心に決めたキス

これの続き。


気心知れないリザードンにライドし、私は血眼になりながら、ようやく発見したグラジオに向かって急降下していた。

前回までのあらすじ。
ククイ博士にLOVEゾッコンだったカイリューを玉砕させてやるべく研究所に行った私は、何故か私が博士を愛しているとリーリエに誤解されてしまった。不倫はよくない、新しい恋を探そうとたしなめられた私は、誤解を解けないまま今度はグラジオという新しい恋を見つけたと誤解され、ついでに本人にも誤解され、それはそれとしてシルヴァディを記録すれば五万円をもらえるのである。何もわからん。

あらすじになっていないダイジェストを展開しながら、海辺でシルヴァディと佇む坊っちゃんを見つけ、私はリザードンから飛び降りる。
こんなところにいやがったのか…探したぜ…!リーリエにもらったグラジオの写真をリザードンに見せながら、このイケてる兄ちゃんを探してくれ、と頼んだものの、フォトショで盛りすぎているせいで見つかるまでに時間が掛かった。ありのままで勝負しろや。

「グラジ…っ」

華麗なる着地を決めながら叫んだ私であったが、この時、足元を不快な動きで駆け抜ける何かが見え、あまりの本能的嫌悪感に息が詰まった。途中までしか発声できなかったが、グラジオは自分が呼ばれている事に気付いてすぐに振り返る。しかし私はそれどころではなかった。
岩場によく生息しているこのカサカサ動く不快な挙動の生き物は…!

「フナムシ!」

もといコソクムシ!
数匹の群れが私の足元を駆け、いくら記録慣れしていると言っても間近に来られるとびびるしかない。
おいおいおい無理無理無理!なんでこんな不愉快なフォルムと動きなんだ!?顔は可愛くなくもないのに!とにかく生理的に無理!ていうか今出てくるんじゃねーよ!
乙女にしては野太い悲鳴を上げ、私はシルヴァディに飛び乗って助けを求めようとしたが、そこは優良トレーナーのグラジオ…大事なシルヴァディに私のようなニートレーナーを近付けるはずもなく、ポケモンを守るようにして挙動不審無職女の前に立った。助け合いの大切さを知った彼ならではの行動であったが、今さら止まれない私は思い切りグラジオに飛びつく形になってしまい、それを支えるようにしてしっかり抱きとめられる。若いのに包容力があるな。感心する間もなく振り返って、コソクムシの行方を私は確かめた。

どこ行った!?消えた?消えたかな!?もうマジでやめてくれよ!カサカサ動くものって何であんなに無理み強い?初めてフェローチェを見た時も何だかよくわからないが途方も無い絶望のようなものを感じた…テラフォーマーズ的な…恐ろしい土地だよアローラ。早く帰らせてくれ。
コソクムシが姿を隠した事にホッとし、私はようやく本題に入れそうだったが、ちょっとよくわからない現状に一瞬フリーズする。
何だったっけ…フナムシじゃなくて…いやそれより異様に近いなグラジオ。いきなり縋り付いて悪かったなと謝罪と共に離れようとしたところ、何故か彼は私に腕を回したまま動かず、戸惑いと真剣さをあわせ持った表情で見つめてくる。ここで思い出した。
そうだ、誤解を解きに来たんだった。

「…レイコ、お前の気持ちはわかった」

そして事態はより深刻な事になってるみたいだぞ。
わかってねぇ!と怒鳴りかけ、私は何とか口をつぐんだ。ご迷惑をかけまくった相手を怒鳴るわけにはいかない。いやお前の家族にかけられた迷惑に比べたらカスみたいなもんだろうけどな。
いきなり現れた私に抱擁をかまされたグラジオは、エリートトレーナーの私がコソクムシにびびって飛び上がったなどと思うはずもなかったのだろう。恋い焦がれるあまり情熱的に抱きついてきた…そう勘違いしたに違いない。セクハラ問題が加熱中の日本だったら確実に私は逮捕されていただろうに、グラジオは優しく受け止め、かつ力強く抱き返す。母親があの通り熱烈なので、彼も恋愛には真摯もといぶっ飛んだ血を引いていてもおかしくはないが…。
この状況でどこから説明するべきか、と私は半口を開けたまま悩む。とりあえず離していただいて大丈夫だから。振った相手にこんな事してたら勘違いしてストーカーされたりするかもしれんぞ、気をつけた方がいい。そして未成年と抱擁を交わしている時点で私の立場も危うい!お願い来ないでジュンサーさん!
離せやと訴えつつ軽く背を反る私に、グラジオは頑なに気を遣いながら、それでもしっかり三行半を突きつけてくる。自分の意思をちゃんと表に出せる良いお子さんですな。流されやすい私とは大違いだよ。恥じろ。

「だがさっきも言った通り…俺はまだお前に相応しいトレーナーではない…」

心苦しそうに言われ、こっちの心が苦しみ悶えかける。
もういいって!なんかくすぐったくなってきたわ!謎のフェミニスト何!?家訓かな!?傷付けないように振れって教わったの?気持ちはわかるがその優しさは時に相手をも傷付けるぞ!ククイ博士に女の振り方教わりなよ。夢小説界ではその道のプロだから。

「家族の事も、結局お前の世話になってしまった」
「いやまぁ…」
「助け合うのは悪くない…ただ!今の俺ではお前に助けられるばかりだ…!」

じゃあいま助けてくれや。手を離す、話を聞く、その二つで私は救われるから。
謎に義理堅いというか、もしかして本当にそう思ってんのか?と感じさせるグラジオの気迫に、私は目を細める。
マジにこのクソニートにボンボン坊ちゃんの自分は相応しくないと思ってんのかな…仮に互いに想い合っていたとしても、私みたいなポケモン、人、家庭、世界救う系トレーナーとは釣り合うわけがない、だから自分に納得できたら考えさせてほしい、そういう事?
いや考えなくていいから!考えたら単純に私がタイプじゃない、性格が好きじゃない、顔も普通、出自も平凡、などという事に気付いて終わるだけだろ!心外すぎる。普通に傷付くわ。
やはりこのままにはしておけないと、私は咳払いをして外見のわりに律儀な少年をひとまずたしなめる。

「…き、気遣いありがとう…もうわかったから…」
「わかってない!」

何故怒る。情緒不安か?
いきなり怒鳴られ、私は軽く耳を押さえた。もはや何と言って切り出すのが正解なのかわからず、ご家庭が複雑すぎる子供の対応がいつまでも落第点でつらくなる。無理だろこんなもん…かつてサカキの息子の更生に付き合ってド突かれまくった事などを思い出し、テンションは下がる一方だった。
どういう事?今のやり取りのどこに怒る要素あった?俺は今から怒るぜってちゃんと申告してくれなきゃ耳がキーンってなるでしょ!沸点が謎なところ親子そっくりだな!
わかってないのはお前たち兄妹だからな!ともはや逆ギレしかけた時、凄んだ形相のまま、グラジオは私に顔を近付けた。まるでザオボーにブチギレていた時のような恐ろしい表情をしていたが、段々と和らいでいき、何故だか顔が赤らんでいく。
マジで大丈夫かお前。私が言えた義理じゃないが挙動やばいぞ。

「レイコ…俺は…っ」

至って真剣に名前を呼ばれるが、シンプルに顔が近い。なに。間がよくわからない。お前もリーリエも喋らせとくと急に重い話し始めてこっちが何も言えなくなるっていうパターンあるから早めに口は挟みたいんだけど、何となくタイミングは今じゃない気がする。そして何より顔が近い!

「お前が…!」

ええ?本当に近くない?めちゃくちゃ整ってる顔が近ぇ!笑うと可愛いしなぁ!
どう考えても様子がおかしいと気付き、私は焦りから思わず後ずさる。しかしグラジオの拘束に阻まれどうにもならず、さらに動悸は速まった。そうしている間にも相手は近付いてくる。
なに!なになになになに!?まさか別れのキスか!?そこまで慈悲くれんの!?フェミニストにも程があるだろ!自分を安売りするのはやめろ!そうだな確かにお前のようにやばい母親を持つ男を好いてくれる奴は奇特だからな、敬意を持って接したいのはわかる、でもそれとこれとは話が別だから!リーリエも言ってた!自分の気持ちに素直になって!

「カイリューが!」

鼻先が触れ合う寸前でたまらず叫ぶと、グラジオの動きは止まった。すかさず私は口を動かす。

「か、カイリューが…グラジオのこと気になるって言うから…」
「…カイリュー?」
「そう…私のカイリューが…グラジオと親密になりたいと…おっしゃられて…」

一歩も動いていないのに息切れしながら、私は何とかそれだけ絞り出した。他にもいろいろあったが、これも一つの事実なので真顔で告げた。
死ぬほど空回りしたけどそもそも全部カイリューだからな、博士に気があるのもグラジオに気があるのもみんなこの巨龍。確かにリーリエには私があたかもグラジオに気があるようにマツヤ調で振る舞った…しかしそれも全てカイリューの事だったと、そう誤魔化してしまおう!事実だし!そっちが勘違いしたのが悪いんだし!?
自分にも45%くらいは非があるので申し訳なく思いつつも、グラジオもなかなかの暴走具合だった、そう思うね私は。あの親にしてこの子、それを感じさせる一コマだった。

ようやく解放された私は息をつき、あれは今から数日前…とククイ研究所での事件を説明し、カイリューが博士からグラジオに乗り換えた事を稲川淳二口調で解説する。それを早く言えよ!とグラジオにブン殴られるかもしれない恐怖に怯え、怖いな〜怖いな〜という感じだったが、相手は怒りよりも呆然とした様子が強く、本当に申し訳なくて顔を見られない。別れのキスまでしてくれようとしたのにな…でもあれは本当に倫理的に良くないと思うからやめとけよ。
一通り話し終え、いろんな意味でばくばく言ってる心臓を、鎮めるのか悪化させるのかわからないグラジオの反応を待った。
あそこでコソクムシさえ出なければこんな事には…ガチで姑息だな…人間関係を悪化させる恐ろしいポケモンだった。
空気が重すぎて酸素欠乏症になっていると、ついにグラジオは口を開く。自嘲気味に鼻で笑い、いつものポーズで首を振った。

「何してやがる…俺」

本当にな。私もそう思う。

「カイリューに伝えてくれ」

すまん以外の気持ちがない私に、何だかんだ普段の状態に戻ったらしいグラジオはそう告げた。はい、と敬語で姿勢を正し、静聴する意思を見せつける。本当に申し訳ございませんでした、何なりとお申し付けください。
一度目を合わせたグラジオだったが、やっぱり恥ずかしくなったのかすぐに背を向け、アローラの海に視線を移す。私も何か急に、意外と力強かったなこいつ…などと思い出してしまって、謎の羞恥に襲われた。
フッ…何してやがる私。また現地のクソガキに振り回されてるのか?私の何してやがるはお前の何してやがるより重みがあって救えないからな。威張るんじゃねぇよ。
まるで成長していないと安西先生に怒られる人生を送る私に、グラジオはハッキリと言った。

「俺にはもう…心に決めた相手がいると」

じゃあ尚のこと私にキスしたら駄目だろ。心に決めてるなら本当に駄目だと思うぞ。これはマジのやつだから。私が本気で恋愛アドバイスする事なんて一生ないと思え。

「伝えるけど…そういう人がいるならもうちょっと慎重に生きなよ…」
「お前に言われたくはないな」

私も言いながらそう思ったけども。でも私が抱きついたのは事故だから!お前のは故意!行き過ぎた思いやり!そこには大きな差があるんだからね。それ以外にも無意識にいろいろやっている事をレイコは知らない。
わりと真剣に心配する私を置いて、背を向けたままグラジオは去って行った。ひとまず誤解は解けたという事でホッとし、次はリーリエだな…と気を重くする。やはりちゃんと話しておくべきでしょう、全てカイリューの事であったと。私が愛するのは石油王って決まってるからな。変態白衣と厨二病患者は絶対石油掘れないでしょ。私みたいな堕落を愛するがめついニートに兄さんをオススメするのはやめなさいって言わなくちゃ。いやもう誰であろうと兄さんは勧めるな。彼ちょっと思い詰めるところあるから。
ちゃんと世間を知るんだぞとどこから目線でグラジオを見守り、ライドギアでリザードンを呼びつける。サメハダーとかカイリキーとかすごい便利なんだけど来るまでにちょっと時間かかるのがな…カイリューならすぐ出して飛んでいけるのに…。そこまで考え、ハッと顔を上げる。

ていうかグラジオの奴、普通に振るやんカイリューの事は。何なの?俺に種族値600族は相応しくない…!って言えよ。フェミならちゃんと人もポケモンも同等に扱って!それをしないという事はカイリューまさか…オス?もはやここまで来たら知りたくねぇわ性別なんか。今の世の中、性別二分化なんて時代遅れだしな。
社会問題にも敏感なニートをアピールしながら、グラジオの対応に疑問を覚えつつ、私はやってきたリザードンに乗り込んだ。
カイリューの機嫌が一層悪くなった理由は見当もつかないし、またシルヴァディの記録を完全に忘れ、そして自分が一番グラジオを誤解している事も、レイコは気付かないのだった。