記者の友達のアシスタントと称して、PWTを見に行った。
私は若い時からミーハーで、芸能人に会えるかもという理由から雑誌社に勤めた事もあったが、結婚を機に辞めて以来、仕事からは遠ざかっていた。と言っても半年も勤めてなかったんだけど。なんか地味でマニアックな雑誌ばっかだったんで。
その雑誌社時代の友達が、一緒にPWTに行かないかと誘ってくれたのである。しかも、ホウエン地方のチャンピオンの取材をすると聞き、テンションが上がらないはずがなかった。
「ダイゴさんが特に印象に残っているのはどんなトレーナーですか?」
友達の横で敏腕アシスタントみたいな顔をしながら、私はただにこやかに頷く。
ダイゴさん間近で見たい!と言ったら、じゃ横にいれば?と適当な感じにお許しが出たので、私はメモを取っている振りをし、実際にはイケメンの顔を眺めるだけという簡単なお仕事をしていた。
もうめちゃくちゃ顔いい。身なりもいい。姿勢もいい。ついてきてよかったー。隣で真面目に取材している友達には悪いが、私は至福の時を刻みつけようと一心にホウエンチャンピオン、ダイゴさんを見つめる。
そして友達の質問に、特に考える素振りを見せる事もなく、彼は即答した。
「カビゴンを連れたトレーナーですね」
面白い事でも思い出したのか、少し笑ってそう言った。笑顔もイケメンだ。
「カビゴンですか…別段珍しいポケモンでもないように思いますが…」
「ええ。ただ…彼女のカビゴンはとにかく強くて」
苦笑まじりの返答に、私もつられて眉を下げる。
カビゴンか…顔が可愛いのよね。寝てる印象が強いけれど、ポケモン勝負もやるんだな…細い目を思い浮かべながら、あの緩さにダイゴさんのガチガチな鋼タイプが苦戦してるのはあまり想像がつかなくて、私は首を傾げる。しかも女の人でしょ?一体どう印象に残っているのか気になって口を挟みたくなったが、仕事の邪魔はできないので我慢した。
「対策を練るんですが…なんというか彼女は…勘がいいんです。戦うたびに技を変えたり、持ち物を変えたり…いろいろと読めない動きをしてくるので。カメラを構えたりとか」
「は?」
「結局一度も勝てないままです」
いや今なんかおかしな発言あったけど。カメラって何。技?知らんけどそんな篠山紀信みたいな技使うポケモン。
戸惑う私たちをよそに、ダイゴさんは気にせず話を続けた。
「他のポケモンも強いんですよ。以前ダンバルを譲った事があるんですけどね、いつの間にかメタグロスに進化していて…このメタグロスの光沢がまたいいんです!あの質感は彼女の愛情あればこその…」
マシンガン止まらなくなっちまった。
まだカメラ問題が終息していないのにどんどん情報が更新され、ボイスレコーダーからも、待って、という悲鳴が聞こえそうである。
何そのトレーナー。チャンピオンより強くてダイゴさんからポケモンを譲ってもらうって何者?どこかの地方の名のあるトレーナーだろうかと思ったが、トークが止まらないダイゴさんの口振りからして一般人のようだった。何よりミーハーのこの私が見当もつかないため、本当に無名なのかもしれない。
「しかし…ポケモン勝負はコンディションや時の運に左右されるもの。必ず勝てる勝負はない…」
顎に手を当てながら、途端にトレーナー特有のギラついた目を向けたダイゴに、私は一瞬で全てを忘れた。メロメロを食らうってこんな気分なんだな…そう痛感せずにはいられないほど、彼の目は熱意に満ちている。
こんなにダイゴさんに闘志を燃やされるなんて、幸せなトレーナーじゃん…そのカビゴン使い…。地方で最も強いとされているのがチャンピオンである。偉大な存在にライバル認定されているというのは、これ以上ない名誉なのではなかろうか。トレーナーとして。
「次こそは勝ちますよ。その時は是非また取材を」
最後にそう決めて、イケメンは微笑んだ。これにはヤクザの集会を取材した事のある友人も思わず言葉を失い、その場にいた全員が彼に見惚れていた。
古今東西イケメンはいるけど…でもダイゴさんは気品もあって、しかし決してお堅いだけでなく、アルプスの上流に流れる空気のような爽やかさも感じるんだよね…お金持ちなのに親しみやすさもあり…涼しげに生きてるかと思いきやこうやってポケモン勝負に熱い面もある…このオーラを浴びるだけで若返るようだよ。
カビゴン使いの女の話を始めてから、ダイゴさんは宝石のように輝いていた。石の話をしてる時も熱いので、夢中になっているものには饒舌になりがちなのかもしれない。何だか微笑ましくて、インタビュー中なのも忘れて私はつい呟いてしまった。
「好きなんですね、その子のこと」
うっかり口を開いた私の膝を友達は即座に叩いて牽制したが、そんな不躾な相槌にもダイゴさんは優しかった。一瞬驚いたように目を開いたあと、すぐに口角を上げ、人差し指を顔の前で立てる。
「オフレコで」
イケメンが過ぎるよ〜美しさは罪〜。
スマートな返しに完全に胸打たれ、私は頷いた。何を言わせてもイケメンすぎて、もうどうしたらいいかわからない。尊い。彼の未来に幸があることを祈ってしまう。成就するといいですね、と結婚適齢期の御曹司を心の中で応援し、我々は撮影の準備に移った。
私はただの見学なので、何もする事がないあまり、撮影準備待ちの暇そうなチャンピオンについ話しかけてしまう。友達がすごい形相で見ていたが、失礼のないようにするから許して!と二度とないチャンスに向かっていった。
「うちにもカビゴンいるんですよ、娘のなんですが」
ケータリングのお菓子を差し出しながら、自然な動作で世間話を振った。
ダイゴさんのライバルみたいに強くはないけど、可愛い顔した癒し系ポケモンである。ほとんど寝てる姿しか見た事ないから、そんなに戦える個体がいるなんて驚きだった。
ミーハー主婦の雑談にもダイゴさんは快く応えてくれ、人格の良さに溜息がこぼれそうになる。褒めるところしかない。
「お嬢さんもトレーナーですか?」
「まさか!」
相手からの質問に、私はいかにもおばさんリアクションを取って否定した。ないないと手を振って苦笑を浮かべる。
「レイコもカビゴンも二人揃ってフラフラして…家に帰ったら寝てばっかり。あっ、レイコっていうのは娘の名前なんですけど」
これが本当に困った娘で…と眉を下げたところ、ずっとにこやかだったダイゴさんが突然、心底驚いたように体を揺らした。見開いた目から動揺が伝わり、何かまずいことを言っただろうかと私も狼狽える。
そうだよね、普通に考えて他人の家の事情なんかどうでもいいわな。フラフラしてるのはレイコも私も同じだし、そもそも人のこと言えた義理ですらなかった。ていうかあの子いまどこにいるんだろ。気付いたらポケモン拾って帰ってくるし…また遠くの土地で遊んでるんだろうか。なんであんなにアクティブなくせに家にいると寝てばっかりなのかしら。世の中にはダイゴさんと渡り合えるカビゴンもいるってのに…せっかくポケモンたくさんいるんだから、トレーナーにでもなってみるかっていう発想は出てこないのかね。
ごめんなさい変な話をして…と謝れば、ダイゴさんはすぐに元の微笑みを浮かべてくれたので、私は心底ホッとした。よかった。だらしない娘に育ててしまった母親にドン引きしてるかと思った。私も若干引いてるし。すまないと思っている。やっぱお腹にいる時に聖飢魔Uばっか聴いてたのがまずかったかもな。胎教最悪。
「…娘さんもきっと、お母さんの知らないところで活躍してると思いますよ」
優しい慰めをしてくれるダイゴさんに、そうだといいんですけどね、と当たり障りなく返したが、まぁ絶対有り得ないだろうなと苦笑してしまう母であった。観戦に来たPWTに、四大陸制覇した娘が招待されず怒り狂っている事など知る由もなく。