これの続き。
買い物の帰り、息子とポケモンセンターのカフェに寄った。やはりエネココアはアイスで飲む方が美味い、と舌鼓を打っていた時、偶然耳にした声から、ティータイムを楽しむどころではなくなってしまう。何故なら主婦は噂話に耳を傾けずにはいられない、いや、傾けなくてはご近所さんの話題に乗れない時さえある、悲しい宿命を背負った生き物だからだ。
「内緒にするように言われた?」
静かなポケセン内で、大きめの声を出した青年に、私の視線はナチュラルに注がれた。のんびり時が流れているアローラとはいえ、平日の昼間からポケセンで駄弁っている若者とは珍しい。
よく見ると声を上げた青年は重力に逆らった髪をしており、その話し相手の青年は赤い帽子を被っている。友達にしてはタイプが真逆っぽいが…。
「何でお前とレイコが出かけた事を俺に内緒にする必要があるんだよ?」
二人とも神妙な面持ちなので、もしかしたら揉め事なのかもしれない。いや揉め事のわりに帽子の男の子は一切喋ってないけど。なんで会話成立してんの?
「あれ…グリーンとレッドじゃない?」
「え?」
エネココアそっちのけで青年達を凝視していたら、息子が突然そんな事を言った。青年らを指差したあと、ポケセンに置いてあった雑誌の一部分を見せてくる。
すると、バトルツリーにレジェンド参戦!という記事があり、まさにあそこで揉めている二人の写真が掲載されているではないか。
バトルツリーってあれだよね…なんかすごい強いトレーナーが集まる施設…それのレジェンドって事はめちゃくちゃに強いんじゃないの?なんでそんな人たちがこんなとこで揉めてんのよ?しかも女の話っぽいし。
これはスキャンダルの予感…と耳をすませ、息子に向かって私は人差し指を立てる。
「大体…偶然会っただけだろ?お前らが何してようが俺には関係ないね」
椅子に背を預け、重力逆らい髪のグリーンはぶっきらぼうに言い放った。
何の話なんだろう…とりあえず赤帽子のレッドが、レイコって子とデートした事は把握した。そしてそれを?グリーンには内緒にしてねと言われた?感じかな。
三人がどういう関係なのかはわからないが…デートを内緒にしたいってのはそれなりに理由がある気はするね。意味深。
しばらく似たような問答を続けていた二人であったが、程なくして急に静かになった。様子が気になって振り返ると、先程より二人の表情が険しくなっている事に気付く。相変わらずレッドは喋らないのに、グリーンは相手の言わんとしている事が全てわかっているみたいなのが私には不思議でたまらなかった。謎話術。
「…やましい事があるから隠すんだろうって?」
え?レッド今そんなこと喋った?全然聞こえないんだけど。蚊の鳴くような声なの?確かにモスキート音って若い時にしか聞こえないって言うけども。
「…俺とレイコが?あるわけないだろ。レイコだぜ?」
レイコだぜ?と言われるような子ってどんな子なんだろうな…皆目検討もつかないけれど、バトルレジェンドの二人がこうして揉めてるくらいだから只者ではないのでしょう。
もはや隠す事もなく聞き耳を立て、謎の三角関係の行方を追った。息子には適当に注文して、と促し、何だか久しぶりに胸が高鳴っている自分に少し笑えた。隣の奥さんの不倫騒動以来だわこんなにドキドキするの。泥沼離婚してたけど。
「とにかく、俺とレイコはなんにもない。別に?お前らが仲良くラプラスに乗ってハートのアーチをくぐろうがどうでもいいし?」
どうでもよくないなこれは。全然どうでもよくなさそうだ。
なるほどね…と名探偵主婦は思わず口角を上げる。グリーンの方はレイコの事が好きなんだろうな。どうでもいい振りしてるけど内心嫉妬の炎がヴェラ火山よ。そしてレッドもレイコが好きだから、ああやってグリーンを問い詰めているんだろう。
でもレイコがデートしたのがレッドなら…レイコが付き合ってるのはレッドって事になるのかな?しかしそれなら、デートした事をグリーンに隠すのはおかしい…。レイコが付き合ってるのが仮にグリーンであるならば、別の男と不倫デートした事を隠したがるのはわかる。でもあの様子だとグリーンと付き合ってる様子はない…という事は二股ってわけでもない…。
ええ?一体どういう関係?
「レイコはどっちとも付き合ってないんだと思うよ」
「え?」
悩んでいると、突然息子がそう言った。お前も聞いてたんかい。
「どっちとも付き合ってないのに内緒にしてほしいって言われたから、二人はお互いに怪しんでるんだよ。お前レイコの何なのさ?って」
「なるほど…」
一瞬息子の背後に江戸川コナンが見えた。私は目をこすり、確かにそれなら二人の話の矛盾にも納得がいく。どっちもレイコとは交際事実がないから、内緒発言を不思議に思ってるんだ。ていうか付き合ってないなら内緒にする意味ないしね。自由恋愛よ。
じゃあ何で内緒にするんだろ?レイコの本命はどっち?
「秘密にしたい理由があるのかな?」
「それはレイコが二人をキープしたいからだろうね」
「キープ」
どこでそんな言葉覚えたの?ママなんだか来月からお前を島巡りに送り出すの心配になっちゃったよ。
キープかぁ…とまさかの悪女展開に私はエネココアを飲み干し、それでもレイコを愛しているらしい二人を見て少し眉を下げた。
そっか…キープしてるから内緒にしてほしいって事か…グリーンの方に流れた時に、お前レッドとデートしてただろ!って問い詰められたら困るもんね。そういう事…。
じゃあ二人とも…騙されてるんだ…かわいそうに…彼らのご両親はさぞかし心配でしょう…。
グリーンとレッドは互いに、やましい事があるのはお前だと言い張って疑心暗鬼を募らせている。しばらくして立ち上がると、どちらともなくモンスターボールを取り出していた。
「…やっぱ俺たちはこれで白黒はっきりさせるしかないみてーだな」
ポケモン勝負だ!
レジェンドの勝負が見られるよ!と勘定を済ませ、私達は外に出た二人を足早に追った。
ラッキー!修羅場に付き合わされるポケモン達は気の毒でしかないけど、こんなのもう一生見られないかもしれないよ。どこの誰だか知らないがレイコさんありがとう、罪な女で。早くどっちか選んであげなよ。でも友達同士で女を取り合うって切ないな…タッチみたい…いやそれだと片方死ぬやん。
「俺が勝ったら正直に話せよ!いや別にどうでもいいけどお前とレイコの事なんか!」
どうでもいいと言うたびにどうでも良くない事が露呈していくグリーンと、ラプラスに二人乗りしている写真をチラつかせて相手を挑発するレッドの、仁義なき戦いが始まった。集まってきた野次馬は、まさか二人が女を取り合って勝負しているなんて夢にも思っていない事でしょう。
息子は来月11歳になる。島巡りを楽しみにしているが、くれぐれも悪い女には引っかからないでほしいと願うばかりだ。そんな母の思いとは裏腹に、息子は初代アローラチャンピオンの記事を、羨望の眼差しで見つめているのであった。