アローラ・サンライズ

これの続き。


人工ポケモンであるシルヴァディは、現在グラジオしか所持しているトレーナーがいない状態である。
ヌルはあと二体いるみたいな話を聞いたけど、あの凶暴なポケモンを懐かせて進化させるという苦行をやってのけたのは彼だけだから、私はグラジオに会わねばならなかった。理由は金である。
メモリでタイプを変えられるというシルヴァディ…エーテル財団がデータを公開しないというので、私が独自に調査を依頼された。依頼主は実父だ。何の研究に必要なのか尋ねたら、趣味ですと返ってきたので一度は唾を吐いて断るも、五万出すと言われたため引き受けたという、クソ親父とクソ娘の道楽に付き合わされるシルヴァディとグラジオが憐れな物語が、今ここから始まるのであった。

というわけで私はリーリエにグラジオの行方を尋ねていた。なんかカントーに修行に行って最近戻ってきた的な話聞いたから、妹にくらい行方を告げているだろうと踏んでたんだけど、何を勘違いしたのか、リーリエは安堵したように息を漏らす。

「レイコさん…考えてくれたんですね、兄様のこと」
「は?」

グラジオどこに行ったか知ってる?と聞いたらこの返答で、正直全く会話は成立していなかったが、これだけの情報で私は察してしまった。そう古くない記憶が呼び起こされる。
そうだった、カイリュー騒動のせいで私、ククイ博士にマジLOVE2000%って誤解されてたんだった。
嫌な事を思い出し、しかし思い出さなければ誤解を解く事ができなかったので複雑な気持ちになりつつも、私は口を開こうとする。
危ねぇ、完全に忘れてたよ。博士には愛し合う妻がいる、だから新しい恋を探そう、手始めに兄はどう?と雑な感じでリーリエにグラジオを紹介された私は、第一印象から決めてねーよと思いながらも、何やかんやタイミングを失って弁解の機会を得られずにいた。そのまま忘れていたが、親父の趣味のおかげでチャンスが巡り、たまには役に立つじゃんと2ミリほど見直す。もう二度とないだろうけどな。

「レイコさんが姉様なんてちょっと不思議な気もしますが…でも嬉しいです!」
「あのさ、リーリエ…」
「兄様…あまり表には出さないけれど…とても優しい人なんですよ。家族思いで傷付いたポケモンも放っておけなくて…それに本当はきっと…母様も…」

切り出しづれぇ。重いわ全てが。
家族事情が複雑すぎるリーリエにお通夜みたいな空気を出され、今さら恋バナも兄への興味のなさも、そしてグラジオみたいな坊ちゃんはどう考えても庶民ニートの私を愛さないという事実も一気に伝えづらくなってしまい、心底頭を抱える。
どうしてくれんだよこの空気…もはや無理だろ。兄推しの激しいリーリエに、グラジオはちょっとタイプじゃなくて…とか言うのも何様?って感じだしよ。人間誰しも拒否する権利を持ち合わせている事はわかっているが、私は人間関係を良好に保ちたい世間体重視のジャパニーズ…彼女を傷付けずにこの旅を終わらせたい、その気持ちがあまりにも強すぎた。
ご家庭の話…本当やめて?泣けてくるから。そういうの弱いの。イワンコが草原を駆ける映像だけで泣ける女だぞこっちは。年取って涙腺緩くなった話はやめろ。

とりあえず、博士の件だけでも抹消するべきだろう。私が裸白衣の変人を愛しているという誤解は死んでも解きたいし、不倫絡みは本当にやばい。事実がなくても怖いから。日本とアローラの法律、厳しさが違う可能性もあるしね。前科なしの真っ当なニートとして生きるために、ひとまずグラジオには犠牲になっていただこう。あとで彼と口裏を合わせればいいだけの事だ。
私は笑顔を張り付け、突然片言になりながらリーリエに応えた。

「正味な話…博士の事は何とも思ってないけど…でもグラジオがいい奴なのは知ってるから…良ければもう少し親密になれたらと思って…」

苦しい。日夜エリートトレーナーみたいな顔してニートを隠して生きている存在が嘘のような私だが、こんなマツヤ的な違和感全開の日本語しか話せないとは。意図して男に気のある素振りができない。喪女力五億かよ。
ダシにしてすまんグラジオ、と心の中で謝り、さすがのリーリエも嘘っぽさに気付いたかと懸念したが、彼女は嬉しそうに目を輝かせたため、奇跡の純粋さを持ち合わせていて良かったと痛感する。
セーフ。今しがた騙した私が言うのも何だがお前本当詐欺とかに気をつけた方がいいぞ。いくら平和なアローラとはいえ何があるかわからんからな。普通に心配。とはいえお姉様になって生活指導をしてやる事はできないから一人で強く…生きてくれ。何が嫌って義母がルザミーネさんになるのがシンプルに嫌。何故?と言われても嫌、シンプルに。嫌いとかじゃなくて単純に嫌。わかってくれよこの繊細な気持ち。
どうかこの一家が健やかに過ごせますように…と完全他人モードで祈っていれば、リーリエが突然大きく口を開け、驚いたような顔をした。まさか親disがバレたかと焦り、いや別に嫌いとかじゃなくてぇ!と言い訳しかけた私に、衝撃の展開が訪れる。

「兄様…!」

後ろを見て叫んだリーリエに、私は凍りついた。何となく状況が読めていたが、勢いよく振り返り目を見開く。するとそこにはアローラの太陽と大自然が広がって…はおらず、リーリエと同じ美しいプラチナブロンドが佇んでいた。

「グ、グラジオ…」

聞いてたのか、この茶番を。
嘘をつき、その嘘を守るためまた嘘をつき収拾がつかなくなっていくというあの悪循環が私の中に浮かんだ。
いつの間に現れたのか、居たたまれなさそうに無言を貫くグラジオは、お馴染みのポーズのせいで顔は見えにくいけれど、そこはかとなく頬が赤らんでいた気がする。間違いなく聞かれてたなこれは。自分に関する恋バナって…気まずいよね、わかるよ。思わず私も同じポーズで頭を押さえる。
まずい事になったぞ。今のやり取りだと完全に私がグラジオに気があるみたいだ、片言のマツヤだったとはいえ。
彼には元々あとでダシに使った事を謝るつもりではいたが、こうなってくると言い訳っぽくない?べ、別にあんたの事なんて本当は好きじゃないんだからね!っていうツンデレに見える事ない?全てが不本意。みんなカイリューのせい。グラジオが登場してからボールの中でアピールが激しいけど絶対出してやらねぇからな。
急展開なのに双方微動だにしないから何も進まない状況で、あわあわするリーリエを見兼ねたのか、妹思いの兄はついに現状打破のため口を開いた。

「レイコ…」

想像してたより重い声に私はびびる。

「俺はまだ…お前に相応しいトレーナーじゃない…!」

暗にフラれたわ。普通に心外。
しかし言葉が上手いグラジオに私は少し感動した。配慮を感じる。私を傷付けまいと台詞を選び、お前は悪くない、これは俺の問題なんだと言わんばかりに目を伏せ、優しい振り方を選択した…なかなかできる事じゃないですよ。いい子か?さぞかしお母さんの育て方が良…くねぇんだなこれが。毒親。

「そんなの関係ないです!」

もしかしたらグラジオなら話せばわかってくれるかもしれないと思い始めた時、リーリエが丸く収まるのを阻止するような声を上げた。

「自分の気持ちに素直になって…」

追い討ちやめたげてよぉ!ついでに私も追い詰められるよぉ!
素直になったら手酷くフラれるだろうが!と私のプライドが悲鳴を上げ、リーリエもういいの!と小声で制する。
本当にやめて。振ったことはあっても振られたことはないこのレイコ、好きでもない男に勘違いで振られるなんて事があったら立ち直れないかもしれないでしょ!デリケートなんだからね!
このままだと収拾がつかなくなるかもしれない。焦った私はリーリエにアプローチをかけるのはやめ、グラジオの方へ歩みを進めた。
リーリエは駄目だ、リーリエには私が博士を諦めてグラジオを愛し始めたという誤解をし続けてもらわなきゃならないんだから、ここで下手な行動を取って振り出しに戻るのは避けたいところである。となると攻めるべきはグラジオ!お前の誤解を解く!私のプライドを守るためにも!
ちょっとツラ貸せよ…と校舎裏、いやカフェにでも誘おうと突き進む私は、もしかしたら鬼気迫る顔をしていたのかもしれない。グラジオは青くなったり赤くなったりしながら後ずさり、終いには声を張り上げてまで私の進行を止めた。

「待て!」

突然の咆哮に、私は犬のような従順さで停止する。

「俺にはまだ…やるべき事が残っている…」

ちょっと落ち着いたのか、厨二ポーズをする余裕が出てきたグラジオは静かにそう言い、私はだるまさんがころんだ状態でそれを聞いていた。シリアスっぽいから動きづらい事この上なかった。

「それが終わったら…お前に聞いてほしい事がある」

真剣な面持ちで告げられ、私はあまりの迫力に思わず頷いていた。ものすごく遠回しにはぐらかされた気がするが、リーリエもそれ以上は何も言わなかったので、去りゆくグラジオを二人で静かに見守った。その誠実な背中に、私は一体何をしていたのか一瞬忘れ、いつまでも待つよ…みたいな気持ちにさせられる。すぐに覚醒したけど。
いや待たねーよ。フラれた上にはぐらかされたじゃねーか。何の時間だったんだよこれ。やっぱ誤解はすぐに解かないと駄目だな。反省しました。そして二度と手持ちの恋愛事情に口を挟まないと誓う。自分で何とかしろ。
もはやどうでもよくなってきた私に、リーリエはエンディング感を醸し出しながら呟く。

「兄様…レイコさんのこと面白いトレーナーだって言ってたんです」
「どういう意味かはあえて聞かないでおくわ」
「あんな風に笑って誰かの話をする兄様…私はじめて見ました。だから…」

そうリーリエが話している時、私は突然思い出した。どうして彼女の元を訪れたのかを。大事な記憶が瞬時に蘇ってくる。
そうだ、誤解を解くためでも、それをさらに悪化させるためでもない、私がリーリエにグラジオの居場所を聞きに来た理由!

「五万!」
「えっ?」

叫んだ直後に走り出した。
馬鹿か!親父から五万せしめるためにシルヴァディの記録させてもらおうとしたんじゃん!なに忘れてんだよ!いやあんな事あったら忘れると思うけども!
五万はでかいしそもそも何の誤解も解けてねぇ!と私はグラジオを追い、全速力でアローラの地を駆けた。ライドギアで呼んだリザードンがなかなか来ないので、もはや違法でも構うまいとカイリューに乗ろうとしたが、何故か不機嫌で乗せてもらえず徒歩を余儀なくされる。
何でだよ!あんなに慰めてやったのに!ブチギレる私には、カイリューの失恋事情が大体自分のせいである事に、恐らく一生気付かないのだろう。