フキヨセで朝食を

確かに二年ほど前、アララギ博士から連絡をもらった時、イッシュの英雄の映画を撮りたい人がいて、レイコさんの名前を使いたいようなんだけどいいかしら?みたいな事を聞かれた気がする。どうせその辺のローカルな映画だろ、と思ったので、適当に了承した気がする。
そして再び訪れたイッシュで出会った、期待の新人トレーナーメイちゃんに、私ポケウッドでお芝居やってるんです、今度主演映画が公開されることになって…きっとレイコさん驚きますよ!見に来てくださいね!的な事を言われ、どうせその辺のローカル映画だろ、とまた思い、適当に頷いた気がする。
そんでこの前渡された試写会のチケットのタイトルが、フキヨセで朝食を、だったから、何だか嫌な予感がしながらも、どうせその辺の映画研究会が撮ったパロディ映画だろ、と思い、暇潰しに足を運んだのだけれど。

「待って!N!」

スクリーンの中で、私…にしては若い女が、N…にしては癖が強い男に縋り付いた。厳かなBGMが流れ、別れの空気に包まれた劇場には、すすり泣く声が響いている。

「…ポケモンリーグの修繕費は誰が払うの!?私へのストーカー行為も示談にした覚えはないし、ダークストーンの窃盗罪、住居侵入、現場検証も法廷での証言も余罪の追及も、まだまだ問題は山積みなんだよ!?」

去ろうとするNに、現実的な事を投げる私…にしては若い女が、この時初めて自分に見えた。目に涙を溜め、とても演技とは思えない表情で相手を抱き締める。優しく抱き返した癖の強いNに、可憐な私はか細い声で囁くのだった。

「だから…行かないで…」

隣の客がここで号泣した。ドン引きする私とのギャップが激しく、まさにカオスである。

「…必ず払うよ。この映画の興行収入で」

そんでこいつも現実的だな。そんなにヒットしねぇよ絶対。

「きっとまた会えるさ」

Qの渚カヲルみたいな捨て台詞を最後に、Nはゼクロム…にしてはリザードンみが強いポケモンに乗って去った。涙を流しながらも強さを失わない私の瞳は、Nの去った方をいつまでも見つめ、やがて城から消えていく。ここでカメラは引き、二人の道がいずれ繋がる事を示唆した景色を映して、エンドロールが流れるのだった。
呆然とする私はしばらく座り尽くし、無の境地で控え室まで歩いて、ドアを開けた瞬間、持ってきた花束を思い切り投げつけた。

「あ、レイコさん!」
「なんだあのクソ映画!」

二時間思い続けた事をようやくぶつけ、花束をキャッチしたメイに、怒涛のクレームを浴びせた。
申し遅れたが私の名はレイコ。伝記映画を撮られたはいいが、とんでもない改変を加えて上映されてしまった女である。


「説明しろ苗木ィ…」

憤りがおさまらない私は、花束を受け取り喜ぶメイの横で、発狂寸前であった。

メイちゃんは…最初こそセーラームーンみたいな頭しててやべぇ女だなって思ったけど、会うたびに強くなっていったし、私にはない純真さを持ち合わせ、勇気もあり、ちょっとゴシップが好きなところは玉にキズだが、とにかく田舎者特有の良い子で可愛いトレーナーだった。女友達が皆無な私にとって、慕ってくれる彼女の存在は本当に有り難く、癒してくれる場面も多々あったわけだ。だから映画の主演と聞いて、じゃあ花でも持っていくかなっつっていそいそと駆けつけたのに、もはや全ての感情が飛んだ。どこに怒りをぶつけたらいいかわからずに、控え室でただただ喚く。

「一体どうしてああなった!?あの映画なに!?」
「レイコさんとNさんの伝記ですよ」
「ちげーよ!タイタニック見てるかと思ったわ!」

しれっと言った主演女優にキレ散らかす私は、側から見たらヒステリーな女だろう。しかし考えてもみてほしい、私とNの感動秘話が、セリーヌ・ディオンも歌い出すような恋愛映画に改悪されていた時の事を…!
息を切らしながらその辺にあった水を飲み、最初から狂っていた映画を私は思い返した。もはや記憶から消したいが、お客様アンケートにクレームを書かなくてはならないので、それまでは思い出のアルバムにしまっておく必要があった。地獄だった。

まず主人公、私役の女優がメイちゃんである事はまぁ…いいんじゃないか。可憐で清純派なイメージにぴったりだよな。悪くない。そこだけは良かった。
しかし、その後は全てが狂っていた。スクリーンの中で、私とNは徐々に惹かれ合っていき、本人役で何気に出演してやがったアデクに、道ならぬ恋はつらいぞ…などとアドバイスをされながら、逢瀬を重ねた。観覧車…まだ降りたくないね、そう言う私の手をNはそっと握り、しかし時間は待ってはくれない。二人は別れ、また再会し、そして運命のフキヨセシティ…雨の中で傘も持たずに二人は気持ちを重ね合い、激しいキスを交わした…。メイちゃん曰く、このキスシーンは本当にしてるわけではないらしい。どうでもいいわ。
そして明くる日…フキヨセで朝食を摂っている二人の元に、暗雲が立ち込める。そう、恋のライバル、チェレンが登場したのだ。
プラズマ団との激闘、三角関係に発展した恋、宗教や洗脳、そして訴訟を絡めながら物語は進行した。感動のラストに、あなたも涙する…とポスターに煽りがついていたが、私の涙は別の意味で流れていた事はお分かりいただけるだろう。
つまり何が言いたいかというと。

「とにかく捏造がひどい!」

あれを実話として放映してんの!?殺すぞ!誰だよ監督!お前マジで夜道には気をつけろよな!ユーザーレビューでデビルマン以下の点数つけてやるから!
叫ぶ私に、メイちゃんは露骨な困り顔をして、まぁ多少はね?と苦笑して見せる。多少どころじゃない改悪にキレているこちらをよそに、彼女は首を傾げて呟いた。

「でもおかしいな…ちゃんとチェレンさんやアデクさんに取材して脚本書いたって言ってたんですけど…」
「あのジジイ!」

絶対あいつじゃん!はぁー!?寿命来る前に死んどくか!?死体が見つからなきゃ殺人罪は立件できないらしいからな!破壊光線で木っ端微塵にしてやるよ!恋愛映画の次はバイオレンス映画でいこうぜ!気が狂った私は、殺意の波動が止まらない。
誰の仕業か確信し、拳に血が滲むまで鏡を殴る。
あのクソジジイ…本気で死にたいらしいな…!チェレンを一切疑わない私は、全ての罪をアデクに背負わせ、お礼参りの計画を立てる。
チェレンは良識があるから絶対本当のことしか言わない、断言できるね。正直すぎてニートまでバラしそうなレベルなんでな。犯人はアデク。間違いねぇよ。思い返せば色々と思い当たる節があり、私は膝を抱えてその場にうずくまる。完全に挙動不審であった。
なるほどな、どうりでチェレンの奴…映画の公開が近付くにつれ会ってくれなくなったと思ったよ…!スクールが忙しくて…とか何とか言ってさぁ!本当はやべぇ事になったぞ…って思ってたんだろ!?言ってよ!のこのこ見に行っちゃったじゃん!花まで持って!

肩で息をしながら、背中をさするメイに声もかけられず、私はまだまだ言い足りない気持ちを抑えることができない。
いやでもマジでさぁ…!これは本当に大事な事だから最後まで黙ってたけど、一番やべぇ爆弾がずっと胸に残って消えねぇんだよ…!もう一つ用意していた花束を投げつけようとした時、ちょうどドアがノックされ、渦中の人物が登場した。映画で華麗な出オチを披露したN役の俳優が、私を見つけ声をかける。

「レイコ、来ていたのか」
「お前だー!」

怖い話のオチみたいな声を上げながら、私は入ってきたハチクに花束を投げた。スマートにキャッチした彼にメイは拍手を送り、しかし私が飛ばすのは怒号である。

「なんでハチクさんがN役!?象徴が真逆じゃん!」

そう、あの線の細い理系のNを演じていたのは、元セッカジムのリーダー、ハチクだったのだ。
肩出しどころかモロ出しスタイルで肉体美を披露していた彼が、俳優に復帰し、今作にも出演する話は聞いていた。アクションスターとして一世を風靡し、しかし怪我を機に引退…もう銀幕に戻る事はないかと思われていたが、あのイッシュの事件から思うところがあり、華麗なる復活を遂げたのだという。
だとしても仕事選べよ!いろいろ問題だぞ!

「お前らN見たことあるだろ!?渚カヲルみたいだってこと知ってるよね!?」
「そんな惚気られても…」
「惚気じゃねぇ!事実の話!」
「でもハチクさん…すごかったですよね!役に入ると別人みたいで…」

絶賛するメイに、私はとうとう言葉を詰まらせた。確かに出オチでこそあれ、彼の演技はアカデミー賞受賞ものの名演だった事は事実であった。
所詮はスタローンのように体だけのアクション俳優…などと見くびっていた人間を置いてけぼりにした、それはそれは見事な怪演に、私も思わず目をこすったほどである。どう見てもNには見えなかったが、その一挙一動に電波を感じさせ、後半にもなるとほとんど違和感は消えていた。それに真っ向から立ち向かう新人のメイも大したものだったけど…けど!

「減量には苦労させられたものだ…」
「だけどすぐ戻ってましたよね。私も少し鍛えたいなぁ…」

和やかに舞台裏トークしてんじゃねぇよ。まだ話終わってないぞ!
私はやり場のない怒りで髪をかきむしりながら、しかし役者に罪はないのでこれ以上の怒りをぶつけられない。

に、憎い…この映画に携わったスタッフが…憎い…!私は水を浴びるように飲み、勝手に椅子に座って、とりあえずアデクを始末する方法を考えるべく息をついた。
もう無理だ。早くアデクを殺してカントーに帰らないと…あんなのが全米で放映されるとか二度とイッシュの地を踏めねぇわ。大体演者がメイとハチクじゃ問題ありまくりだろ、シンプルにロリコンじゃねーか。幸福のワンルーム実写化だって物議を醸してんだぞ、町山智浩に酷評されとけ!
私が宮部みゆきだったら激怒して帰ってるから…とぶつぶつ言っていれば、メイはハチクに聞こえないよう何やら耳打ちをしてきた。

「ハチクさん、スパルタだったんですから…お前はレイコを何もわかってない!とか言って」

逆にお前は私の何を知ってるんだよ。

「レイコはそんなに弱くない!レイコはそんな事では倒れんぞ!レイコはそんなこと言わない!って何回も何回も怒鳴られて…」

私は飛影か?ハチクの中で謎の私像が出来上がっている事にゾッとしつつ、良かれと思って話しているであろうメイの話を聞く。

「だから修行しました。レイコさんの軌跡を辿り…いろんな人に話を聞いて…それで改めて、みんなレイコさんが好きなんだってわかったんです。だから私もそれに応えたくて…スタントマンを用意すると言われましたが、この階段落ちは自分でやらなきゃと…」

蒲田行進曲になってるじゃねぇかよ。怖い怖い。それ私じゃないから。騙されてるよメイちゃん。謎の役者魂を見せつけられ、ようやく私は彼女たち演者もまた被害者である事に気付き、立ち上がった。

みんな…本気で作ってくれたんだな、この映画を。モデルとなった人物がいる以上、低クオリティでは出せない…そんな熱い思いでハチクさんはメイちゃんを鍛え、大切な筋肉を落とし、彼女もまた私と魂を重ねた…スタッフ一丸となって作り上げた大作は、確かに脚本こそクソであれ、小物一つ一つにもこだわりが感じられたように思う。努力の見えたムービーに、私も許しの気持ちが芽生えたというものである。

でもアデクは殺す!ぬくぬくと年金生活できると思うなよ!訴えて賠償金請求してやるからな!マジで老害にも程があるだろ!絶対面白がってるよあいつ!生かしておく必要性を微塵も感じないわ。大丈夫、孫にはお別れを言わせてやるから安心してくれ。
そうと決まれば報復だ。私は憎しみを胸に二人へ別れを告げ、そしてシャバにも別れを告げた。ドアノブを握る手を震わせた時、ハチクが最後に声をかける。

「レイコよ」

振り返れば、ハチクは私の投げた…いや渡した花束を抱えながら、頑なに外さないアイマスクの奥で優しげに微笑んでいた。前に比べて角が取れたというか、吹っ切れたというか、そういう変化があったという意味なら、二年前のあれそれにも思うところがあって、この役を引き受けたのかもしれない。
たかが二年、されど二年。私がニートしていた間に、みんな変わっていってるわけだ。まるで成長していない自分に目頭を熱くさせていると、彼はこちらに一歩近付く。

「君の生き様は多くの人の心を変えた。観客の涙がその証だ」

いやあの涙は安い恋愛映画で流れた安い涙だから。隣で号泣してた女だってどうせ恋空でも同じ涙流してんだろ。私の生き様関係ないし、本当の生き様知ったらきっと別の意味で泣かれる事でしょう。映画の私の方がまともな人生を歩んでいる事に気付いてしまい、いっそアデクと一緒に死ぬか!とポジティブな死を検討していれば、最後にハチクは深々と頭を下げ、投げ渡した無礼を責める事なく、人間性の違いを見せつけるのであった。

「花をありがとう」

金欠ゆえ急いでその辺の雑魚トレーナーを蹴散らした金で作った花束の礼を言われた瞬間、私の良心の呵責はピークに達した。あなたの生き様の方が余程素晴らしいよ…と心で泣き、完全復活を遂げた銀幕のスターへ、最大の賛辞を投げた。

「…格好良かったですよ、ハチクさん。本物よりもね」

荷物の中からペンを取り出し、私は微笑む。

「あとサインしてください」

先日観に行ったハチクマンの逆襲のパンフレットを差し出し、深々と頭を下げて懇願する私に、ファンかよ、と呆れた声でメイが呟くのだった。
リターンズも楽しみだな〜。