草食系

ウツロイドの神経毒にやられると、抑制心が欠如し、本能のまま行動する下等生物に成り下がってしまうらしい。

「おい!大丈夫かよッ?」

倒れた私に、グズマが駆け寄ってきた。ここですでに一つ語弊がある。
私は倒れたのではない。横になったのだ、自らの意思で。


ハイナ砂漠で連日記録に追われている私は、近くでたむろしている元スカル団の連中と顔見知りになったり、たまに差し入れをもらったりしながら日々を過ごしていた。
砂漠での記録は過酷だ。道に迷ったら死ぬし、とりあえず結構な確率で死ぬ。異様な暑さや寒さは人間をおかしくさせるもので、精神的にもかなりくるから、レッドとかは元々イカレてんだろうなと心底思う。

そんな時、元スカル団のドロップアウトボーイ&ガールが、姉ちゃんこれ飲みなよと美味しい水を差し出してくれて、あまりの優しさに渇いた心が満たされるのを感じた。道を踏み外してしまった彼らだが、きっとまたやり直せる…そう感じさせる一コマであった。
そんなこんなで元ヤン達と交流している中、今日は珍しくグズマさんの姿があったので、一応声をかけるかと手を挙げた時だった。世間話するような仲ではないけど、無視するのもどうかと思ったので駆け寄ると、相手は何故か、志村うしろうしろ!みたいな顔をして私を見る。どこかを指差しているようだった。

なに。八時じゃないけど全員集合?
私の後ろか?と振り返ったと同時に、そいつは現れた。至近距離で奇妙な鳴き声を発したかと思うと、擦り抜けて上空へ飛んでいく。忘れもしない、アローラに来て初めて見たウルトラビースト。

「ウツロイド…!」

刺された被害者が犯人の名を呼ぶかのように、私はかすれた声で呟いた。瞬間、私の中で何かが崩壊していくのがわかった。
世間体とか、世間体とか、まぁ…世間体とかが薄れ、ウツロイドに毒を注入された事もわかったけど、もはや全てがどうでもいい。
ほとんど倒れ込むようにオアシスの近くで転がったところで、冒頭に戻る。

アローラ初チャンピオン、ウツロイドの神経毒に倒れる!という見出しが出るかもしれない。とんでもない間抜けをやらかした私は、グズマさんに抱き起こされながらも、全ての気力を失っていた。
これ死ぬのか?死にはしないよな?死なないならいっか。せっかく涼しい水辺でグズマがちょっと暑苦しいけど、私は立ち上がる気力を失っているので身を任せる。

「あー…働きたくない」
「はあ?」
「グズマさん…これさっきの変な奴に何かされたんじゃ…」

だらける私の様子を見て、下っ端ドロップアウトボーイが声をかける。ウルトラビーストだよ、と教えてあげれば、グズマはエーテル財団に連絡しろと下っ端に命じた。

「ウツロイドの毒にやられた人は本能的な行動に走るんだよ…危険なポケモンだから気をつけなきゃ…」
「…で?それがお前の本能的な行動か?」
「もう一生ここで暮らすから放っといてくれ」

ここでたんぽぽ食って生きるから!と私はグズマを押しのけた。
なんだろう、全てから解放された気分だ…やりたい事を人目を気にせずやる、なんて心地いいんだろう。贅沢を言えば柔らかい布団の上で寝転びたいけどな。でももう疲れた…度重なる砂漠探索で俺の体はボロボロだ…。
寝よう、と目を閉じれば、下っ端ボーイが引き気味に呟く。

「なんか…イメージ違うっスね…チャンピオン」

その言葉に、私の心にヒビが入った。地味に気にしていた事をズバリ言われてしまい、余計に無気力になる。
そう、私はアローラチャンピオン…。いつものように流れでチャンピオンとなってしまった私だったが、しっかりとしたシステムの出来上がってないアローラリーグでは、辞退問題を巡って現在、物議が醸されている。
私はアローラに留まる気はないので、当然チャンピオンは辞退だ。今までもそうしてきた。しかし今回は、初めてのリーグ、そして初めてのチャンピオンである。私が辞退したら、じゃあ次は誰がチャンピオンに?という問題でいろいろ調整がなされている段階であった。普通に申し訳ないし、なんか私みたいなのが初代チャンピオンでいいのかなって思って、砂漠みたいに何もないところにいると余計にいろいろ考えちゃって、だからウツロイドにも刺されちまうんだよな。愚かだ…もう誰にも迷惑かけずここでごろごろして生きていくから放っといてほしい…ロトム図鑑Wi-Fi繋がってるから快適だし。

「どうせ私はクソニートですよ…これが実態!アローラの姿!レイコのリージョンフォーム!」

下っ端に向かって怒鳴ると、普通に謝られた。かわいそうに…ニートの八つ当たり食らって…本当にすまない…もう捨て置いてくれんか。これが理性を失った私だから。ずっとだらだらしていたい、そんなしょうもない欲望が一番でかい人間なんだよ。がっかりしただろこんなチャンピオンで。あ?おい。責めろよ。好きなだけ罵倒しろ!チャンピオンがウツロイドのせいで覚醒しちゃったら世界が滅びるんじゃ…!みたいな展開を想像したのにこんなにも無害で驚いただろうが!平凡。あまりに凡人。
思えば他の地方のチャンピオンも立派な人ばかりだった…血統書付きのドラゴン使い、大手企業の御曹司、美人の考古学者、大女優、そしてアデクは…お前だけニートじゃん。働けよ御隠居。

「チャンピオンらしくなんて生きられないよ…」

たんぽぽを毟って口に入れようとした時、見かねたグズマが私の腕を掴んで止めた。グズマさんもこんなニートがチャンピオンでさぞかし呆れている事でしょう…と罵倒を待っていたが、彼が呆れていたのは私のニート性ではなかったようだった。

「チャンピオンらしくってなんだ?」

まぁ一番は変人…ってところかな。ほら私は普通だから…とてもあんな頭おかしくはなれないですよ。自称平凡な女の子を気取っていると、グズマは溜息をつく。

「お前が最初のチャンピオンなんだからよ、そのままのお前がチャンピオンらしい姿だろ!」

まさかの激励に、私は思わず感動してしまった。あの落ちぶれヤンキーのグズマが私を励まして…?何者にもなれない、しかし俺は俺というアンサーを見つけた彼の言葉だからこそ、私の胸にズガドーンと響いた。下っ端も感動で泣いていた。
グズマ…い、いい奴だなお前…ただの美魔女専の局地的な性癖を持つ難儀なチンピラと思ってたけど…さすが落ちぶれた人間にとってはカリスマ性を発揮するボスだけの事はある。誰が落ちぶれニートだよ。
思わず感激の抱擁を交わしたい衝動に駆られ、そして衝動を抱いた時点で行動に移してしまう状態の私は、勢いのままグズマに抱きついた。
ありがとう…!私らしくがチャンピオンらしく!そうだよ、ニートがチャンピオンになるのが嫌なら阻止してみれば?って感じだもんな。実力主義だからポケモンリーグは!私が気にする事じゃねぇよな!
さすがに暑苦しくなってきたので離れようとすれば、先にグズマが私を突き飛ばす。おい。病人だぞ。

「な、何やってんだ!わけわかんねぇ!」

まさかお前に何やってんだと言われる日が来るとは…世も末だよ…あー動きたくない。いろいろすっきりした事だし、やっと安心して寝られるな。
突き飛ばされた状態のまま私は目を閉じ、オアシスのせせらぎを聞きながらまどろみへ落ちようとする。すると頭を叩かれ、死ぬほどグズマに怒鳴られたが、もはや目を開ける気力はなかった。


「ん…?」

気がつくと、私は白いベッドで寝ていた。知らない天井…と碇シンジの気分で呆然としていれば、エーテル財団の制服を着た姉ちゃんが近寄ってくる。
あれ…私なにしてたんだっけ?

「気が付いた?疲れてたのね。ウツロイドの毒はほとんど消えたからもう大丈夫よ」

その言葉で思い出した。
そうだ、私あのクラゲ野郎に刺されたんだった。それで道の真ん中で横になって…何だか醜態を晒した気がする。勢いよく起き上がり、蘇ってきた記憶に項垂れた。
おいおいおい!クソニート暴露しちまったよ!よりによってスカル団の連中に!ていうかここどこ!?財団の病室!?何人の人間にニートを知られたんだ!?
偉そうにドロップアウト軍団やポケモン保護団体を蹴散らしたからにはエリート優等生と思われていたかった…!と私は唸る。ニートにやられたとあっちゃまたグレるかもしれない、あの集団。ドロップアウトがドロップアウトニートに更生される物語普通に嫌だろ。
恥だ…生き恥だ…特にグズマにはやばいことをしてしまった気がする…殴られるかもしれない…壊れたテレビ叩いて直すタイプの奴だから…。
しばらく砂漠行くのやめよ、と誓い、私は財団の人に恐る恐る尋ねる。

「あの…グズマさんは…?」

途中から記憶ないけどグズマさんが介抱してくれたのかな?面倒見良すぎ。私も行き場のないドロップアウト奴だと認識されて同情された可能性があるな。心外すぎるわ。

「さっきまでいたけど帰ったみたい。それはお見舞いじゃないかしら?」

窓辺を指しながら財団の姉ちゃんは笑う。見ると、美味しい水のペットボトルにたんぽぽが三本ほど生けられていた。まさかと思うけど花瓶のつもりだろうか。心温まる不良のエピソードみたいにするのやめてくれんか?泣いちゃう。
もう食わねぇよと悪態をつきながらも、優しいとこあるじゃんとたんぽぽを触ってほっこりする私であった。当分会いたくないけどな。