害鳥被害に遭った。
「ツツケラェ…」
ポータウン周辺で記録作業に励んでいた私、ポケモンニートのレイコは、虫の居所の悪いツツケラに突然襲撃され、買ったばかりの傘をぶっ壊されていた。皆様ご存知のポータウンは、雨の町である。傘がないという事態は井上陽水も歌っている通り、かなり深刻である事はおわかりいただけるだろうと思う。
ぶっ壊してもぶっ壊しても手を緩めなくて嫌われるツツケラを何とか回避し、雨宿りのため交番に避難したのだが、いるのはニャースだけでクチナシさんは不在らしい。勝手に入るのは躊躇われたけども、ツツケラへの憎しみでむしゃくしゃしていたので、もはや何も気にせず堂々とソファに腰かけた。
「酷い目に遭った…」
何なんだあの鳥は…私が何をしたっていうんだよ、働かずに生きてるだけだろうが。
悪びれない無職の私は、雨足が多少でも弱まるのを待ち、他にする事もない交番で、ただただニャースと戯れる時間を過ごした。
勝手に居座っちゃって悪いけど…しばらくお世話になるぜ。ポータウンの交番といえばクチナシさんの勤務先だが、パトロールなのかサボりなのか、周囲にいる気配はなかった。別に咎められる事はないと思うので、実家のようにくつろいでいく。
この辺いつも雨なんだよなぁ…まぁ雨量が変わりやすいから小雨の時を狙って帰りたいところだが…飛んで帰るにしてもリザードンを呼びつけなきゃならないし、何かと不便で敵わんぜアローラ地方…。
いつになったら故郷に帰れるのか…と途方に暮れつつ、度々窓の外を確認する。
全然止まねぇ。暇だ。ソシャゲはスタミナ回復待ちだから遊べないし、ニートが忙しいこの私が暇潰しの道具なんて持っているわけがないので、時間を持て余すばかりである。
ここ知恵の輪とかないのか…と、暇を極めすぎて血迷った捜索を始めたところ、ハンガーラックに制帽が掛かっているのを見つけ、思わず手に取った。
制帽とか初めて触ったわ。警官といったらこれだよね。クチナシさん絶対一回も被ってないだろうけど。公務員とは思えない着崩しに便所サンダル着用だからな、早朝の歌舞伎町にいる酔っ払いのおっさんと何が違うかわからねぇよ。
アローラの治安も終わってんな…なんて世を儚みながら、少し大きい制帽を被ってみた時、私は後方から歌舞伎町の波動を感じる事となった。
「ずいぶん堂々とした泥棒だな…」
ハッとして振り返ると、家主が満を持して登場した。早朝の酔っ払い呼ばわりした島キングこと、クチナシである。
いつからいたのか、相変わらず気怠そうな態度で私を見ており、小粋なブラックジョークに苦笑で返す。
びっくりした、音殺して歩かないでくれるか?キルアかよ。
別に後ろめたい事は何もないが、勝手に入って制帽を被って遊んではいたので、図々しい態度を取る事もできず、雨宿りさせてもらいましたと控えめに話す。そしてクチナシの冗談に乗っかるよう、罪状を訂正した。
「どっちかと言うと不法侵入かな…」
とりあえず泥棒ではないから。住居侵入は三年以下の懲役、窃盗は十年以下の懲役で重みが違うんで。絶対に間違えないでいただきたい。
勤労の義務で憲法違反をすでに犯している私は、無駄に余罪に怯えながら言い放つと、肩をすくめたクチナシに溜息をつかれた。
「仕事増やさないでほしいね」
そもそも仕事してないだろ。わかるぞ、同じ穴の狢のことは。ニートセンサーなめないでいただきたい。
大体交番を無人にする方が問題だからな、とマジレスし、緩いアローラを嘆いていたら、近付いてきたクチナシに制帽を取られた。静電気で髪が舞い上がるのを感じ、乱れを整えていたところ、何故だか相手は少し考え込む目つきを向ける。そしてもう一度、帽子を私の頭に乗せた。
なんでだよ。髪直しただろうが。
「ま、姉ちゃんの方が似合ってるかもな」
真意の読めない笑みを向けられ、私は首を傾げた。そりゃ私は何を着ても似合うと思うが…と自画自賛し、頭を触る。その時、思わず深読みをしてしまった。
もしかして…私の方が警官に向いてるってことか?確かに歌舞伎町の酔っ払いよりはマシかもしれないし、地元のチンピラから治安を守り、世界情勢にも関わってきたから、正義の味方は板についてきたとは思う。不本意だが。
でもニートだからなこっちは。ただでさえ職に就きたくないってのに、警官なんてなりたくない職業トップ3入りは余裕でしょ。不祥事や汚職にまみれた上層部を正す杉下右京なんて御免だわ。
冗談は公務員らしからぬファッションだけにしてちょうだい…と帽子を外し、私は鼻で笑った。
「残念ですけど…私そんなにいい子じゃないんで」
クチナシに突き返した帽子から、私はそっと手を離した。
考えてみれば私の経歴は黒いものばかりだった…ジムはことごとく出禁だし、書類の職業欄には無職と書けずに家事手伝いと詐称、ルパンのようにとんでもないものを盗む…つまり初恋泥棒もしたし、アジト等への住居不法侵入なんてザラである。ウツギ研究所に入った盗っ人を見逃し続けた犯人蔵匿も罪になるかもしれない。思い返せば返すほど余罪が出てくる事実に、私は怯えた。そして一刻も早く立ち去りたい衝動に駆られ、クチナシから離れる。
このおっさん…国際警察とも繋がりあるみたいだからな…これ以上関わるのは危険だ。いや別に無実だけども!何も悪い事はしてないと思うけども!でも帰りたい今すぐに。もう雨とか知らねぇな!
謎の後ろめたさに耐えられなくなり、それじゃ私はこれで…と雨が降るのも構わず、外へ飛び出そうとした。
どうせ元よりサバイバル人生、今さら雨が何だってんだよ。ポケモンセンターもそんなに遠いわけじゃない、このカモシカのような足で駆け抜けていけばいい事だ。そう決意を固めた時、不意に呼び止められ、私はびくつきながら振り返った。待ちなよ、と抑揚のない声で告げられると、なかなか心臓に悪かった。
「持ってきな」
しかし、勝手に狼狽える私とは裏腹に、クチナシは親切なおじさんであった。彼は手に持つ傘を私に差し出して、ポータウン前交番とシールの貼られたそれをご丁寧に貸してくれたのだ。市民に優しい警官らしさを見せつけられた私は、税金泥棒でなかったクチナシに感動し、そしてクソニートはやはり自分だけなのだと思い知らされて絶望した。つらい。真面目に生きてる人ばかりでつらいよ。
テンションを下げながらも、圧倒的感謝…と一礼すれば、クチナシは冗談を交えて口角を上げる。
「悪い子にも傘は必要だろ」
いや悪い子とまでは言ってねーよ。いい子じゃないってレベルだから!
これでも捨て犬とか放っておけないタイプなんだからね!と心の中で意味不明な弁解をし、苦笑を投げて傘を開いた。アローラ警察、と思い切りでかい字で書いてあって恥ずかしい限りだが、雨が途切れるまでは使わせていただこう。どうか道中誰にも会いませんように…と祈りながらな。
「…近いうちに返しに来ますね、窃盗で捕まりたくないし」
どうもありがとう、と手をあげて立ち去る私は、ここでもとんでもないものを盗んでいたとか、いないとか。