クルージングに行こう、と跡部様みたいなことを言ったダイゴに連れられ、私はイッシュの海を眺めていた。
PWT開催中のこの国は現在、どこへ行っても賑わっている状況だけど、さすがに海の上は静かである。青空の下、一体いくらするのかわからない飲み物をグラスに注がれながら、私は息をついた。
ダイゴさんとはホウエンで出会って以来の知人関係である。知人にしてはいろいろあった気もするが、想像力が足りないよって感じの私は他に言い表す表現が見つからないので知人だ。そもそもPWTに来てる知人的な人はみんな知人だ。私にコミュ力がないからそれ以上の関係性になれない事を如実に表している、それがこのポケモンワールドトーナメントよ。放っとけ。
「どこまで行くんですか?」
自家用クルーザーにわざわざ誘うくらいだから何かあるのかと思いきや、ひたすら世間話と石トークばかりなので、単純に暇潰しだったのかもしれない。他に友達いないのか?と心配しつつ、私はぼちぼち忙しいため、行き先の確認をした。こっちは秒速ニート目指してんだわ、海に長居してる時間はねぇ。
するとダイゴは何やら意味深に微笑んだあと、遥かな海を見つめ黄昏はじめる。クルーザーの上で優雅に髪を揺らしながら遠い目をするイケメン…私が画家だったら思わず筆を取っていた事でしょう。これがタイタニック号ならディカプリオと同化してたかもしれんな。死ぬやんけ。
そう広くないヒウンの海である。軽いドライブみたいなもんだろうと思っていると、何やら思わせぶりな発言が飛んできた。
「帰さないって言ったら?」
「え?」
普通にカイリューで飛んで帰るけど…というマジレスはできなさそうな雰囲気に、私は口を閉ざす。
なんだそのイケメンのみに許された台詞は…お前じゃなければ誘拐の罪で起訴も有り得たぞ。たまに変なこと言うから今回も御曹司ジョークかと思いきや、ダイゴは茶化した風もなく私を見つめ微笑んでいる。まるで誰も僕たちを知らないところへ行きたいとでも言わんばかりの…あらゆるしがらみから逃れ、自由の海へ飛び出したい、そんな願望でもあるみたいな表情は、私の心をざわつかせた。
おかしいとは思ってたんだ…知人に過ぎない私をダイゴさんともあろう方がクルージングに誘うなんて…交友関係も広いだろうに、わざわざ私のようなクソニートを…いやお前も大概ニートだろうけどよ…つまり何の肩書きもないニート同士の方が気楽だということ…?
「なんか…つらい事でもあったんですか?」
「え?」
深読みの結果、悩みなら聞くよ?と憐れむ視線を向けた。まぁ金持ちは金持ちなりにいろいろあるだろうしな…逃げ出したい時だってあるさ。わかるわかる。私もいつも労働から逃げたいもん。わかってねぇよ。
一瞬ポカンとしたダイゴだったが、しばらくすると何故か笑い出したので、私はわけがわからず目を細める。何わろてんねん、この私が珍しく親身になってやってんだぞ。なるほど、大変ですね、の2パターンしか相槌を持っていない私が。クソ役立たず。
「レイコちゃん、きみ…面白いよね」
「は?」
「そろそろ帰ろうか」
「は?」
二回聞き返したがな。マジで何?今のどこに面白要素あった?かつてないほど真面目だったんだが?
ツボのわからない男に首を傾げ、まぁお気に召したならいいですけど、と私は海を眺める。港に着く頃には夕陽が見れそうだ。連れて来られた目的は微塵もわからないままだけれど、まぁダイゴさんも…気を遣わず気分転換がしたかったという事でしょう。そういう事にしよう。悩みもないみたいだし。羨ましいな、これだから金持ちは鼻につくぜ…庶民を従えクルージング、いいご身分じゃねぇか。私も絶対石油掘ってやるからな。そしてダイゴさんよりいいクルーザーを買って新宝島に連れて行ってやる。その時ダイゴはこう言う事でしょう、今夜は帰りたくない…と。
想像力が足りすぎている私の横で、不意にダイゴは呟いた。
「…なかなか手強いな」
やっぱPWTで倒せない相手がいて悩んでんのかな?と見当違いのことを考える私は、金では買えないものがある事に、気付かないままである。