ガバイトがいる事はわかってる。巣があったからな。にも関わらず姿を見せないものだから、私は絶望に覆われていた。
「どこに隠れてんだよ…!」
ハイナ砂漠から出た私、ポケモンニートレーナーのレイコは、憎しみを吐露しながら地団駄を踏む。
最近砂漠の記録をしてるんだけども、何日粘ってもガバイトが見当たらないのだ。いるのはわかっている、目撃証言もある、巣穴に使っていたとみられる場所も見つけた、でも本人がいない。砂と一体化して現れるのを待ってみたりもしたけど、マジで都市伝説レベルにいねぇ。
カメラの隙間に入った砂を掻き出しながら、憤りに任せ私は地を這うような唸り声を出す。
野郎…何なんだ一体…本当どこにいるんだ?メグロコを痛めつけて悲鳴を聞いたガバイトが駆け付けてくる作戦も考えたけど、なんかそれは良心に反したし、それで出てくるなら普通にその辺で生活してるだろって事で毎日通ってるわけ。砂漠に。シティガールのこの私がだよ。なんかカプのお膝元だからか知らないけど、定点カメラ設置してても次の日になると何も撮れてないし電源切れてんだよな。完全に超常現象。Xファイルだろ。もう早く帰りたい。私の玉のような肌が日焼けしたらどうしてくれんの?夢主なんですけど?
「お前それ何付けてんだよ?」
アクロマにガバイト発見マシンでも作ってもらおうかと考えていたら、挨拶もなしに誰かに話しかけられ、私は気だるい体を振り返らせる。
この辺でたむろしてる連中といえばドロップアウトボーイ&ガール、つまり元スカル団なので、まぁ大体相手は予想していた。砂漠から出てくるクレイジーな女に話しかける奴なんて他にいないしな。放っといて。遊びでやってんじゃないんだよ。
「グズマさん…何スか…」
思わず下っ端口調で話しかけてしまったが、私は一度もドロップアウトした事などないのでその辺は誤解しないでいただこう。いつだってエリートトレーナーコース。そんな有能な私に気安く話しかけてきたのは、ドロップアウト中のドロップアウト、元スカル団ボスのグズマだった。今は更生して真面目にトレーナーをやっている。たぶん。知らんけど。
「なんか付いてんだろ、髪」
「髪?」
いきなり何かと思えば頭を指され、私は言われるがまま髪に手を伸ばす。私に憑いてるのはNの生き霊だけのはずだが…と触ってみたところ、確かに硬いものが髪に絡まっているようだった。何これ怖っ!
「え、何?何っぽい?何っぽいですか?有機物じゃないよな!?」
「知るかよ」
テメェが話しかけてきたんだろ!最後まで責任持てよ!
塩対応のグズマにキレながら、私はリュックに手を入れ鏡を探す。死角になってて見えん。そういやさっき砂嵐っていうかトルネードに巻き込まれたからその時になんか絡まったのかもしれない…硬いから石だろうか…そうであってほしい…ポケモンの死骸の一部とかだったら何も笑えん。
相変わらず余分な物が多いリュックで、鏡がすぐに出るわけもなく、私は焦りながら荷物の中をかき分ける。マジで何度同じ過ちを繰り返す?あれだけ整理整頓を誓ったはずだろ!この痴呆!
過去の自分を叱咤していると、見兼ねたのかイラついたのか、グズマが私の髪を掴んだ。雑!
「…あ?なんだよこれ…随分汚れてやがる…」
「石?石ですか?取ってくださいお願いします」
もはやプライドを捨ててお願いすると、グズマはだるそうにしながらも、私の髪をかき分け始めた。優しい。やはり地に落ちたクソ人間にはそこそこ優しいなグズマ。放っとけ。
はじめはくすぐったいくらい丁重に扱っていたグズマだったが、一向に取れない現状に痺れを切らし、今度は強引に引っ張り始める。石のような硬い何かと、グズマの指の骨が何度も頭にぶつかり、無数の脳細胞の死を私は感じた。さすがに耐え難くなって声を上げる。
「いてぇ!ハゲるハゲる!」
「ハゲねぇよ!何なんだよこれどうなってんだッ?お前の髪おかしいだろ!」
「おかしくねーよ!砂嵐で絡まったの!いつもは仲間由紀恵なみにキューティクルあるから!」
失礼なことをほざくグズマに反論し、もう結構ですと言ったにも関わらず、相手は意地になったのか、人の髪にダメージを与え続けた。毛根殺す気か。何だか鬼気迫る表情が恐ろしくなり、アローラの大地で健やかに育った巨体を押しのける。
近い近い!顔が怖いんだって!遠藤憲一といい勝負だから!お前の方が自分の顔鏡で見た方がいいんじゃないか!?貸してやるよ!出てきたらだけど!
「もういいってグズマさん…!お気持ちだけで…!」
「待て!動くんじゃねぇ!」
髪を狙われるラプンツェルにでもなった気持ちでいたら、グズマの乱暴さがやや軽減した気がし、私は言う通りに抵抗をやめた。ごそごそ言ってる髪を心から心配しつつも、先程とは明らかに動きが違う。
もしかして取れそうなのか?毛根を痛めつけた甲斐があったのかも。ひょっとしたら痛めつける必要は全くなかったかもしれないが。人選間違えたわ。
自分でやればよかったと後悔していると、グズマは私の後頭部に腕を回し、いよいよ作業も佳境であると告げてくる。もはやグズマの胴体以外何も見えん。近い。暑い。こんなもう…砂にまみれたニートの髪を一生懸命解いてくれなくたっていいのに…変なところで面倒見いいからな…めちゃくちゃ痛かったけど。加減を知らずに肩に乗った小鳥を握り潰してしまう化け物かよ。
忙しいグズマとは裏腹に私はあまりに暇すぎて、もうスカル団のでかいネックレスしてないんだな…とのんきに考えていたら、グズマはどんどん前のめりになり、という事は私はどんどん相手に近付くことになってしまって、公衆の面前で何をやってるんだと今さら現状を把握した。
待ってもういいわマジで、やめて本当。ゲートの前で立ってる人とか完全引いてるじゃねぇかよ。突然痛みを訴え出したと思ったら抱き合ってるかのようなポージング、デートDVだと思われたらどうしてくれんだ。優しさが仇になる!そんなの悲しすぎるって!
マジにやめろや!と猫パンチという暴力に出れば、それは完全に逆効果であった。抵抗すればするほどグズマは私を押さえ込み、このままではジュンサーさんを呼ばれてしまうかもしれないと焦りを覚えた時、急に相手は私から離れた。
思い切り息を吸い、取れたか!?とすぐさま髪を触る。乱れた毛髪の中に、もはや硬いものは感じられなかった。正面を向くとグズマの手の中に謎の塊があって、やっとデートDVから解放された事に安堵する。
よかった…引きちぎられるかと思った…頼むからシティガールの毛髪は丁重に扱ってくれ田舎の元ヤンよ。あなたとはもう終わりね、私たち別れた方がいいと思うわ。一切の交際事実なかったけど。
「なんだこりゃ…?」
「見せてよ」
頭を押さえながらグズマに近付き、得体の知れない物体に首を傾げる相手の手元を覗き込む。そこには砂で汚れた石のようなものがあり、しかし形が妙な気がして目を細める。
なんだこれ。化石?硬そうではあるけど。試しに爪を食い込ませると、砂の塊が欠けたので、私はハッとしリュックに手を差し込んだ。
こ、ここだ!使い道がなかったコンビ二のおしぼりの出番は!
片付けられない女でよかったと石を拭いていくと、中から何やら輝きのようなものが見え始めた。高価な石なんじゃない!?その場合グズマさんと山分けしなきゃならないのかな?毛根の治療費として全額私にくれよ。
金の亡者と化した私は一心不乱に石を磨き、そしてピンク色に光るそれが頭角を現した瞬間、ピタリと動きを止める。
あれ…この色…この形…この輝き…知っている気がするぞ…アローラに来て衝撃を受けた数々のあのポーズが、いま鮮明に蘇る。
「ぜ、Zクリスタル…!」
しかも消去法的にエスパーZ!
なんで!?何をどう経由してここに!?カプのご加護!?いらねぇよ!ガバイトの加護寄越してくれ!
まさかすぎる展開に呆然としていれば、グズマは笑い出し、感情を失った私を褒めてるんだか馬鹿にしてるんだかわからないような事を言う。
「運もぶっ壊れてるよなぁ、お前!」
毛根もぶっ壊れそうだったけどな。
強運でも何でもねぇわ!とブン投げようとしたが、私は清く正しいエリートトレーナー…カプの罰を食らうわけにはいかない。渋々きれいに磨いて、やはりどう見てもZクリスタル以外の何物でもない物体に、大きな溜息をついた。
何なんだ一体…どうしてこんな…金にもならないしガバイトも出ないようなものを…鬱すぎる。生え際痛いし。
一応グズマが取ってくれたものだから、いりますか?と尋ねようと私は顔を上げた。しかしすでに相手は背を向けており、黙って立ち去ろうとしていたので、お互いに必要ないらしい。押し付けられたわ。まぁありがたくもらっとくか…毛根の試練を達成した記念に。
「グズマさん」
毛根をぶっ壊してもぶっ壊しても手を緩めなくて私から嫌われそうなグズマに声をかければ、彼はゆっくり振り返った。
最近の砂漠地獄、時々スカル団の下っ端たちも水くれたりするし、何かと気にかけてくれてるところあるから、グズマさんの毛根ぶっ壊しも恐らく親切の一部だったのでしょう…脱毛の危機はあれど結果的にZクリスタルも取れた事だしな。私は軽く会釈し口を開いた。
「…どうもありがとう」
素直に礼を述べれば、照れ隠しなのか何なのかでグズマさんはすぐまた背中を向けてしまったけれど、最後には手を挙げて応えたので、何だかちょっと微笑ましくなってしまう私であった。腕力は微笑ましさのカケラもなかったけどな。私が小鳥だったら死んでたっつーの。