空中分解

買い物帰りに優雅に空を飛んで家を目指していると、突然カイリューが後ろを気にし始めた。いつもは唯我独尊我が道を行き、すれ違うピジョット、ヨルノズク、ファイヤーなども総スルーのカイリューが度々振り返るため、これは只事ではないと私は姿勢を低くする。
私の名はレイコ。無職だ。無職とはいえ主人公なので、常に背後には気をつけて生きねばならないという悲しい宿命を背負っている。
ファイヤーすら無視するカイリューだ、余程のことがなければ振り返ったりしないだろう。スカイバトルとかいうクソ仕様戦闘になったりしなければいいが…と懸念していたところで、私にも後方から迫る飛行物体が視認できた。風に舞う布が近付いてきて、何故布が舞っているのか?と考えた時、心当たりが頭をよぎった。
布っていうかあれ…マントなのではないかな?

「ワタル…」

本人に聞こえていないのをいい事に、私は呼び捨てで相手の名を呟いた。
ワタルやんけ。制限速度オーバーしてるぞお前。交通法も進化レベルも守らないのはさすがにまずいだろ。
どうも向こうが私を見かけて追いかけてきたらしい。カイリューに速度を落とすように伝え、私は横付けしたワタルに手を挙げた。

「どうしたんですかこんなところで」

並行しながら声をかけると、相手は何か言っているようだったが、風の音で何も聞こえない。カイリューは翼の構造上、飛ぶ時の音が決して小さくはないのだ。ぶっちゃけるとうるさい。ある程度の速度があれば無音に等しくはなるんだけど、人の形を保っていられる速さでは騒音と呼んで差し支えなかった。
こんなところで何してんだろうワタルさん…暇じゃないだろうに。いや暇なのか?これまでの記憶を掘り返し、一度も忙しそうな場面を見た事がない私は、チャンピオンという職種の在り方について思いを巡らせてしまう。
マジで普段何やってんだろうなこの人達…今度どっかでリーグ勝ち抜いたらチャンピオンの契約書見てみようかな…いやもうどこの地方も行かねぇけど。フラグじゃなくて。

不吉な予感を抱いていると、騒音で意思疎通が出来ない事態を見兼ねたのか、ワタルは私に向かって手招きをしてくる。さすがにこれ以上はぶつかるから近付けないぞと首を振ったが、それでも尚対戦相手を挑発するようなタイプの手招きで私を呼びつけるワタルに、もしかして飛び移れという事かもしれないと気付いて、率直に眉をひそめた。
いや危ないから。お前私のこと生身の人間だってわかってるか?ターミネーターじゃねぇぞ。まぁ行けなくもないけどさ。ターミネーターでした。
危険を犯してまで呼びつけるんだ、余程大事な用でもあるのかもしれない。私はわずかに上昇し、位置を見計らって真上からワタルの元へ飛び降りた。
移動手段にプテラを使っていた頃は常に死と隣り合わせだったからな…その点カイリューは仮に落ちても助けてくれるという安心感がある。プテラのおかげで空中旋回にも慣れてしまった己の悲しみに涙しながら、私は何とかワタルに支えられて着地した。マント邪魔!

「久しぶりじゃないか」

そして狭い!なに悠長に挨拶してんだ?足場足場!確保させてよ!
着地したはいいが狭すぎるカイリューの背で、バランスが取れず私はワタルの手を離せない。うっかりマントを掴んだら弁償しなきゃならないかもしれないから、いろんな意味で命懸けだった。邪魔なんだよそのマント本当に!よくそんなもん着て空飛べるな!パーマンなの!?

「大丈夫かい?」
「いや普通にやばいですけどね!」

落下の恐怖に怯える私を見兼ねたのか、ワタルはカイリューの速度を落とすと、躊躇いなく肩を寄せ、私の体を安定させた。あまりのスマートさに思わず素直に身を預け、チャンピオンの包容力の高さに感心が止まらない。
なに、今の。この私がセクハラだと野次を飛ばす事もできない高度なテクニックだったんだが?普通にモテそうで腹立ってきたよ。沸点低いからよ。

「これなら聞こえるだろ?」

間近で囁かれると、イケメン耐性の低い私は一瞬テンパった。しかしいちいち体に当たるマントが邪魔で己を取り戻す。マントに救われる日が来るとは…人生の汚点。ニートは毎日汚点だけどな。うるせぇわ。
何やかんやで冷静さを取り戻し、ひと息ついたと同時に私は尋ねた。

「それで…何か御用でしたか?」

一度態勢を整えれば安定感のあるカイリューの背で、私はマントを払いのけながら口を開く。優雅に風を浴びるワタルは余裕綽々で、中島みゆきの歌に出てきそうな風情すら感じるほどだった。破壊光線事件さえなければ印象も違っていた事でしょう。トラウマ。
まさかこんなシータとパズーみたいな事させられるとは思わなかった…と私は溜息をつく。結構雑なんだよなこの人…私に言われたくはないだろうけども。
こちらの問いかけに、ワタルは思い出したように軽く頷くと、至って普通のテンションで至って普通の事を言いのけたのである。

「どこに行くのかと思って」

用事ないのかよ!
衝撃の世間話に、私はまたバランスを崩しかけた。
飛び降りさせといてそれ!?マイペースが過ぎる!カンペとかで聞けよそんなもん!何なんだよ!この人本当に何なの!?全然中島みゆきじゃなかった、嘉門達夫だわもはや。
帰るところだよ!とアンジャッシュ児嶋のように怒鳴れない私は、脱力して大きく息を吐く。すでに家への曲がり角は通り過ぎたので、いろいろどうでも良くなってきた。もう何でもいいわ、どうせニート。毎日が日曜日よ。
ちょっとラピュタまで…とイケメンすぎるパズーに告げれば、心外にも笑われたので半ギレしつつ、結局セキエイまで世間話をしながら飛行するのだった。もう外出は電車だ電車!