錯誤な呪術師の家系のことなんて知らなくて当たり前だ。

「もともとは私に家を守ることを期待されていたみたい。ただ反転術式を外部出力できるって知って、そういう用途としても私のことが欲しいって」

多分最初は呪術師の血を絶やさないためだけに私に目をつけたはずだ。御三家ではないけれど一応両親共に由緒正しい(果たして呪術師に由緒なんてあるのか謎だけど)家系だし。
それが思ったよりも使えると気付いてからはアプローチの熱量が明らかに変わって、最後らへんの手紙では学校に押しかけてきそうな勢いだった。だからこそ硝子ちゃんが「この手のやつは放っておくとロクなことしないから、同じタイプの奴をぶつけておけ」と悟くんを召喚したわけで。

「用途って……人に使う言葉じゃなくない?」

「うん、私もそう思うけど手紙に書いてあったから」

「…………」

きゅっと眉をひそめて黙り込んだ憂太くんに、ちょっと言い方がよくなかったなと反省した。別に突き放したいわけでも、今のこの境遇に納得してる訳でもない。
ただ、私は他の子よりも少しだけ長い間そういうものを知らずにこの世界を生きてきていたから、向き合い方が分からなくてすましたふりをするしかできないのだ。

千冬さん、と名前を呼ばれた気がして憂太くんと目を合わせた。しっかりとこちらを見てくる瞳は、痛いくらいにまっすぐだった。

「あのさ、僕にできることがあれば何でも言ってね。せっかく仲良くなったのに、いなくなっちゃうのは寂しいし」

「!」

「あっ、でももう五条先生が何とかしてるのか……。えっと、別に今回のこと以外も全然僕にできることならなんでも協力するから、その……」

途端におろおろとした表情になって言葉の終わりを探し始めた姿はお世辞にも頼りになるとは言えなかったけれど、その言葉は私の心にまっすぐと差し込まれて、

「……てっきり、憂太くんは私の小さい頃の話を聞きたいのかと思ってた」

ぽろりと私がこぼした言葉に、憂太くんはちょっと前の私と同じように目を丸くさせた。

「えっと、僕が避けてた理由がそれだと思ってたってこと?」

「うん。もしかして全く興味なかった?私の自意識過剰ってやつだったらちょっと恥ずかしいけど」

「そりゃあまあ、気になるは気になるけれど……」

ていうか五条先生にも言われたけど、なんて言葉もひっそりと耳に入ってくる。マジで悟くんロクなことしないな。

「多分、僕以外にも言ってないんじゃないかなって思って」

「ん、まあそうね」

皆も育ってきた環境が環境だから、なんとなくの生い立ちとかは知っているだろうけど、それでも私から真希ちゃん達に詳しく話したことはない。
信用してないわけじゃない、嫌いなわけでももちろんない。

「上手くまとまらなかったり話したくないことは、仲がいいからって無理に話そうとしなくてもいいと思うよ」

心を見透かしたかのような憂太くんの言葉。なのに心臓がドキリと嫌な音を立てなかったのは、彼の瞳がずっと優しいままだから。

「……わかる?」

「なんとなくわかるよ。真希さんたちだってきっとわかってる」

「……うん」

「だから、話したい時に話せばいいし、話したくないなら無理に聞こうとは思わないよ。話す相手だって、千冬さんが話したい人でいいんだし。真希さんたちを差し置いて僕が一番に聞きたいってわがままは言わない」

いつもより多くの言葉を費やして彼の気持ちを一つ一つ並べて教えてくれた憂太くんは、最後に「でも」と続けて丁寧にへにゃりと笑った。

「でもやっぱり寂しいから、千冬さんが聞いてほしい時に、僕のことを思い出したらでいいから。僕に話してもいいかなって時に聞かせてほしいな」

「うん」

いつかが本当に来るかはわからないけど、その時が来たら聞いてほしい。
他の誰でもない、憂太くんに。




「ねえねえ、ところでカフェオレ一口ほしい」

「いいよ、はい」

「わーい」

一口だけしか飲んでいないカフェオレを差し出してくれた憂太くんに、「私が迷ってたからカフェオレ頼んでくれたの?」って聞こうとしたけど、

「千冬さん、どうしたの?」

「……んーん、カフェオレおいしいなって」

「そっか、よかったね」

彼の目を見たら何故だか言えなくなって、代わりにもう一口だけ甘いカフェラテを飲んだ。



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