祝福はいらない
冬休みに突入し、課題という課題もなく退屈な日々。親友は恋人たちと旅行に行ったらしい。実家に帰るのも面倒で一人で過ごそうと思っていた年末年始。…なんとなく、英の家に向かう。合鍵は渡されているから本人が居ても居なくても関係ないし、誰か連れ込んでたとしても帰ればいいやと軽い気持ちだった。本当に好きだと思う相手が出来たのなら妹ですと事実を伝えれば良いだけだから、気は楽。勿論自分が愛している人間に他に好きな人がいると分かれば悲しいけれど…長い間私の我儘に付き合ってくれてるのだから、これ以上は良くない。その時が来たらちゃんと手を離すと決めている。はあ、と吐き出した息が白い。
あの日から、三年が経とうとしている。
寒い、と漏らした言葉は誰に拾われるわけでもない。震える指先で鍵を差し込み捻ると解錠の音。一応出発前に連絡はしたけど返事はない、多分寝てるんだろう。持ってきた食材を運び入れながら相変わらずごちゃついた英の部屋へと踏み込み、先ずは冷蔵庫に食材を詰め込んで寝室を覗く。やっぱり寝てたみたい、布団が盛り上がっているのが視界に入ったので音を立てないように扉を閉める。どうせロクな物食べてないだろうと思ったけど冷蔵庫の中に酒しか入ってなくて妹は少し絶望した。
何品か少量で作って保存出来る容器へと移し、時計を確認すれば19時手前。仕事ならいい加減起きなくてはいけない筈だけど…全く起きてくる気配がない。年末だし休みなのか?いやでも割と稼ぎ時な気もするし…とりあえず一回声を掛けてみようと結論付けてまた寝室へ。一時間前と何も変わってない様子、寝返りくらいはしていようよ。ベッドへ腰掛けて毛布を捲るとデカい体を小さくして寝ている英が居て、寒かったんだろうと結論付ける。紫混じりの、痛んだ髪を撫でるけど起きそうにもない。
「英、休み?」
「………休み…。」
本当に?と聞き返そうとしたタイミングで手首を掴まれてあっという間に布団の中に引き摺り込まれた。寒いから湯たんぽが欲しかったんだろうけど、なんの躊躇もなくてちょっと心配にはなる。とはいえ勝手に家に入るのなんてごく一部の人間、英が気を許している人に限られているから問題はないんだろう。シンイチローくんとか引っ張り込んでないかな…シンプルにむさ苦しい絵面だ。そんな図を想像して一人で笑っていたら英の手が私の背中に回って抱き締められる。直前まで寝ていたからか、少し体温が低いような気がしたので爪先を英の脚の間へと捻じ込み隙間がないようにピッタリとくっ付く。あの香水の匂いはしない、当たり前だけど。
「作り置きしておいたから、早めに食べてね。」
「……いつもの?」
「いつもの。」
過去に薄めの味付けから食べて、と言ったけどどれがどれだか分からないと言われたので保存用の容器の蓋をカラフルにした。赤が数日以内、黄色はなるべく早く、青は割と日持ちする、という感じで分けた。色はなんとなくソレっぽいなーくらいだけど問題なく順番を守ってくれている。本当に休みかもう一度問うたら同じ返事が来て、心配なら勝手に携帯見ろとまで言うので間違いなく休みらしい。妹とはいえ勝手に見るのは流石に憚れるので言葉にはしないけど却下。というか湯たんぽにするには私もそんなに暖かくないと思うんだよね、さっきまでキッチンに居たし。でもひっついた場所は確かに暖かいからいいのかもと結論付けていれば英の鼻先が髪に埋もれるのがわかって擽ったい。背に回った腕が一段と強くなって少し苦しいけれど、心地好い。私まで寝ちゃいそう。
「英、起きないの?」
「……帰ったの、朝。」
「いやもう夜だわ。」
んー、と気の抜けた返事に起きないのだろうと判断する。手持ち無沙汰、携帯は鞄の中に入れっぱなしなんだよなぁ…携帯があったところで別に何をするわけでもないけど。というか寝るならギターを借りてちょっと練習したいのだけれど、家じゃ出来ないし。とはいえ腕の中から出ようにも力が強過ぎる。
「暇だってばぁ…。」
「オマエも寝ればいいじゃん。」
「ヤダ、こんな時間に寝たら生活リズム狂う。」
「真面目なこって。」
腕の力が緩んで、抜け出そうとする前に服の裾から背筋に触れられる。ぞくりとして、吐息を溢すが英の手は素肌を撫でるだけでそれ以上の何かをするわけでもない。くそぅ、読めない。顔さえ見れたら何を考えているのか少しくらいわかるのに。くすぐったい、と苦情を入れてみたが特に反応なし。なんなんだ、なにがしたいんだ?
「なに、スる?」
「シない。」
素肌のまま腰を抱き寄せられてもうなにがなんだか。触れるのに、否、触れるだけ。体温は心地好いのになんだか落ち着かなくて、口をまごつかせる。眠いから寝たい、寒いから抱き寄せた。本当にそれだけなんだろうな。英はこんな風にくっついてても私みたいにドキドキしないし、どうしようもない愛おしさに涙が出そうになることもない。そういう風に愛しているわけではないのだから、当たり前だけど。大切にされている自覚はあるし、特別扱いされている自覚だってちゃんとある。それに漬け込んでいつまでも兄を縛り付けているのは私で、兄はそれを受け入れてくれるだけ。分かっているし、そこには傷付かないと思っていたんだけどなぁ。胸元に顔を埋めて擦り寄ると英の掌が私の背を撫でる。甘やかすみたいに、宥めるみたいに。
「英、好きな子出来た?」
ぽつりと、漏れた。いつか聞かなきゃいけないと思っていた。英には言ってないけれど、ちゃんと愛する人が出来たら解放するから。本当は聞きたくない。また兄が私を置いて行く、そんな気持ちになりたくなかったから。でも愛しているから、ちゃんとその時は笑顔で送り出すの。ちゃんと妹になるの、全く会わないのは嫌だけど、合鍵は返す。そう決めていても答えを聞くのが怖くて心臓がさっきまでと違う意味でバクバクと忙しなく鳴る。英はそんな私を知らないから、考えるような間を置いて口を開く。
「……好きな子?」
「うん、守ってあげたいとか…一緒にいたいとか、何でも良いけど。」
「………んん?」
「好きな子出来たら、私のこと…、」
「責任とるって言っただろ、オマエは余計なこと考えなくて良い。」
「英、あのね。」
「なに。」
深く息を吸い込んで覚悟を決め胸元から顔を覗かせ見上げる。英は真っ直ぐに私を見ていたから視線が合う。黒い瞳に映る私はなんとも情けない顔をしていた。
「英がこの人と一緒に過ごしたい人と出会えてるなら私はちゃんと妹になるよ。」
「…オマエくらいだろ、オレと生きてけるの。」
「諦め早いわ。顔は綺麗なんだし選び放題でしょ。」
「オレの周り男しかいねぇけど。」
「昔から変な男にモテるよね、英。あと香水くさい女の人。」
「いい、疲れる。」
そっと後頭部に回った掌に胸元へと抱き寄せられる。まだ話は終わってないのに、と唇を尖らせた辺りで視線を感じて目だけで見上げるとやっぱりこちらを見ていて、首を傾げると薄い唇が開く。
「…オマエに好きなヤツが出来たって話だった?」
「は!?」
「違うのか。」
みんなはこの顔が気怠そうに見える、らしい。少しの安堵は分かるけど他がわからない。だってそんな目見たことないもん。そっと手を伸ばして頬を包み、親指の腹で英の唇を撫でると後頭部を支える手が滑り頬を包んで掌底辺りで顎を上げるように促され力に従うと唇が重なって、柔く食まれる。深くなることはなくて、ただ触れ合う程度。反射的に目は閉じてしまったのでどんな表情してるか見れなくなってしまったが仕方ないこととしてカサついた唇に意識を集中する。あとでリップ塗ってやると思ったけど、2秒もしないうちに拭いそうだから無駄かも。ちゅ、と軽いリップ音を立てたところで離れ、目を開けば英が私を見ている。
「英?」
「…なんでもない。」
「嘘、何もなくない。」
言って、と包んでいた頬を二本の指で摘む。頬やわい、表情筋鍛えた方が良いな、この兄は。中々言葉としては出てこないところを見ると言うべきかどうか悩んでいるんだろうということは想像に容易い。言い難いことなのかな。実はもう結婚してるとか言われたらどうしよう…いや、どうしようもなにもないけれど。私が余計なことをグルグルと考えている間に英は溜息をひとつ零してくしゃりと私の髪を撫でた。
「好きなヤツ出来たら無理にコッチ来なくていい。」
「……うん。」
「そんだけ。」
なんというか、微塵も惜しむこともないんだろうなぁと思った。兄は私が居ても居なくてもきっと良くて、この優しさは妹だから手にすることが出来るのだと改めて痛感した。知ってたはずなのに、胸が痛い。三年間私は兄しか見てなかったのになぁと喉まで出かけて飲み込む。困らせたくはない、見切りをつけられたくもない。出来るだけ良い子で居ればきっと兄は側に置いてくれる。私が本当に望む関係じゃないけど、それは求めすぎな自覚があるもの。だからせめて兄にとって出来れば居たらいい、くらいになれたらそれ以上はない。それすらハードルが高いとかではなくハードルが見えないに近しい条件じゃないか?とも思うが。
きっと兄は放っておいたら一人で生きていくだろう。真一郎くんたちは居るけれど、きっと本当の意味で英と生きていくことはない。私が知らないだけで誰かとそういう仲だったかもしんないから確定はしないけど。胸元に擦り寄って唸りながらぎゅうぎゅうと抱き着いている私に兄はそれ以上の言葉をかけることはなくて、ただ優しく…まるで壊れ物でも触るみたいに背中を撫でてくれる。ずっとずっと、この手は私をそんな風に扱う。壊れたりなんてしないのにと言いそうになったことは沢山あるが、なんとなく勿体なくて言えなかった。私だけの、触れ方。……それでも一度、離れた手。
「ごめん。」
ぽつりと漏れた。じわじわと目頭が熱くなるのを自覚して、せめて見られたくなくて顔は埋めたまま。英は少し間を置いてからなにが、と問う。何に謝っているのかわからないんだろう。困らせたくない、面倒だって思われたくない、…そう思うのに、
「英が好き。」
「うん。」
「ごめん、愛してるの、私、でも、…ッ、」
「大丈夫だから。」
「ごめんなさい…っ、」
置いていかないで、一緒にいて。理由なんてなんだっていいよ。便利だからでも、同情でもいいから。こんなに優しく触れる手が離れる間際に与えられたことも、私は覚えている。この三年、兄はずっと私を受け入れてくれていた。それがもうなくなってしまうかもしれないと思ったら途端に怖くなって、涙が頬を濡らす。ごめんなさい、いかないで、そんな風に繰り返す私を強く抱き締めてくれる。嬉しいのに、またこの体温が離れることを想像してしまって怖くて仕方ない。
「紗織。」
「ごめ、…すぐ、止める、から、」
「愛してる。」
それは確かに、兄の声。でもその愛って、私と同じ?
「オマエとは、多分ちょっと違う。オレはオマエみたいに人を愛せない。…でも、ちゃんと愛だよ。」
「英の、愛って…どんなの?」
「独占欲とか依存とか、そういうの。守りたいとか一緒に居たいとかそんな綺麗なモンじゃないよ。抱え込んで誰にも見せたくない。オレはオマエみたいに綺麗な愛し方が出来ない。」
英の手が私の頬に触れて指の腹で涙を拭う。その目は確かに私を見ていて、表情はそんなに変わらないのに、見たことない顔だ。わからないよ、英。そんな顔、したことないじゃないか。そのまま唇がゆったりと動くのを視界の端に捉えたけれど、瞳から目が逸らせない。
「初めて与えられた"オレの"だったんだ、オマエは。」
「すぐ、」
「親は”オレの”の前に両親でお互いのだったし、友達を使っても、誰かの友達だ。オレのなのはいつだって“どこかの誰かの”だったんだよ。……それなのに、ぽんと突然、知らない間に命ができて生まれて。親が抱くよりも先に“オレの”妹だなんて渡された。そん時に初めて“オレのオレだけの”妹で、そんなヤツ。誰かに渡せるかよ…そんなの、世間も一般論も法すら許さないんだから。おキレイでクソみたいな一般論で我慢してたんだから、それをオマエに壊されたら……どうしたら良いのかオレにだってわかんねぇよ…。」
はく、と唇が震えてる。喉に言葉が張り付いて音にならない。いつになく饒舌に言葉を紡ぐ兄は俯いてしまって、もう表情は伺えない。オレの、そう繰り返された言葉を必死に飲み込んで、今度は私が英の頬を包んだ。
「私ね、妹やめたいって、思ってたの。でも妹だから英は私を大切にしてくれてるんだって、だからこの肩書きを手放せないってズルいことしてたよ。」
「…なんだ、それ。」
「妹だからって、それもあるんだろうけど。……生まれた時から、ずっと私は英のだったんだ。それが、嬉しい。」
頬を撫でて口端へと唇を押し付ける。ごめんなさい、英にばっかり、考えさせて抱え込ませてしまって。
「私は一般論とか、常識とか、どうでもいいよ。だって欲しいのは英なんだもん。他人がどうとか、そんなことは気にならない。顔似てないからきっと普通に歩いててもカップルに見られるだろうし…私もう17だから旅行に行ったら結婚してるんですーって顔出来るよ?」
「オマエはもっと選べるんじゃないの。態々オレにする理由ないと思うけど。」
「私は生まれた時から英のなんでしょ?」
そう言えば兄は漸く顔を上げた。身動いでからえい、と兄の頭を胸元に抱き込んで髪に口付けを落とす。いっぱい抱き締めてくれた、それでも他に抱き締められなかったであろうその体を思い切り抱き締める。勿論、苦しくない程度に。英の腕がゆっくりと私の背に回って、さっきと逆転。そんなに傷付かなくていいよって、伝われば良いな。
「オマエは昔から、オレよりオレの感情に聡い。」
「そう?」
「すぐくん怒ってない、悲しいのって親父にキレてたよ、昔のオマエ。オレが実家にいる頃で、オマエはまだ舌ったらずだった。」
全く覚えてない。まだ知らない表情が多いとこの数十分で思い知ったが、昔から喜怒哀楽くらいは割とわかりやすい人だったと記憶している。私に分かるなら両親にだってそんなこと簡単にわかるだろうと思うが…いやでも、あの親だからなぁ。
「オレだってその時悲しいなんて思ってなかった。親父が言うように怒ってるんだろうと思ったらチビのオマエがキレて親父の脚に突っ込んでさ、ちっこい手でポカポカ殴ってんの。」
「……記憶にないなぁ…。」
「…そんなんさ、離したくないって思うだろ。」
私の胸に顔を埋めた英がぽつりぽつりと言葉を零す。ぎゅうっと胸が締め付けられるみたいに痛んで腕の力を強めると英は軽く私の背を叩くから、名残惜しいが腕を緩める。起き上がった英につられるようにして座り込むと大きな手が私の頬を包む。
「本当にいいのか。」
「……もう一度、愛してるって言って。」
きょとんと目を丸める英にはやく、と急かすと少し迷ったみたいな間を置いて、それでも真っ直ぐにその瞳に私を映す。
「愛してる。」
「私も愛してる。……好きにしていいよ、私の全部、英にあげる。だから英も、これからもずっと愛して。余所見しないで、私だけを"英の"にして?」
思い切り大きな体に抱き着く。もう一度耳元で愛していると繰り返せば、英が小さく笑う。腰と後頭部に手が回ってそのまま押し倒された。後頭部から滑らせた片手で唇を撫でる英の顔を惚けたように見る私に気が付いて、その瞳はやっぱりわかりやすい。なんで嬉しそうなのかよくわかってないんだろうなってアタリを付けて笑う。
「ちゃんと"英の"になったのが嬉しいの。」
「喜ぶとこか?」
「他の人に言われたら嫌だけど英なら嬉しい。」
「ふぅん。」
「ていうか、なんでずっと口触ってるの…くすぐったい。」
「……オマエ、もうセックスの時無理矢理口塞ぐなよ。」
「ッ、急に何言ってんの!ばか!大体最初に英が口塞いだから、声聞きたくないのかと思って…!」
「オマエじゃないのにオマエみたいだったからだろ、記憶にはないけど。」
「……どういうこと。」
「そのままの意味。」
唇から手を離して身を屈めた英が私の首に唇を押し当ててそのままキツく吸われる。じんわりと残る痛みにキスマークかと理解したが、なんだか頭がぼうっとする。まだ苦情が言い足りないのに。流れるように喉に口付けを落としてから顔を上げた英と視線が絡んで瞼を伏せると唇同士が重なった。触れるだけなのに、角度を変えて何度も触れ合えばそんな気分になりそう。口付けの合間に吐息を溢すと唇が離れて鼻先と目尻に一つずつ口付けが落とされる。すごくわかりやすく、甘やかされてる。
「……すぐくん。」
「その呼び方はチビのオマエ思い出す。」
「いや?」
「嫌ではない、微妙。」
「じゃあ、甘える時だけ使う。」
「……ンン。」
また自分で自分の感情を処理出来てなさそう。もう一度、今度は甘ったれた声で呼ぶと困ったみたいな顔をして私を見る。それがなんだか可愛くて、愛おしさをそのまま表情に乗せて首に腕を回して抱き寄せて耳殻に唇を押し当ててから耳元にそのまま言葉を吹き込む。
「恋人にするみたいに抱いて。」
「……ン。」
強請る私に短く返事をした兄は私の大好きな手で、優しく触れる。全身隈なく指先が辿って、唇が押し当てられて非常に心臓に悪かった。胸やら背中やら腰やら太腿やらに口付けされるのが恥ずかしくて何度か悲鳴をあげそうになったが…。宣言通りというか、口元に手を寄せようとしたらすぐに手を取られてベッドに縫い付けられて散々鳴された。ものすごく恥ずかしくて、恋人みたいなセックスって凄いんだなぁと惚けていたら「みたいにもなにも、恋人って括りなんじゃないのか」と至極不思議そうに問われて撃沈した。私が英のになったというだけで、関係性に名前を付けられると思っていなかったのでとんだカウンターである。
「……他の子と遊んじゃ嫌よ。」
「わかった。」
「冬休み中、こっち居てもいい?」
「いいよ。仕事の間は好きにしてな。」
枕を抱える私の髪を撫でて煙草に火をつける英をぼんやり見ながら、ジッポを放った手を取って指を握り込む。関節が太くて、長い指に唇を押し当てる。服を着るのも面倒でこのまま寝ちゃいそう。流石になんか着ておきたいところではあるけれど…でも服持って来たっけ。英に借りようかな。どのみち、こっち居ていいらしいから明日服やら取りに行かなきゃだけど。
「寝る?」
「……眠い。」
「寝とけ。」
「…隣来てくれないとイヤ。」
吸い終わったらでいいから、と続けると英が灰皿に煙草を押し付けて揉み消して隣に寝転ぶ。起きた時にはもうきっと隣に居ないけれど、それをもう不安に思うことはない。これから先はきっと私も連れて行ってくれるから怖いと思わなくていいだろう。泣き疲れも相まって瞼を閉じれば意識がふつふつと途切れる。
「おやすみ、英。」
「おやすみ。」
あいしてる、とは、言えなかった。だから起きたら言うね。そんなことを考えて、意識を手放した。
/ きなこ