一万

ハウオリで買い物でもしようと歩いていたら、いきなりグズマさんに声をかけられた。
お前となら何でもぶっ壊せそうだ!と意味不明かつ怖すぎる台詞を言われ、何一つ理解できないままビーチサイドに連れて来られた不運な私、ポケモンニートのレイコは、現在絶賛アローラ観光中である。
アローラでの用事は全て終え、チャンピオン辞退の手続きで足止めを食っている私は、とにかく毎日暇していた。本当に暇。たまに防衛戦やるけど秒で終わるから相当暇だ。だらけるのにも飽きたって感じだったため、久しぶりに買い物に出たところ、いきなりチンピラに拉致されるという不幸に見舞われるから、マジでカントーに帰らせて頂きたいと願っている。

しかしグズマに連れ出されるとは珍しいな、と若干の興味を抱きつつ歩いていれば、浜辺に何やら人だかりができており、イベント会場が設立されている事はすぐに察した。
アローラは観光地である。イベントなんて日常茶飯事…陽気な人種があちこちに溢れ、陰気な私は居たたまれないという事態も多い。ぶっちゃけグズマさんだって日陰の人なんだからこんなところに用なんかないだろと失礼極まりないことを考えていたら、人混みの先に、優勝賞金百万円!カップル限定ポケモンビーチバトル!なる看板が見え、全てを察した。あー…と思わず言ってしまう。あー…。

要略すると、カップルの振りをしてイベントに参加し、優勝を掻っ攫おうという話だった。
金に目がくらむとは何やってるんだグズマァ!って感じだったが、かつてスカル団が壊した公共物の修繕費にあてたいとの事だったので、完全に断りづらくなってしまう。
これでだりィからパス、とか言ったら最低すぎでしょ。めちゃくちゃ順調に改心してるじゃねーか。なんで私が家庭不和の改善に付き合ったり不良の更生物語に付き合わなきゃならないんだよ。確かに私と組めば百万は確定だからな、グズマさん的には逃したくないところでしょう。しかし私だって暇なわけじゃないからね、いや暇だ…死ぬほど暇だったわ…ショック…付き合ってやろう…。
いつまで暇を持て余さなきゃならないんだ、と悲しみに暮れる私に、グズマは優勝したら半分くれてやると言うので、私は半笑いで断らざるを得ない。
あなたの意外な優しさは嬉しいよ。日陰者同士、仲間意識を感じてくれてるのかな?やかましいわ。
でも半分て。五十万だろ?お前よ、修繕費に当てるとか言ったあとに半分くれてやるとか言われて素直に受け取ると思うか?私だって良心が痛むわ!一万でいいよ!と血の涙を流しながら金銭交渉をし、エントリーの列に場違いな二人が並んでいたところで事件は起きた。

「…レイコ?」

聞き覚えがある声に、私は背筋を冷やした。ピングーのトドを見ても恐れなかった私が硬直するわけだから、余程の事態と思っていただいて構わない。
陽気なアローラ、陰気な私には似つかわしくないけども、パリピ系ボンジュール男子には、まさに最適な土地であると言えよう。

「ぐ、グリーン…」

何故ここに。私が夢主だからか。
金欲しいならナマコブシ投げオススメ、とグズマにアドバイスをする私の元に、突如として現れたのはグリーンだった。まさかすぎる展開に焦り、この暑いのに冷や汗が止まらない。
グリーンというとカントーからの昔馴染みで、女の趣味が悪いボーイズのメンバーである。今はバトルツリーでラスボスとして君臨している生意気な小僧だ。パリピの彼が常にポニ島なんていうド田舎にいるはずもないので、シャレたビーチで遊んでてもおかしくはないけど、でもこのタイミングはまずいな!非常にまずい!
焦るあまり私は硬直し、お前もレッドとカップルの振りして出るつもりか?などという軽口も叩けず、意味もなく浮気がバレた夫みたいな気分に陥ってしまう。独身なのに。

「何してんだよ?」

見てわかれ。どこに並んでるか見えるよな?あえて聞くな。本当に問い詰められてるみたいじゃん!
グリーンとは何もないが何もなくはないので、私はすぐに弁解しようとした。百万のためにグズマさんとカップルの振りしてイベントに参加しようとしてる、それだけよ。金に目が眩んだ私なら充分有り得る展開だろ、信憑性しかないよな。自分で言ってて悲しくないのか。
さすがのグズマもただならぬ空気は察したようで、お前の男かよ?と言いたげな顔でやや焦っていたが、全然違うから安心してほしい。全員他人。他人が三人揃っただけだ。そう、よって何も恐れる事なんてない!正直に言えばいいんだから!
私は気丈に振る舞い、この元ヤンがさ〜と愚痴っぽく事態を説明しようとした。しかし列の側に運営スタッフが立っていたせいで、私は口を開いたまま停止せざるを得ない。

まずいな。イベントスタッフの前で、カップルの振りしてるなんて言ったらつまみ出されるかもしれない。グズマの更生したいという思いを知ってしまった以上、無下にできない私は、戦わずして負けるわけにはいかなかった。間の悪い時だけ性格が良くなる、それが夢主である。
三角関係の気配を察知したスタッフがこちらを不安そうに見ているので、私は致し方なしにグズマと腕を組んだ。苦渋の決断だった。

「で、デート…」

この時のグリーンの、微塵も信じてなさそうな顔を私は一生忘れないだろう。
お前みたいな奴がデートなんかできるわけないだろと言わんばかりの眼差しに、マジでこいつ殴るか?と私は半ギレだった。
なんだテメェ。私のこと本当に好きなのか?焦ろや!惚れた女が他の男と腕組んでたら普通慌てるもんじゃね!?なに人の非モテに自信持ってんだよ。マジでデートしてやろうか?その気になればいくらでもできるんだからね!賞金十割渡す事を条件にしたらグズマさんとは即海辺デート可能だからな。それは脅迫。
苛立ちながらも、近くにいたスタッフは視線をそらしたので、その隙に私はイベントの看板を指差す。ジェスチャーで百万円をグリーンに知らせると、察した相手は呆れたように肩をすくめた。

「お前って変わんねーな…」

どういう意味だよ。成長してないってか?放っといてくれ。確かに金は大事だけど、今日の私は一味違うから!ボランティア!
全てを吐露したい気持ちに駆られるも、そこはグズマの腕を掴んでグッと堪えた。スカル団の連中がきちんと更生の機会を得るためにも…私は耐えねばならない…アローラチャンピオンの責任として…この地の平穏を守らなくては…トラブル起こしたらますます帰れなくなるしよ。敦盛と本音が出てしまいました。申し訳ございませんでした。
せめてもの反抗で中指を立てて怒りを露わにすると、ちっとも堪えていないグリーンは面白がるように笑い、踵を返した。

「ま、見物させてもらうとするぜ」

そのままバイビーのポーズを取り、観戦席の方へと消えていく。修羅場にならなかった事には安堵しつつ、それはそれでムカつくという面倒な私へ、グズマがやっと声をかけた。それまで黙ってたからいろいろ気を遣わせてしまったかもしれない。もしくは厄介事を避けたかったか。元はと言えばお前のせいだからな、マジでちゃんと更生しないと蹴り飛ばすぞ。

「あいつカントーのチャンピオンだろ」

すると意外な言葉を投げられ、私は思わず相手を見上げた。知ってるんだ、とグリーンの著名っぷりに若干感動し、まぁそのチャンピオン記録は私が塗り替えたけどな…と心の中で張り合う。無意味だ。
そういやグズマさんもバトルツリー行ってるみたいな話聞いたな…私は絶対行きたくないけど。気が知れねぇよ。

「うん…昔からの腐れ縁っていうか…友達」

何と答えたらいいかわからず当たり障りなくそう言えば、何故か鼻で笑われた。そして私を焦らせるような台詞を吐くのである。

「そう思ってんのはよ、お前だけだろうぜ」

見透かされた。今のやり取りだけでこの絶妙な関係性を。
私は驚きのあまり目を見開き、咄嗟に、何の事だか…みたいな態度を取ってみたが、内心は焦りと照れで震えていた。
何でバレたんだ。こんな美魔女専の局地的な性癖を持つ難儀な男にいとも簡単に…グリーンから西野カナなみのオーラでも出てたのかな?トリセツを渡した覚えはないが。
田舎のチンピラに恋愛上級者みたいな顔をされて若干イラつくも、それはそれとして今はこのイベントを制する事が大事である。百万だから気合い入れなきゃな…と真剣になる私に、いつまでやってんだと組んでいた腕をグズマは振り払ったので、再度苛立ちが舞い降りるのだった。お前のために協力してやってんだろ!


「ナマコブシ投げより安いバイトだった…」

紙切れ一枚を手に、私はビーチで夕陽を見ている。
まさか現金で渡されるとは…。言うまでなく優勝した私とグズマは、現物支給だった百万円を受け取り、偽造カップルとバレる前にそそくさと退散した。約束通り一万円だけ徴収してグズマと別れ、今日はこれでZ懐石でも食うかな…と考えていた時に、再びグリーンと出会う。どうやら本当に見物してたらしい。暇かよ。

「誰なんだ?あいつ。結構やるみたいだが」

お疲れ様の一言もなく尋ねられ、私は苦笑した。勝つ事は最初からわかってたみたいな態度はまんざらでもなかったけど、心の底から労ってほしいと私は思う。三十人と対戦して日当一万だぞ。安すぎだろ。

「元チンピラのボス」
「なんでそんな奴と知り合いなんだよ…」

本当にな。私が聞きたいわ。
こちらの返答にグリーンはただ呆れていたので、忘れないうちに事の経緯を説明しておいた。決して金に目が眩んだわけではなく、私がいかにボランティア精神に満ち満ちた人間であるかをアピールし、これだけしか貰ってないという証拠の一万円を見せつける。貰ったらボランティアじゃねーじゃんというマジレスを食らった時はさすがに殴ろうかと思ったけどな。ほぼ無償だろこんなもん。

「昨日の敵は今日の友ってやつだよ」

松本梨香もそう歌ってた事を思い出し、悪の組織のボスとしては稀有な関係である事をグリーンに伝え、なかなか言い得て妙じゃんと自画自賛した。
まぁ厳密には友ではないがグズマさんとは落ちぶれ者同士…かたや人生ドロップアウト、かたや就職ドロップアウト…固い絆で結ばれても仕方なかろう。一番仲間意識芽生えさせちゃダメなやつじゃねーかよ。
まぁつまりいろんな縁があるという事ですよね。その縁が百万円に変わったりするんだからたまには悪くないですよ。私は一万だけどな。圧倒的損失。
こちらの適当な返事にグリーンは含みのある笑みを浮かべると、奇しくも今しがた聞いた言葉を再び私に浴びせた。

「そう思ってんのはお前だけなんじゃねーの?」

同じこと言われたがな。打ち合わせしたの?
私は鼻で笑い返して、確かに友だとは思われてねぇわな…と納得してしまう。しかし友以下ではあっても以上ではない、何故なら彼は美魔女専なのだから…。
人の性癖を決めつけて遠い目をしている私の返事を待たずに、グリーンは食い気味に言葉を足す。

「別にどうでもいいけどな」

私もどうでもよかったので黙っておいたけど、彼のどうでもいいは全然どうでもよくないという事を、次の瞬間思い知らされる。

「お前が誰とカップルのフリしようと関係ないし、レッドと仲良くラプラス乗ってても関係ねぇよ」

おいバレとるやないか。いつぞやのラプラスラブラブショーバレてんぞ。
グリーンの言い草に私は硬直し、またしても浮気を知られた夫みたいな気分が舞い戻ってきたけど、重ね重ね言わせていただく、私は非婚であると。お前に小言を言われる筋合いはないし、私がこんなに焦る必要もない!そうだよ私がどこで何してようとお前には関係ねぇ、関係ねぇけど開き直れねぇ。レイコは好意を突っぱねられないダメなタイプの女であった。99万円は突っぱねたのにな。泣ける。

言い知れぬ気まずさに打ちのめされ、私は言い訳するべきか強気に出るべきかしばし悩んだ。
ていうかレッド口軽くない?何のための無口設定なんだよ。べらべら喋ってんじゃねぇよ。ラプラスラブラブショー見に行ったらたまたまレッドと出くわし、せっかくだからラプラス乗ってくか…つってビーチを半周したという健全極まりないイベントを言いふらすな。そんなオチもない話は早く忘れろ。人懐こくて可愛かったラプラスの事だけ胸に刻んでおくんだな。
非モテの二人が傷を慰め合ってカップルを装ったという悲しい時間に、羨望を抱く瞬間など一瞬もなかった。そんなに言うなら乗ってみろや。周りは仲睦まじいカップルだらけ…こちとら無言でラプラス乗車…どれだけの虚しさが私たちを襲ったと思う?さっきのバトルイベントだってそう、恋人繋ぎをしながら技を繰り出すパリピ共を、私とグズマがどんな気持ちでブチのめしたと思ってるんだ。グズマさんがぶっ壊したかったものってこれかな?って一瞬思っちゃっただろ。
お前は何もわかってないと逆にキレるはめになった私は、孤独を思い知らせてやろうと進言した。

「…一緒に乗ってやろうか?ラプラスでもサメハダーでも」
「アホか」

しかし、そこはパリピのグリーン…偽造カップルの虚しさを知る彼は鼻で笑い、ついでに私の本質まで言い当てる。

「お前が乗りたいのは玉の輿だけだってわかってるからな」

誰が上手いことを言えと。
座布団三枚差し上げたい私はぐうの音も出ず、その通りだ…と素直に認めるしかない。あまりの悲しさに目頭が熱かった。
誰が玉の輿女だよ。共通認識みたいに言うな。厳密に言えば石油王の玉の輿限定だからね、いつの時代も需要の絶えないジャンル、それが石油なので。見誤るなよ。
大喜利やってんじゃねぇんだわと相手をド突き、付き合い切れない私はさっさとこの忌々しいビーチから立ち去ろうとする。
柄にもなくボランティアしちまうし、玉の輿には乗れねぇし、レッドは口軽いし、挙句グリーンに絡まれて…本当ろくでもない一日だった…マジで安いな一万じゃ。今からでも三万に昇給してもらえないかなとせこい事を考える私に、グリーンは砂を蹴って近付くと、意味深に口角を上げる。波打ち際で向かい合い、砂に足が沈んでいく。

「いつか乗せてやるよ」
「えっ」

どれに?ラプラス?玉の輿?ビッグウェーブ?
すっとぼけた顔を晒していると、グリーンはデコピンをして去って行った。硬い爪が額を直撃し、容赦のない痛みに私は野太い悲鳴を上げてしまう。

「いって!」

思わず頭を押さえて腰を折った。さざなみに似つかわしくない風景は、周囲の観光客を不安にさせる。
何なんだあいつ!普通こういうのって軽めにやらない!?なんでガチの威力なんだよ!加減を知らない化け物かな!?
ボランティアな上に激痛が走るとか損でしかねぇ。とことん割に合わない仕事に、やはり報酬の対価に労働をするのは悪しき文化であると噛みしめる。
やっぱ石油だな、と再確認したところで、乗せてやるというグリーンの言葉を思い出し、私は顔を上げた。

あいつ…アローラに石油掘りに来たのかな…。苦笑を浮かべながら思考を振り払い、やっぱ陽気な奴の考える事はわからねぇなと紙幣をポケットにしまう。
賞金は一万だけもらった事だし、こっちも一万だけ期待しとくか。
私は忌々しいビーチを駆け、石油のビッグウェーブに乗ることを夢見ながら、はした金の一万円を夕食に注ぎ込むのであった。