遠出






夏。温度と上昇と引き換えに呪霊の出没が少しおさまる時期。
日頃頑張っているから避暑地に涼みに行きたい!と悟くんに駄々をこねたら、なんと翌日に北海道行きの飛行機のチケットを渡された。しかも三枚も。

『えっ!これ本物?空港でバーンってされたりしない?』

『疑うなら別に返してくれてもいいんだよ?』

『うそうそ!悟くんさすが!だいすき!グッドルッキングティーチャー!』

『ふふん、まあね〜』

『ところでなんで三枚?枚数微妙じゃない?一年全員で四人と一匹だよ?』

『本当は青森にちょうど別任務にあたってた二級術師が行くものだったからね』

『え?』

『棘と千冬ならすぐ終わらせられるだろうし、憂太の経験値稼ぎもかねて三人で行っておいでってこと』

旅行じゃなくて、出張だった。








「いいですか乙骨くん、棘くん。任務にあたってとっても大事なことがあります」

「いくら?」

「どうしたの?」

「帰りの飛行機の前にお土産を買いたいのでなる早で任務を終わらせましょう」

「ツナマヨ……」

真面目な話かと思ったと言わんばかりに棘くんは窓の外の景色を眺め始めた。その横で乙骨くんは苦笑いをしている。
空港に迎えに来てくれた補助監督の人も運転席で笑っているのを感じながらも、私は決して説得を諦めることなく後ろを振り向き続けた。ついでにこぶしも握っている。

「いいじゃん、悟くんなんか絶対任務より先にお土産買うよ?」

「明太子」

「まあ実力を言われたら何にも言い返せないんだけどぉ……」

でも、関東に住んでいる学生が北海道に来るなんて、滅多にないし。高専の生徒は授業を考慮されているから、普通の呪術師よりは任務の割り振りも少ないし、遠出の出張も比較的少ないのだ。
この気持ちをなんとか棘くんにも共有してもらいたい。なぜなら今回のメンツだと棘くんのやる気が任務の早期完了に直結するから。
諦めきれずに口をとがらせていると、私と棘くんを交互に見た乙骨くんが「まあまあ」と言葉を遠慮がちにはさんできた。

「確かに折角の北海道だし、みんなで頑張って任務早く終わらせて、出来そうだったら観光しようよ」

「いくら〜」

「えぇ、そうかなぁ?でも狗巻君も北海道観光したいでしょ?」

「しゃけしゃけ」

「じゃあがんばろー!っていっても多分狗巻君と凍宮さんでなんとかしちゃうんだろうけど」

「高菜」

憂太が一人でなんとかしてもいいよ、なんて棘くんが言ったところで安心して前に向き直った。
これで多少は巻きで任務が終わるだろうし、任務終わるまでに補助監督さんに空港までの帰り道で寄れる観光地とかのピックアップしてもらおう。夜の飛行機だから、晩御飯くらいはきっとこっちで食べれるはず。

「(それにしても……)」

後ろからは二人のやり取りがいまだに聞こえてくる。
この前棘くんと乙骨くんが二人で任務に行って以降、棘くんと乙骨くんの距離が縮まったように見える。少しずつ棘くんの言葉も理解しているみたいだし、なんだか嬉しい。
色んな事を考えて内心ほくほくしていると、後ろから遠慮がちに肩をたたかれた。振り向けば、乙骨くんの顔が間近にある。

「そういえば五条先生は生キャラメルだっけ?」

「え?何が?」

「え?その、お土産よろしくって言われてたよね?」

「買ってかないよ?任務って後出ししてきたし」

「…………」








『燃 え ろ』

棘くんの呪言が響いたと同時に、目の前で枝を振りかぶっていた大樹に火がついた。瞬く間に燃え盛る炎を浴びて暴れるその姿は、なんだか焼けている人間が身をよじっているようで、あまり気持ちの良い見た目ではない。呪霊にそういうのを求めるなっていう話ではあるんだけど。
それでもなんとなく目をそらした先で、先端に炎をつけた葉っぱが数枚、意思を持っているかのように池に走り出したのが見えた。

「明太子!」

「わかってる!」

のぞき込んだスコープの先に映る葉っぱは全部で三枚。どれもが小さな足みたいなのをはやして、全力で駆けていた。それはつまり、彼らは自分の意思で池に向かっているということで、燃えつきる前に鎮火すれば彼らがまだ動けるということだ。

「それはちょっと困るな」

三発連続で炎をこめて撃ちだす。途端に一瞬で消し炭になった呪いは、その場で黒い砂粒のようなものになってさらさらと消えていった。
他に動くものはないかと確認して、スコープから目を離す。棘くんは丁度喉薬をがぶ飲みしている最中だったけど、こちらに親指を立ててくれた。その後ろにいた乙骨くんも真似るように親指を立ててくれるから、私も負けじとかえす。なんかいいな、ちょっと青春っぽい。
それはともかくとして。

「こんなもんかな。あとはこの呪霊に引き寄せられて集まったちっちゃめの呪いが何個かあるだろうから、道すがら見つけて祓えばおしまい。棘くんどうする?喉結構持ってかれてたら休んでても大丈夫だよ」

「おかか」

「ほんと?じゃあ三人でお散歩だ〜」

銃をかついで元気よく歩きだせば、後ろから棘くんと乙骨くんがついてくる。すぐに隣に並んだ乙骨くんが、ほんのりと感嘆をこめた口調でさっきの呪霊とのことを口にした。

「すごいあっという間だったね……」

「伝説の木だか呪いの木だかわからないけど、植物関係の要素が入っている呪霊なら基本的に燃やして一発KOだからね。棘くんの呪言がバッチリ効いてよかった〜」

「しゃけしゃけ」

基本的に棘くんと私の祓い方は相性がいい。棘くんが呪言で基本的に一掃して、その範囲外にいる残りを私が掃討する。低級の呪霊の群れなんかはこの祓い方がベストなので、棘くんと二人で指名されることも最近では増えてきた。
と、そこまで説明したところで(悟くんが乙骨くんも一緒に派遣したということは、こういう説明もしろということなので)、ふんふんと私の話を聞いている乙骨くんの背中に目がいった。そこにあるのは、今日まだ一度も取り出されていない乙骨くんの武器……と、その更に奥に見える小さな黒い歪み。
棘くんの方をチラリとみれば、考えていたことは同じなのかわずかにうなずいてくれた。おっけおっけ、それでいきましょう。

「それにしても、今回みたいに乙骨くんがいるとちょっと安心だな」

「え?僕がいて安心するの?」

「うん。物理的な近距離戦闘の人がいると、安心して中長距離の呪霊を狙えるから」

「明太子」

「ね、棘くんも運動神経自体は全然いいんだけど、単体で強い相手とだと術式の反動が強すぎるからそっちに集中しちゃうし。というわけで背後から呪霊でーす。乙骨くん、折角だしゴーゴー」

「えっ……えっ!?」

「ほらほら来るよ〜」

頼りにしている、という言葉で緩まっていた乙骨くんの表情が一気に引き締まった。呪霊が音もなくいきなり後ろから襲い掛かってきたことに驚きながらも、咄嗟に取り出した刀で応戦する。
後ろから呪霊が来ていたことを事前に感知していた棘くんと私は、少しだけ離れたところでそれを見守っていた。

「おっ、真希大先生との鍛錬の成果出てるね」

「しゃけしゃけ」

棘くんがなぜだかドヤ顔だったけど、きっと私も似たような顔をしてそうだったから指摘するのはやめておいた。
友人がみっちり付き合ったおかげで、別の友人がこうして目の前で活躍をしている。こんなのダブルで嬉しいに決まってる。

「お、決定打かな」

保護者面をしている私たちの目の前で、乙骨くんがやや体勢を崩しながらも呪霊を文字通り一刀両断した。……したんだけど。
切られたうちの半分はその場で消えたけれど、残り半分の方に核があったらしい。刀の入った角度がまずかったのか、消えることなく勢いよくこちらへ飛んできた。地面に身体を打ち付けながらも乙骨くんが叫ぶ。

「凍宮さん!狗巻君!」

「だいじょーぶ!」

棘くんの喉を傷めるまでもない。
ゼロ距離で氷の弾丸を撃ちこめば一瞬で凍ったそれは、駆けつけてきた乙骨くんによって粉々に砕かれた。
今度こそきちんと全て消滅したことを確認してから、乙骨くんの視線がぱたぱたとせわしなく動く。私と棘くんに怪我が一切ないかどうか見ているらしい。
やがてその視線は、ぽとりと地面に落ちた。

「ごめん、ちゃんとできなくて……」

「おかか」

「それに、すぐにこっちに来れたのはパンダくんとの受け身練習の成果がちゃんと出たからだし、最後祓えたのは乙骨くん自身が頑張ったからでしょ」

勿論、棘くんが言ったように真希ちゃんとの訓練の成果もあるし。

「困ったことがあったら何とかするから。そのためにいるんだから。……棘くんが」

「ツナマヨ!?」

「だって私は四天王最弱だもーん」

「おかか!」

「ダメダメ、悟くんが言ったことだとしても否定してなかった時点で、棘くんも言ったことになるんです〜」

そこでようやく乙骨くんが小さく笑って刀をしまったから、棘くんと二人して彼の背中を大きくたたいて帳の方に歩き出すことにした。
本当に、この同級生は怖いくらいにすごい勢いで成長している。数か月前まで戦い方を知らなかったとは思えないくらい。




「ま、でも呪力感知はもっと出来るようにならないとね。里香ちゃんの呪力の大きさに呪いが集まってこないとも限らないし」

「えっ、そうなの!?ど、どうすれば……」

「うーん、棘くんどう思う?」

「高菜」

「そうだよねぇ。これも結局色んなのに遭遇して精度あげていくしかないんだよね」

だから悟くんはこうやってちょこちょこ一年の他の任務に乙骨くんを割り振ってるんだろうし。

「他になにか今日の任務で気になったことはある?」

復習は早い内にやっておいた方がいいだろうと話をふれば、少し考え込むように腕を組んだ乙骨くんが思い出したように声をあげた。

「あっ、凍宮さんのその銃、ちょっと気になってたんだけど……」

「これ?」

こくりと乙骨くんがうなずいた。

「銃弾をこめるとか、そういうのしなくていいのかなって。ほら、連射した時も思ったけど、さっきの僕の祓い損ないに撃ち込んだ時とか……」

「乙骨くんよく見てるねぇ。私のこれは厳密にいうと銃弾つかってないの。呪力を込めてるだけ」

だから呪力さえ込め続けられれば、理論上は永遠に連射し放題なのだ。呪力を弾丸の形にするのにはちょっとだけ意識持っていかれるし、スコープで索敵していたらそっちに集中するから、実際はかなり難しいんだけど。

「なにも術式流してないのが単純な呪力の弾丸で、そこに術式流すと炎が付与されるし、術式反転させると氷が付与されるんだ」

「それも、狗巻君みたいな家系の相伝のやつ?」

「そうそう。父方が呪力を炎に変える家で、母方の凍宮家が氷系」

「どっちも使えるんだ、すごいんだね……!」

純粋な尊敬のまなざしに、なんだか後ろめたさを感じて少しだけ心が重くなった。
そんなに褒められたものではないのだ。どっちも使えるようになった背景も、そもそもの私のこの力も。
けど、それをここで乙骨くんに言うのもきっと違うから、代わりに口にしたのは別のことだった。

「でも私のこの銃はあまりおじいちゃんがいい顔しないんだ」

「おじいちゃん?」

「乙骨くんを死刑にしたがっているおじいちゃん達のこと」

その言葉で、上層部の人達(悟くん曰くの「老害」)を指していると分かったらしい。なんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。

「銃を使うのは古き良き呪術ではないんだってさ。いいじゃんね、別に正しく呪いを祓えてるんだから」

お兄ちゃんは乙骨くんの今のスタイルと似ていて、刀に呪力をうつして戦っていた。
刀と銃。何に移すかの違いでやいやい言われるのは正直むかつく。
……まぁ、あの人はそもそも反転術式なんて使わなくてもどちらも使えていたし、私なんかよりもずっと優秀だったんだけど。

「凍宮さん……」

「昆布……」

棘くんと乙骨くんが心配そうに見てきたから、手を一つたたいて「ま、いつか悟くんと一緒にそういうのはぶっつぶしましょ〜!」と明るく笑ってみせた。そうして前の方を指さす。

「それよりも今日の晩御飯を考える時間ですよ!」

気付けば帳の縁はすぐそこだった。








「皆さん任務お疲れ様でした。凍宮さんに言われていた、近辺と空港までの道中での観光スポットリストがこちらになります」

「海鮮!食べたい!あと動物園!」

「飛行機の時間的に動物園は無理かな……」

「悟くんに言って明日学校有休にしてもらえば何とかならない?」

「おかか」

「ちぇ〜、学生も有休つかえればいいのに、世知辛い」

悟くんへのお土産は、三人で海鮮丼を食べている時の写真にした。地団駄踏んで「僕も呼んでよ!」って悔しがってた。やーいやーい!



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