男の趣味が似てる

空間研究所に行った時から、確かにカイリューの様子はおかしかった。いつもはよく食べるのに、飯も喉を通らないといった様子で落ち込んでいたので、何とかかんとかコミュニケーションを取ってみると、白衣と薬指の指輪のジェスチャーをした。すぐにククイ博士に関わる事だと気付いた私は、その時点で疑問は解決したも同然であった。

「早く教えてあげればよかったね…博士が既婚者だって…」

ごめん寝の姿勢で泣き崩れるカイリューを慰める私は、初めての事態に直面していた。
手持ちの失恋である。

私はレイコ。アローラの地でバカンスを楽しんでいるはずもないカントー人だ。いつも通り記録の旅に出て、現地の博士に協力を仰ぎながらアローラを一周中である。この現地の博士、つまりククイ博士がいつの間にか私のカイリューのハートを射止めていたというものだから驚きである。
確かにククイ博士、これまでの博士の中では若手に分類される。良くも悪くも博士らしくない親しみやすさがあり、裸白衣はドン引きだけど、性格は嫌いじゃないね。あんまり厳格な博士だとプレッシャーで死ぬしな。
そんなククイ博士が既婚者だというのは、初対面の時から気付いていた。薬指に光る指輪である。見逃さないからそういうの。私はしっかり把握してたけど、カイリューは気付いてなかったんだな…バーネット博士に出会うまで。

息子や娘の恋愛事情を何となく知りたくないあの心理がわかるだろうか。それと同じで、私も自分のポケモン達の恋愛問題は極力避けてきた。
特にカイリュー、気の多い奴である。とにかく人間のイケメンに興味津々で、Nにも人の個人情報をべらべら喋るという裏切りを披露してたから、今回も一夏の恋って事ですぐに立ち直るだろうと思ってたんだけど、どうやらガチだったらしく困っているわけだ。夜中になるとすすり泣き、私も喪女だからろくな慰めもできず手を焼いていた。

無理だよ恋愛の話はさぁ…私は石油王にしか興味ないし、クソガキと変人にしか好かれないやばい女だぜ?まともなアドバイスなんてできるわけない。そもそもカイリューの性別すら知らんし。メスでいいのか?いやそれは偏見だな…オスかもしれないし、どっちにしろ不倫は人道にもポケ道にも反してるから諦めるしかない。
気持ちはわかるよ?ククイ博士…かっこいいからな。色んな事に理解があって、形式にとらわれない良さがある。だからあんなやばい格好してるんだよな。頭がおかしいかおかしくないかと言えば確実におかしいけど、その高すぎる包容力は非常に魅力的…そしてそういう男は当然結婚してる。好きになった時点で詰みなの。出会うのが遅すぎたのよ、アムロとララァのようにな。

私はあの手この手でカイリューと向き合った。ククイ博士を慕う気持ちに同調したり、しかし家庭のある男を愛するのは罪深い事だと厳しく諭したりもした。それでも割り切れないのが心というものである。とにかくこのままでは旅に支障が出るため、私はついに荒療治でいくことに決めた。

「わかった、ククイ博士に直接聞こう」

決意を告げると、カイリューは一瞬戸惑った顔をしたが、スルーしてボールに押し込む。
これまでどんな勝負にも勝ってきたが、それでもやはり思い通りにならない事はあるのだと、私達は痛感する。少し大人になった夏であった。


「よう、レイコ!元気かい?」
「レイコさん、暑い中お疲れ様です」

歴代最ボロの研究所に足を踏み入れると、ククイ博士とリーリエが笑顔で出迎えてくれた。いつもの風景だが、今日は愛しさと切なさが込み上げてくる…いざ博士を目の前にすると、何だか我が事のように胸が痛んだ。あなたはどうしてロミオなの?って気分。こんな日焼けしたロミオ嫌だけどよ。

「すみませんお仕事中に…どうしても聞きたい事があって…」

私はカイリューのボールを両手で握りしめながら、真剣な顔で博士の前に立った。その神妙さといったら、お茶を出そうとしたリーリエが手を止めたほどだ。
いつか…時が解決するかもしれないけど、でも私は一刻も早くカイリューに立ち直ってほしいんだよ。立ち直るにはまず、ぽっきり折れてもらわないといけない。誰を想うのも自由…でも悲しい恋はいつまでもつらいだけ…そうだろ?何よりこの純粋な想いが博士の迷惑になる可能性がある。愛した男を困らせるようなポケモンにはなってほしくない!親として!お前もなりたくないだろ!?博士のためにも捨てよう!この恋!

「あの…もし…」

口を開くと、手の中でボールが震えた。悲しみの振動が胸に響くわ。お前の涙が見えるよ、私には。

「好きな人にパートナーがいたら…博士はどうしますか」

私の問いかけに、リーリエがハッとしたように口元を覆った。乙女同士、通じるものがあったのかもしれない。あとで一緒にカイリューを慰めてくれるか。悲しみの咆哮で海が割れたから命懸けの励ましになるけど。
突然の質問でも博士は茶化さず、そうだな…と呟きながら、真剣に考える素振りを見せた。こういうとこだよ!罪深いのは!
軟派なサーファー男のような外見をしながら、純粋で一途というこのギャップね。服装はやばいし年頃の女児を研究所に住まわせてるのもやばいけど、普通にいい人。その優しさが色んな人を無意識に傷付けてしまっているのでしょう…ククイ夢って大体そんな感じ。切ないね。

「難しい問題だね」

だよな。わかるわ。だから聞いてる、直で。本人に。でもあなたの言うことが私達にとってはアンサーだから、ありのままの姿見せるのよ。少しも寒くないからさ。
不倫、確かに色んなケースが考えられる。夫婦関係が冷めきっていたり、家庭内暴力が横行してるパターンとか、まだ婚姻関係にないから寝取ってもギリセーフとか、まぁいくつかあるけども、今回は完全にこっちの過失だからね。100対0なんで。それで考えていただけたら結構です。
もはや震えているのが私の手なのかカイリューなのかわからない中、博士はついに答えを出した。最高裁の判決は…?

「僕なら、その人が幸せだったら…諦めるよ」

その時、歴史が動いた。ボールの震えが止まり、ある意味死刑判決を下され、私は肩の力を抜く。求めていたとはいえ容赦ない台詞に、安心と落胆が同時に襲いかかった。
大人だ…ククイ博士…自分の気持ちより相手を思いやるべしと諭すその姿…まさに悲恋夢の鑑ですよ。その言葉が聞きたかった…とブラックジャックのような事を思い、カイリューが涙の海で溺れる前にボールから出さなくてはと後ずさる。
ありがとうございました、と博士に深々と頭を下げ、取り急ぎ用件のみで失礼しようとすれば、最後に裸白衣の変態に呼び止められた。

「レイコ!」

振り返った私とカイリューに、博士はトドメを刺した。いま楽にしてやるからなと言わんばかりに。

「泣きたい時はいつでも胸を貸すぜ」

借りれない、その胸だけは!
優しさがつらすぎて、私は走って研究所を出た。ボールを放り投げ、出てきたカイリューは真っ先に海に飛び込み、しばらくすると巨大な水柱が立った。兵器。飛沫と共に舞い上がったコイキングの怯えた目が脳裏に焼きつくよ。
海中で泣き喚く生物兵器を見守っていると、研究所からリーリエがやってきた。私の怪しい様子を不審に思ったのかもしれない。いま海には近寄らない方がいいよ、シン・ゴジラいるから。

「レイコさん…」

大きな瞳を潤ませながら近付いてきたリーリエは、全てを悟ったように深く頷く。
そうか、リーリエ…お前カイリューの気持ち知ってて…。一緒に泣いてくれるかい、優しい子だな…さぞかしお母さんの育て方が良…くねーよ。毒親だったわ。

「レイコさん…博士のこと…」

そうなんだよ、と相槌を打ったところで、何だか文脈がおかしい事に気付く。

「今はつらいかもしれませんが…私…レイコさんが新しい恋を見つけられるように、応援します…!」
「レイコさんが?」
「兄様とかどうでしょうか…!」

何かが妙だと感じながらも、リーリエから差し出されたグラジオの盛りすぎな写真を受け取り、私は首を傾げる。元気出してください、とがんばリーリエポーズを取る彼女に、何故私が厨二病患者をおすすめされているのか気付いた時には、彼女は研究所の中だった。

「いや私じゃねーよ!」

カイリューの話!やばい誤解しないで!
何やらとんでもない勘違いをされてると気付き、今から弁解に走ろうかと思った。しかし海から上がったカイリューが飛沫を撒き散らして水浸しになったので、完全にタイミングを失う。
ふざけないでくれるか?私があんな変態裸白衣を好きなわけねーだろ!金持ってなさそうだし!家もヨットもボロい!ポケモンの技を自ら受けるマゾ野郎だぞ!よくあんなのと結婚したなバーネット!確実ヒモだろ!気が知れねぇ!
熱い掌返しを披露し、次会ったら絶対訂正しようと誓う。カイリューの道ならぬ恋なら微笑ましいけど、私の不倫はガチすぎるだろ。CERO:Aなの忘れてんじゃないのか。
博士も勘違いしてなきゃいいけど…と生贄にされたグラジオの写真を握りしめていたら、カイリューがそれを素早く奪い、浜辺でじっと見つめ出す。その表情は恍惚に満ちており、こっちもこっちでスピーディーな掌返しを展開していたので、私はもう二度とお前の失恋を慰めはしないと決意した。
言っとくけど五割増しくらいで盛ってるからな、そのグラジオ。フォトショの無駄遣いやめろ。