調理






『おにいちゃーん』

『千冬!?どうしたの、高専まで来て。……まさか一人で来たの?』

『ううん、ばあばといっしょ!これつくったから、つれてきてもらった!おたんじょうびおめでとう!』

『わ、カップケーキ上手に焼けてるねぇ!おいしそうだなぁ、ありがとう』

『へぇ、俺の分は?』

『悟くんはねぇ、これ!おはなマークのやつ!』

『悟の分は特別なの?お兄ちゃんちょっとさみしいな』

『俺はロリコンじゃないから安心しろよ』

『わたしもろりこ……?じゃないけど、それはさいしょにつくって、まちがえておさとういれすぎちゃったやつ!ついでにおにいちゃんのにハートかくれんしゅうにつかった!』

『そうなんだ』

『露骨に笑顔になるなよシスコン』

『悟、校舎裏集合』

そんな、なんてことのない、ただ甘ったるいだけの思い出を夢に見た。








突然だけど、私の同期は皆基本的に料理をしない。
高専は予約をしておけば三食用意してくれるのに(しかもそれなりにおいしい)、買い出しに行くのに不便なこの立地で毎日ご飯を作ろうとする猛者はいない。そもそも任務帰りにご飯を食べずにバタンキューすることも少なくないのだ。
そんな高専生の共通のステータスに加えて、パンダくんは食べなくても平気だし、真希ちゃんはジャンクフード大好きっ娘だし。乙骨くんがまだ任務や学校で手が回らないというのもあって、私以外の同級生の台所使用状況は棘くんが休日に卵焼きを作るくらいだ。
さて、何でいきなりこんな当たり前のことを再確認したかというと、

「おいパンダ、弱火だぞ!」

「合点承知の助!棘、切ったネギはタレにつけておけ!憂太はその場で待機!」

「しゃけしゃけ!」

「う、うん!……うん?」

目の前の風景がちょっとあまりにも信じがたかったからだ。
真希ちゃんとパンダくんがキッチンに立って、せわしなく動いている。新品の中華鍋らしきものを使って何かを作っているようだった。
え、なにこれ変な呪術にかかってる?それとも私が熱中症にでもなって幻でも見てるのかな。
棘くんが何かをリズムよく切っているらしいのを目撃したのと、その横で所在なさげにウロウロしていた乙骨くんが私を見たのはほぼ同時だった。

「あ、凍宮さんおはよう」

「おはよう、なんか朝っぱらからこう……活動的だね?」

駆け寄ってくる彼がつけているエプロンには、パンダのアップリケがついている。きっとパンダくんのを借りているんだろうな。
三割くらい未だに信じられていない目の前の光景を指さすと、少し前まで自身もいた空間をみやって乙骨くんは事情を説明してくれた。

「今みんなで激ウマチャーハンを作ってたところだったんだ」

「激ウマチャーハン」

思わずそのまま繰り返してしまった。全くなんの説明にもなっていなかった。
もう少し詳しく掘り下げてみると、どうやら真希ちゃんとパンダくんが料理に目覚めたらしい。昨日の深夜番組で見た「初心者もできる!まるで老舗の中華料理店の激ウマチャーハン」のメニューを作ってみたいと言い出し、それに棘くんがのっかり、横で花壇に水をやっていた乙骨くんも強制参加になった、と。
なるほど、わからないけどわかった。

「チャーハン王になるぞー!」

「まあやるからには目指すわな」

「しゃけしゃけ」

……うん、わからないけどわかった。普段料理やらない人がスイッチ入ると凝った料理を作りたくなるやつだ。だってあの中華鍋も絶対これのためだけに衝動買いしているもん。

「千冬も一緒に作るか?」

「んあ〜、あとでお昼兼おやつでフレンチトースト作るからいいや」

食パンと牛乳をそろそろ使い切らないといけないし。
折角の休日だけどすることもないし、チャーハンを作っている同級生を眺めて暇でもつぶすか、なんて思ってテーブルが並べられている方に向かえば、なぜか乙骨くんもついてきた。

「あれ?なんでこっちに?」

「僕はその、戦力外通告されて……」

「戦力外通告?」

どうやら卵を割る時に勢い余って握りつぶしたらしい。卵を握り……つぶす……?単語が怖すぎて想像するのをやめた。

それにしても、いつもはこっちに任せっきりだからって休日に張り切ってお洒落な料理を作り出すパートナーを見守るのってこんな感じなんだろうな。今三人が作ってるのはチャーハンだけど。
そんな風になんだかほほえましく見守っていたんだけれど。

「折角だし今度の休日までに圧力鍋とか無水鍋とか買って、一年五人で肉料理をたくさん作るか」

この発言はちょっとほほえましくなかった。

「やるなら流しそうめんにしよう、夏の風物詩だよ」

にゅっと口を挟めば、案の定真希ちゃんが少し眉を顰める。

「折角だしもうちょい大がかりなものにしたいけどな」

「悟くんが去年教師陣でやろうと思って買ったやつがそれなりに大きいから楽しめるよ。それを出してもらおう」

この暑い中で料理をしたくない。作るだけ作って食べきれない……なんてことは男子高校生が三人いるから大丈夫だろうけど、肉料理オンリーはちょっときつい。

「まあいいか」

「明日悟くんに話して探してもらうね」

去年買うだけ買ってやらなかった(大ブーイング……というか総スカンを食らったらしい)らしいけど、悟くんのことだから絶対にとってある。とっておいてなくても話せばまた新しいのを買ってくれる。
いつも彼が言っている青春とやらに貢献してもらうことにしよう、なんて思ったところで一つ思い出したことがあった。

「乙骨くん乙骨くん。憂太くんって呼んでもいい?」

突然の話題に、乙骨くんは面食らったようだった。

「えっと、構わないけど……どうかしたの?」

「皆乙骨くんのこと名前で呼んでて、ちょっと寂しいから」

真希ちゃんもいつの間にか憂太呼びになってたのには大分前から気付いていたけど、呼び方を変えるタイミングがつかめなかったのだ。私一人だけ苗字呼びだと、私だけ仲間外れみたいだったし。(被害妄想なのはわかってるけど、そういうものなのだ)
特に嫌がるそぶりもなく乙骨くん、もとい憂太くんはうなずいてくれた。それから少しだけ何かを考える様子を見せて、口を開く。

「あの、僕も──うあぁ!」

「っわ!」

が、すべてを言い切る前に憂太くんの後ろに里香ちゃんが突如顕現した。ぞろろろろ、とはい出てきた手がまっすぐ私の首元めがけてのびてくる。
最近少しずつ刀に呪いが移っているとはいえ、この手につかまったら卵みたいに握りつぶされてしまうだろう。ていうか銃持ってきてない。やばい。
まって、これ本当にやばいのでは?

「里香ちゃん、落ち着いて!」

窘めるような憂太くんの言葉が鋭く里香ちゃんの腕に刺さった。ぴたりと止まった少女の怨霊は、もう一度憂太くんに名前を呼ばれると静かにここではないどこかに戻っていく。
呪霊がいる時特有の空気の重さが消えてからも、しばらく空気は固まったままで、

「おい憂太!気をつけろよ!激ウマチャーハン食べるまでは処刑になるな!」

そんなツッコミがキッチンの方から聞こえてきて、ようやく私と憂太くんの間で時間が動き始めた。

「ごめん、いきなり」

「や、びっくりしたけど大丈夫だよ。それで、さっきは何を言おうと思ったの?」

「え、あぁ……その、僕も凍宮さんのこと名前でよんでもいいかなって」

「なんだ、全然オッケーだよ。憂太くんも一人だけ凍宮さん呼びだったもんね」

憂太くん、と呼んだ時に一瞬、ほんの一瞬だけあの特有のゆらぎがあったから身構えたけど、今度は里香ちゃんが出てくることはなかった。
ひっそりと安心してから、今回の顕現の理由についてなんとなくあたりをつけてみる。
一度目は憂太くんが私に名前呼びしてもいいか聞いてきた時。二度目(未遂)は私が名前を呼んだ時。

「(異性との名前呼びが地雷なのかな……?)」

でもそれなら真希ちゃんが憂太くんのことを名前で呼び始めた時とかに出てきてもおかしくないはずなのに、そんな話は聞いていない。
けど、今回の顕現は明らかに名前呼びがきっかけだった。

「んんん……?」

「千冬さん?」

ほら、やっぱり少しだけ空気が揺らいだ。でも真希ちゃんと私の違いが分からない。何がオッケーで何がダメなんだろう。
んぬぅ、考えてもこんがらがるばかりでわからなくなってきた。
やめよやめよ、情報不足で結論を出すのは危険だ。

「そういえば、憂太くんは誕生日いつなの?」

考えるのをやめるには話題を変えるのが一番なので、目の前の彼に話をふることにした。ぱちくりと瞬きを一つする憂太くん。

「3月7日だけど……それがどうかした?」

「聞いてなかったな〜って思って。でも結構先だねぇ」

ぼんやりと思い出したのは、遠い昔の思い出だ。ふわふわの甘い思い出。

「来年の憂太くんの誕生日は、皆でケーキ作ろうね」

「ケーキ?」

「うん。何がいいかなぁ、冬ならイチゴもいい感じだろうからショートケーキもいいけど、レアチーズケーキも捨てがたいなぁ」

いきなり結構先の(しかも他人の)誕生日の予定を勝手に立て始めた同級生に対して、憂太くんは軽く首を傾げるだけだった。

「僕も一緒に作るの?」

加えてこの言葉だ。思わず笑いがこぼれた。
きっと転校したての頃ならわたわたしながら「いいよ、そんな、僕のために皆でなんて……!」って言っていたに違いない。その違いが分かる自分が、ちょっぴり嬉しい。

「食べる専門もいいけど、一緒に作ったらもっと楽しいよ」

この料理ブームが年明けまで続くかわからないけど(長くて秋くらいまでかなと踏んでいる)、一度料理への抵抗がなくなれば何かの拍子に一緒に作るくらいはしてくれるだろう。

「それに、他の四人で作ってたら仲間外れで憂太くんが寂しく思うかなって」

違う?と顔をのぞき込めば、きょとんとした憂太くんの瞳も私と同じようにゆっくり三日月に細められた。

「そうだね、きっと寂しいや」








「待って、なんか変なにおいする」

「千冬〜、卵をレンチンしたらなんか爆発した」

「そのレベルの子が圧力鍋とか無水鍋なんて買おうとしないの!」



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