サーフエリアは波乗り禁止なので、記録のためにはマンタインサーフを極める必要があった。
私はレイコ。職業はニートレーナー、副業はほぼカメラマン、そして今は何故か、サーファーである。
「まさかあの伝説のオーバーザギャラドスを極める者がいるとは…」
サーフ協会の職員を絶句させている私は、ここアローラの地で何故か波に乗っている。無論言うまでもなく、全ては記録のためであった。
海辺の記録をしようとしたところ、ここは波乗り禁止だよと言われたあの日から、私の命運は決まってしまった。波乗り禁止ならどうやって記録したら…?リザードンで上空から撮影を試みるも、やはり海への接近は禁止と言われ、これ以上やったら警察を呼びますよと警告までされてしまった私は悩みに悩み、ひとまずあの岩場の数々にカメラを仕掛けられたら…と思い至った時、マンタインと共に戦う決意をした。海に愛された女、サーファーレイコの誕生である。
彼女はポケモンジャーナルのインタビューでこう語る。
「波を怖がっちゃいけない。身を任せれば自然に高みへ連れて行ってくれる」
そう言った彼女の瞳には、大自然に愛された者の輝きのようなものがあった。
茶番はこの辺にしといて、つまり私は冒頭でも言った通り、現在四つの海を股にかけてサーフィン三昧なわけである。別に好きでやってるわけじゃないから。あの辺に生息しているポケモンを記録するため、カメラを片手に毎日海海海海よ。
なかなか苦労した…カロスでもローラースケートで散々すっ転んだけど、サーフィンはやばいね。死が見える瞬間があったもん。行きずりのマンタインと心通わせられるはずもなく、幾度となく海水を飲まされまくったが、それももはや遠い昔のこと…ニートのためなら何でもできる私は、いつしかサーフ協会から顔を覚えられるレベルに達していた。
そんな折に気付いたのである。私とスコアの追いかけっこをしている人間がいる事を。
「ビッグGって誰?」
昨日掲示板を見た時は、私が一位だった。しかし今朝になって来てみると、ビッグGに追い越されている。という事が何度か続き、まるで天沢聖司と月島雫のように、名前だけ知ってる気になるあいつ状態が保たれたまま数日が過ぎた。同じビーチでマンタインサーフをしているはずなのに、いまだに一度も顔を合わせていない。
「着流しのサーファーさ」
私の独り言に答えたのは、サーフ協会のおっさんだ。毎日愉快なアロハシャツを着ている。出会った当初は、カメラを持ってマンタインサーフなんて言語道断!という感じだったけど、やはり力こそ正義、私がスコアを伸ばし始めると、熱心なコーチへと早変わりした。あまりの熱血に私も我に返るまでは本気で東京五輪目指してたね。流されやすすぎだろ。波だけに。うるせぇ。
「着流し?」
「着物のままマンタインサーフをするんだ」
「何だそれ、サーフィンなめてんのか?」
「君もだけどね…」
勝手にカメラなんか仕掛けて…と失笑するおっさんをよそに、私はまだ見ぬビッグGに、明日またスコアを抜かれることだけはわかっているのである。
大方の記録も済み、ようやくマンタインサーフともおさらばかなって頃、突然事態は動き出した。
「あれ…抜かれてない」
いつものようにビーチに行くと、一位にまだ私の名前があった。ビッグG来てないのかなと思ったが、スコアの数字が変わっているので、どうやら決着はついたらしい。
ついに抜けなかったか、ビッグG。いかにビッグといえど渚のハイカラ人魚の名をほしいままにした私の敵ではなかった…そういう事なのでしょう。もはや自分がトレーナーなのかニートなのかサーファーなのかわからないが、所詮はひと夏の思い出の一部である。岩場に仕掛けたカメラを回収すれば、私は普通のニートに戻るのだ。
少しだけビッグGに会いたかった気もしつつ、なんか海を愛するサーファーの同志みたいな感じで話しかけられたら気まずいからやっぱやめとくわ。微塵も愛してないこんな塩水。何がマンタインサーフだよ、波乗りくらいしたってよくない?何故みんなの海をサーファーだけが利用するのか。抗議してやりたいね。
サーフ協会に怪文書を送りつけたい気持ちを堪えつつ、私はマンタインと共にカメラを一つずつ回収していく。ウラウラのビーチに到着したところで、何とも意外な人物を見かけた。
「あ、ギーマさん…」
落ちぶれギャンブラーを見かけた私は、反射的に声をかけてしまった。あまりにビーチとミスマッチすぎてスルーできなかった。象徴が真逆。こんなところで一体何をしてるんだと不審がっていれば、相手は私を一瞥したあと掲示板に視線を向けた。
ギーマさん…かつては四天王だったはずなのに何故かウラウラ島でポケモンライドの伝道師をやっている謎の男…賭けで大損して借金取りから逃げてるだとか、シャブ漬けになった体を療養させるためにアローラに来てるとか、いろいろ噂はあるけど全部やべぇやつだから正直あんまり関わりたくはないよね。靴下履かずに靴履くしよ。トレンディすぎだろ。
「私この間までそのビッグGって人と競ってたんですよ」
ギーマがじっとスコア表を見ているものだから、気まずくてつい口を挟む。すっかり差が開いた記録は、そう簡単には縮まらないだろうと思えた。教えてやろうか?オーバーザギャラドス。死に最も近い技。二度とやらねぇよ。
「君の勝ち逃げ…かな」
何だか自嘲気味に微笑まれ、まぁそうですねと適当に答える。
「でも私もうやらないと思うから…この人がずっと続けてたらいつか抜かれますよ、最近までそうだったし」
ギリギリの戦いを繰り広げていたビッグG…あんたがこんなところで終わるとは思えないからな。誰か知らんけど。私の代わりに東京五輪、頑張ってください。
「勝負は勝つか負けるか、二つに一つ…」
なんだか意味深な言葉を連ねながら、ギーマは海に向かっていくので、一瞬借金を苦にしての身投げ展開を想像してしまい、私はあとを追った。
おいやめとけよ、確かにギャンブル依存症ってしんどいとは聞くけども、でもここにはナマコブシ投げもあるし、金返す方法ならいくらでもあるって。四天王になる実力を持ち合わせてるなら尚更だよ。バトルツリーにも参加してるんだろ?負けた時の顔がやばいって専らの噂だが、そんなになるまでストイックに勝利を求めてるわけですから、負けたまま死ぬのはおよしなさいな。そして靴下を履きなさい。そんな金すらないというのか?
「ただ稀に…歩く道すべてが勝利に繋がっている者もいる…君のようにね」
上から目線で生を促す私であったが、哀愁漂うギーマにそう言われてしまうと、もはや言葉がなかった。
そう、私は人生負け知らずのぬるま湯天狗女だ…負け犬の気持ちなんてわからないのかもしれない…ストーカーのように毎日私のあとで記録塗り替えていくビッグGの気持ちもわからないし…普通に気持ち悪いな、でも向こうからしたら私も同じだったのか?心外。
あの頃は対等だったのにね、ビッグG…と掲示板の文字に触れ、勝者の葛藤を抱いていると、いつの間にかギーマはマンタインの上で仁王立ちしていた。それサーフ用のマンタだから乗っちゃダメですよと教えようとした時、私は不意におっさんの言葉を思い出す。
ビッグGは、着流しのサーファーだと言っていたあの言葉を。
「着流し…」
相変わらずノー靴下の男は、どこからどう見ても着流している。
着流し…着流し…。
着流しか!
「自己ベスト更新のお祝いに…私の本気を見るといい」
お前かい!ビッグG!
遠くから高い波がやってくるのと同時に、ギーマは海へと乗り出した。慣れた様子でマンタインと息を合わせ、何故か乱れない着物をたなびかせながら、高波の上で華麗な回転を決める。
一回転、二回転、三回転、四回転…。
で、出〜!オーバーザギャラドス!
涼しい顔で波に乗り、いろんな意味で遠くへ行ってしまったギーマに、私は力なく手を振った。全然死ぬ気ないなあの人。超元気だった。心配して損したわ。
人のことを無敗と言っておきながら、全く勝利の道を歩かせる気がないギーマの野心に引きながらも、引退を決めた私は、彼が人生のビッグウェーブに乗れることを祈るばかりである。
頑張れよ、東京五輪。種目があるかは知らんけどな。