運命の底

本当に仕事をしているのか怪しいプラターヌ博士に、私は呼び止められていた。
ミアレには度々訪れる。理由は都会だからだ。いろいろ揃ってるから買い出しに便利だしね。今日も今日とて免税店で買い物をし、そのあと街をうろついてたら博士に出会った。華麗なるナンパスキルでカフェまでのこのこついて行ってしまい、コーヒーを奢られているのが現状である。

「ここは面白いカフェなんだ」

熱いうちにコーヒーを飲もうとしたところで、博士は突然そんな事を切り出した。

「100個あるコーヒーカップのうち、二つだけ底にハートマークが書いてある」
「はぁ」

雑学か。さすがカフェ巡りを極めただけの事はあるな。どうでもいいけど。
底…?と私はカップを持ち上げて下を覗き込む。すると、内側だよ、と言われたので、コーヒーを飲み干せば出てくるという事らしい。店内を見ると、全て同じデザインのコーヒーカップを使っているようで、パッと見違いはわからなかった。

「偶然ハートのカップを引き当てたカップルは幸せになれるって話なんだよー。まぁ客寄せのために流した噂だろうけどね」

ロマンチックな発言なあとにドライさを披露され、私は失笑した。
なるほどね、パッと見他のと変わらないコーヒーカップ…ランダムで配布される中、たった二つのカップを同時に引き当てるという天文学的確率、確かにご利益はありそうだ。四つ葉のクローバーや茶柱みたいなもんだろう。カフェが有り余っているミアレ、客引きのために施された工夫は、まさに企業戦略と言える。確かに周りはカップル多いし。

「なかなか面白いと思わない?」
「だけど、そんなの店員がいくらでも細工できるんじゃないですか?」

楽しげな博士に水を差す、そう私は現実的な女…このご利益の裏に隠された穴を指摘した。
だってコーヒーを注ぐ前は底のハートが見えてるんだろ?だとしたら店員が推しカプに作為的にカップを運ぶ事もできるわけだ。そんなの全然運命的じゃないね。仮に引き当てても信用できないな、と肩をすくめれば、その反応を待っていたと言わんばかりに博士は身を乗り出す。

「それがだね」

ここでカフェ雑学王の真価が発揮される。

「お湯を注がないと柄が浮き出ないようになってるんだよ!」
「な、なるほど…」

なんか楽しそうだなこの人…他に話聞いてくれる人いないのかな…フラダリさんとは友達らしいが、確かにこんな話はしなさそうというか、してどうする?って感じである。で?って言うわさすがのフラダリも。私も言いたい。で?

温度で色が変わるコップとかよくあるからな、その原理か。本当に運試しらしい。いろんなのがあるもんだと感心して、それならだらだら喋ってないで熱いうちに飲まなきゃとカップに口をつける。コーヒーは普通に美味しかった。どう考えたって当たるわけがないと思いつつ、それでも人は宝くじを買ってしまう生き物である…もしかしたら、とギャンブル精神が疼いた。
とはいえ本当にハートが出たらそれはそれで困る。当たったカップルいるんですか?と雑学王に尋ねようとすれば、相手はわずかに笑みを浮かべながら、目を輝かせていた。

「もし二人ともハートがあったらどうしようか?」
「二人とも?それはないですよ」

統計学くらいやってるでしょ博士。まぁ私は主人公だから?数々の奇跡というか厄介事を起こしてきましたけども?でも博士は所詮イケメンの脇役ポジ…簡単にミラクルは起こせまい。友達が実はラスボスだったくらいの奇跡でも起こしたら事情は違うかもだけど。
不吉なビジョンを一瞬浮かべながら苦笑し、徐々にコーヒーを減らしていく。絶対ないだろうが、もし当たったら…そうだな…二人で宝くじを買いに行くのがいいんじゃないかな…来てると思うよツキが。

「僕は当たると思うなー」

能天気に何故かそんな事を言う博士に、この人実は馬鹿なんじゃないか?と疑いかけたところで、私は主人公特有のミラクルを発揮してしまった。

「あっ」

あと一口、というところで、一瞬何かが見えた。隠れミッキーくらいの控えめさで、底に小さなハートが現れたのだ。
で、出た!マジックカード発動、夢主ミラクル!このカードを装備したプレイヤーは跡部様に面白い奴だなと言われたり、雲雀恭弥に風紀委員に入れられたり、無駄なフラグが乱立する効果を得られる!
いらねぇよと突っぱねながらも、2/100をもぎ取った興奮は私にもあった。満点を自慢する子供のように、見てプラターヌママ!と博士にカップを差し出す。すると相手も同じタイミングでカップを見せてきて、目を凝らすと、そこには私が見つけたハートと同じものが刻まれていたのだ。

マジ?マジ卍?

「ほら!」

ほらじゃねぇよ。絶対おかしいだろ。
そんなわけあるかと二つのカップを凝視する。しかしどう見てもハートであった。熱を失って消え始めていたが、確実にハートの中のハート。にわかには信じられず、私は首を傾げる。
お前店員に賄賂でも渡したのか?だって絶対おかしいって!こんな確率ある?ないない!いくら私が主人公でもさぁ!いや私が主人公だからかな!?そうかもしんない!私の主人公属性が広範囲に渡りすぎてプラターヌにまで及んでしまったというのか。
もう降板したい主人公。重役に押し潰されそうになりながらも、博士が何故あんなにも自信満々だったのか気になり、私はカップの底を覗きながら尋ねた。

「…なんで二つともハートがあるって思ったんですか?」

まさか統計学を極めて…?マジで仕事しろや。

「レイコさんは僕の運命の人だからかな」

出たナンパ師!カロス人はナンパしないと死ぬって本当だったんだ!

「左様ですか…」
「いやいや、本当なんだって!」

こりゃ確実に店員と癒着があるな…と冷ややかに相槌を打ち、私の冷気で冷めたカップからは、完全にハートが消失した。
この人…いろんな女をここで口説いてるのかもしれない…これはガチで聞きたいんだけど本当に仕事してるよね?私が言えた義理じゃないけども。頼むぞチャラターヌ!と心の中で激励すれば、博士はちょっと残念そうに笑った。

「だけど、君にとっては違うのかもしれないね…」

あんまり残念そうに言うもんだから、そんな事ないよ!と言いかけた。私なんて下手だから…とメンヘラる大手絵描きを慰めるフォロワーのように。そんな事ないですよ博士!博士が今から石油掘れば確実に運命の赤い糸で結ばれるし!
石油というワードでハッとし、私は立ち上がった。
そうだ、ツイてるうちに宝くじ買わなきゃ。

「すいません博士、私行かなきゃならないところがあって…」

小銭を出しかけると、ご馳走するからと言われたので微塵も遠慮せずお言葉に甘えた。サンキューチャラターヌ。ナンパで破産すんなよ。

「あと運命って自分で切り開くものだと思うから…まぁ…そういう感じです」

どういう感じ?自分でも意味不明な事を口走りながら、癒着カフェから立ち去って行く。
そう、運命は切り開いていくもの…待ってるだけじゃ石油王は来てくれない、自ら赴かなくては!宝くじ売り場へ!
当たりますように…と祈りながら、そういえばさっきの流れだとまるで私が博士との運命を切り開きに行ったみたいだな…と今さらになって思い、でもどうせ向こうも戯れのナンパだろう、気にする事ないさ。心はすっかり宝くじに向いている私は、こうして振り撒いた思わせぶりな言動に後々悩ませられる事を、今はまだ知らないのである。