ジョウトの旅も佳境という事で、私はそろそろうずまき島の記録に行かなくてはならないという現実から、目を背け始めていた。
私の名はレイコ。図鑑No.249のポケモンに何だか嫌な予感を覚えながらも、アサギシティから海の真ん中に鎮座する巨大な島を見つめていた。
だってマジだりぃよ。海の洞窟って山より嫌なところあるわ。どう足掻いたって濡れるし。そもそもうずしおを使える奴がいねぇ。どこかでポケモンをレンタルしなくてはならないという点も、足取りを重くさせる一因である。
きっかけがないままだらだらと時間ばかりが過ぎていき、とりあえず一回下見に行こうと決め、浜に落書きをしている時だった。思わぬきっかけが訪れたのは。
「レイコ?」
砂に攫われていくオーキド博士の落書きを慌てて消しながら、私は振り返る。声をかけてきたのはまさかのまさか、この旅で腐るほど遭遇したツンデレであったのだ。
ツンデレというのはもちろん本名ではない。度重なる彼のストーキング行為はいつの間にか示談になっていたが私は被告の本名を知らないままだし、何故か向こうは私の名前を知っているにも関わらずこちらへの情報開示は一切なし、しかし唯一知っている事が私にもある。それはサカキの息子だという今世紀最大の告白であった。一番知りたくねぇよ。
「何やってんだ」
「いや…あの島に行こうと思うんだけど、うずしおないからどうしようかと思ってたところ…」
久しぶり、元気?などという挨拶は、我々の間には存在しない。あるのはいつも戦闘、罵倒、ド突き、そして多少マシになったコミュ力だけである。
急に仲良しこよしになれるはずもないので探り探り答えると、ツンデレ氏はしばらく考えたあとで、とんでもないことを言い出した。
「俺のオーダイルを貸してやる」
What's?
思わず異国語が出てしまうほど、それは衝撃の発言だった。
マ?お前そのオーダイル…あれじゃん、盗んだやつだろ?今や大事なパートナーと化したポケモンを、私などに貸す…?理解できずに肩をすくめる。
だってお前そういうタイプじゃなくない?ないない!どうしちゃったの?私たちの間には友情が芽生えていたの?ていうかお前のポケモンと波に乗ったり渦を越えたり滝を登ったりする自信ないけどこっちは。途中で投げ出したりしないか?鳴門海峡で死ぬのはごめんなんですけど。
手放しで拝借できない心境を見透かしたのか、言葉を詰まらせる私に、ツンデレは非常にツンデレらしい事を言って萌えキャラである事を再認識させた。
「勘違いするなよ、お前には借りがあるからな」
どれだろう。心当たりはないが、あるといえばありすぎる。ド突いた詫びとかな。三年くらい借りても足りんわ。
どうやら本当にただの親切らしい。泥棒、ストーカー、当たり屋などから足を洗ったツンデレの心を無下にするのも何だと思い、というかまたグレられても困るので、私は素直にレンタルさせていただく事にした。
「それじゃお言葉に甘えて…夕方には戻るから。ありがとう」
どうせ今日は下見だ。ひとまずオーダイルで行ってみれば、うずまき島探索にどんなポケモンが適しているのか把握できるし、レンタル時の参考になる。間違ってもこれ以上手持ちは増やさない、何故ならニートには必要ないから。これ終わったらもう旅しないから。絶対。フラグじゃねぇよ。
こうして借りたオーダイルは、ツンデレのポケモンのわりに言う事は聞くし、有能だし、おとなしいし、ストレスフリーだったので、何だか逆に怖くなりつつも、無事夕刻にはアサギの浜辺に戻ってこられた。
一体何なんだこのオーダイルは…訓練されすぎてないか?動きに無駄がねぇ。トレーナーがあれだからさぞかし凶悪なのかと思いきや全然いい子だったため、ツンデレも根は悪い奴ではないんだろうなと私は考えを改める。悪いところがあるとしたらそれは目つきと、あと血だな。血筋が極悪すぎんだろ。
「助かったよ。よく育ってるね、オーダイル」
夕陽をバックに、私はツンデレへオーダイルのボールを返却した。
久しぶりにまともな波乗りを経験したわ…うちのカビゴンはバタフライしかできないからな…水飛沫を撒き散らす害獣と言われても否定できない。カントー帰ったら平泳ぎの練習しようね。いやもう波乗りする事もないだろうけど。ないない。ホウエンとか行かねぇし。
不吉な予感を抱く私をよそに、ツンデレはボールを受け取ったあと、何やら険しい顔をしたまま動かない。俯きがちでどう考えても不審だったが、出生などがデリケートすぎる少年に、ニートは何と声をかけたらいいかわかるはずもなく、つい一歩後ずさる。
「じゃ…私はこれで…」
とりあえず逃げよう。面倒事の気配を察知した私は、人間性の低さを露呈しながら街に向かって歩き出す。
オーダイルを貸してくれたのは助かった、助かりすぎて記録もオーダイル同伴で行いたいくらいだけども、それとこれとは別だから。身に覚えのない借りはこれでチャラなんで。ここから先は別々の道ですよ。私と君に馴れ合いは必要ない…そうだろ?これからも良きライバルとして切磋琢磨していこうじゃないか。龍の穴にお帰り。どうか服のセンスだけは変わりませんように。
「おい!」
ツンデレの旅の無事を祈るモードになっていると、そう簡単にイベントが終わるはずもないので、彼は私を追って波打ち際を走ってくる。さすがに浜でド突かれて転ぶのはごめんだったので振り返ると、ツンデレは私に向かって手を伸ばしていた。やっぱド突きだ!と思ったが、今日はとにかく予想できない事ばかり起こる。
「待てよ…!」
言いながら、彼は私に封筒のようなものを押しつけた。白くて清潔感のある…まるで手紙みたいな装いである。
しかし、ここでツンデレの前科を考えた私は、何か怪しい文書に違いないと全力で警戒した。償っても犯した罪は消えない、そう感じさせる一コマだった。
なに!?何の封筒!?督促状とか!?連帯保証人になれって話なら絶対サインしませんからね!この世でなってはならないもの、それは犯罪者、連帯保証人、そして研究者の娘である。リーチかかりそうじゃねぇかよ。
謎の手紙に心臓をばくばく言わせていると、ツンデレも何故か焦ったような顔をしていた。やはり曰く付きだな…?と確信した時、手紙は私の手の中から消える。
「やっぱり返せ!」
そう言うと、ツンデレは渡した手紙を何故か奪い返し、そしてついでと言わんばかりに私を突き飛ばして浜辺から去っていった。夕陽をバックにイナバウアーさせられた私は、何とか転ばずに態勢を立て直す。あぶねぇ。頭が砂に埋まるところだった。
だからなんでいつも突き飛ばすんだよ!と叫び、去りゆくツンデレを横目に私もアサギへ向かって行く。
何だったんだ、もう全てが何だったんだ?何もわからん。オーダイル貸してくれる優しさを見せたかと思いきや、曰く付きの手紙を渡し、でも奪い返して去っていくという情緒不安を疑う行動。大丈夫かお前。カウンセリング受けた方がいいんじゃないのか?親が犯罪者の子供は周りの大人達が慎重にケアしてやんなきゃ駄目ですよ。とりあえず逃げかけた自分は棚に上げ、もうさっさと忘れて腹ごしらえしようと食堂に入った。夕方なのでまだ空いていた。
お礼に飯くらい奢ってやればよかったかな…と思いつつ、カウンターに座ってメニューを開く。ちゃんと飯食ってるのかなツンデレ氏…食いすぎてサカキみたいにガタイのいい体になっても嫌だけど。あんなん二人もいたら地獄だろ。
妙なことを考えたせいで食欲が減退した私は、一度メニューを閉じて溜息をつく。すると、後ろのテーブル席の声が自然と耳に入ってくる。
「ねぇ、さっきの男の子…うまくいったのかしら」
何気なく視線を向けると、老婦人が二人、サバの味噌煮定食を食べていた。私もそれにしようかな。
「熱心にラブレター書いてて微笑ましかったわね」
「若いっていいわねぇ」
「ちゃんと渡せてるといいけど」
そのやり取りだけで、ここら辺で若い男の子がラブレターを書いていた事を把握した。
ラブレターかー…今どき古風だな。でもこの文明が発達した時代にこそ手書きの文字がグッときたりするもんだよな。古い食堂の温かみのある手書きのメニューを見ながら頷き、私はサバの味噌煮か生姜焼き定食かで悩み続ける。
気付けば後ろの婦人たちは、これまでもらったパンチの効いたラブレター大喜利を始めており、血文字で…という物騒な言葉が出てきたところで、私は聞き耳を立てるのをやめた。戦場かよ。
でも私も人生で一度くらいはもらってみたいもんだな、ラブレター。
さっきそのチャンスが訪れそうだったのだが、いつの間にか消滅していた事を、レイコは知る由もないのであった。